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第一章 スチュワート編(一年)

第29話 不運な少年

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「……で、なんでお前がブルースター家の娘をエスコートする事になってんだよ」
「はぁ……知るか、俺が聞きたいぐらいだ」

 聖誕祭当日、降ってわいたようなデイジー嬢のエスコート役。誤解を招くようなので先に言っておくが、そんな話事前に聞いてもなければ約束した覚えも全くない。
 そもそもアストリアと違い、この俺、ジーク・ハルジオンはそれ程器用な人間ではなく、女性との付き合いなど家族を除けば幼馴染の4人ぐらいしかないと断言できる。それなのに何でこうなった?

 ことの始まりは一時間ほど前、俺たち公爵家の人間には会場となる城に専用の控え室が用意されており、来客で渋滞する事を避けるために早めに会場入りをしている。
 そこにいきなり飛び込んできたのが、ブルースター家のご令嬢であるデイジー嬢のエスコート役。
 ブルースター家が管理する領地は父が治める公爵領の隣にあり、友好を深める理由から時折招待状が届いては顔を出す程度の付き合いがある。

「ジーク様、先ほどブルースター子爵様からお屋敷を出たとご連絡がございました。ご到着は一時間後との事ですので、エスコート役をよろしくお願いしますとの事です」
「「「「……」」」」
 ブルースター家の使いの者から警備をする騎士へと伝えられ、たった今俺たち家族4人がいる控え室に連絡が入った。
「なんの話ですかお兄様? そのエスコート役と言うのは」
 若干殺気とも取れる冷たい視線を送ってくるのは、幼馴染であるアリスを姉と慕う妹のユミナ。
 男の俺が男性をエスコートする訳がなく、この場合の相手は明らかに年若い女性。しかもブルースター家の女性となると恐らく娘のデージー? 嬢の事であろう。
 もう一度言うが俺にはそんな約束をした記憶もなければ、例え口が滑ったとしてもこんなセリフは出てこないだろう。そもそも今日はユミナをエスコートする事が事前に決まっていたはずだ。
 アストリアが聞けば『なんでアリスをエスコートしねぇんだよ』と言われそうだが、アリスのエスコート役は倍率が高く、王家の特権としてミリィにその役を奪われてしまった。

『なんで女のお前がアリスをエスコートすんだよ』と、アストリアが最後まで反発していたが、ただでさえ目立つ髪色をしたアリスが、別の意味でご令嬢達から注目を浴びている俺たちがエスコートすればどうなるか。少なからず何らかの嫌がらせを受けてしまうと言われてしまえば、その場は仕方なく引き下がる事しか出来なかった。

「で、どう言うことなんですか? これは」
「まてまて、そんな話はしていないって。大体俺がそんな話を自らすると思うか?」
 自分で言っておいてなんだが、女性に対しての免疫はゼロに等しい。もちろん公爵家の人間として多少の付き合いはあるが、日頃から『お兄様はもう少し女性に対しての接し方を学ばれた方がよろしいですわ』と、母と全く同じセリフを妹から言われ続けているのだ。
 仮に相手から誘われたとしても、適当に聞き流しハッキリと断っているはず。間違えても誤解を招くような回答はしていないと断言できる。

「でしたらこれはどう言う意味なのかと、この場でちゃんと説明してください」
 全く、俺がアリスのエスコート役を勝ち取れなかった事を未だに根に持っている。昔からやたらとアリスに懐いているユミナは、俺と彼女とをくっつけようと日毎からなにやら悪巧みを企んでいる。これは母も同じ事なのだが、以前ユミナが医師さえも見放す大怪我をした際、傷跡一つ残すことなく完璧に治してしまったのがアリスだった。
 それ以来二人はアリスの事をすっかり気に入ってしまい、理由を付けては屋敷に招き、実の家族のように可愛がってしまっている。
 まぁ、俺としても他のご令嬢やミリィ達より、アリスと一緒にいる方が気が楽だし、好きか嫌いかと言われれば好きなんだとは思っている。間違っても口に出した事は一度もないが。

「どうなのジーク、ちゃんと答えなさい」
「母上まで……待ってください、本気で俺には覚えがないんですよ」
 このままでは完全に俺が悪者に仕立てげられてしまう。それにデイジーと言えば、前に学園社交界でアリスと少々揉めた相手だ。
 今夜の夜会では事前に要注意人物だからと、アストリアやリコリスから再三近寄らせるなと言われ続けている。それが真っ先に俺が近づいてどうするんだ? そもそも一体誰がエスコート役を引き受けたんだよ。

「すまん、多分俺かもしれない」
 ずいぶん小さくなってしまった父上が、申し訳なさそうに言葉を挟んでくる。
「どういう事ですの!? 事と次第によってはタダでは済ませませんわよ」
 母上の標的が俺から父上に変わったのは幸いだが、流石に母と妹から見下ろされる様子は、息子の俺から見ても同情してしまう。
「じ、実は前にブルースター子爵と酒を飲んだ事があって……」
 父の話によると、美味い酒が手に入ったと子爵から誘いがあり、ブルースター家で数名の貴族達と一緒に酒を飲み交わした事があったんだという。その時にそれらしい事を言われ、酒の勢いに流されついつい二つ返事で了解してしまったんだという。
 その後はすっかり酔いに呑まれてしまい、この約束が夢だったのか現実だったのかが分からず、激しい二日酔いからも今まですっかり失念してしまっていたんだという。

「もう! だからあれ程お酒は程々にと何時もいってるじゃないですか、公爵家の人間が迂闊に誰かをエスコートすれば、要らぬ噂を招いてしまうんですよ!」
 要らぬ誤解と言うのはアリスの事だけであろう、他の貴族達などどれだけ噂になろうが公爵家は気にしないし、エスコート程度で王家から何かを言われる事もない。
 少々ミリィとリコリス辺りから何やら言われそうな気がするが、説明さえすればきっと……多分……少しぐらいは分かってくれる……筈なんだが……




「お久しぶりですジーク様」
 俺の顔を見るなり嬉しそうに挨拶をしてくるデイジー嬢。
 結局酒の席とはいえ、貴族父親同士が交わした約束を今更断れる訳もなく、すっかり消沈してしまった父に頼まれ、会場入り口までデイジー嬢を迎えに来た。
 それにしてもお久しぶりって……会話こそたいして交わしていないが、昨日も学校で会わなかったか?

「わざわざ娘のためにご足労ありがとうございます」
「いいえ、交わした約束ですのでどうぞお気遣いなく」
 一応、周りに聴こえるよう『父が』のところを強調し、俺は頼まれただけだと必死にアピールする。
 こんな事でリコリス達の非難を回避出来るとは思わないが、多少なりとは俺の心情も分かってくれるだろう。

「それじゃ行こうか」
「はい」ポッ
 仕方なく片腕を差し出し、自らの手を絡めてくるデイジー嬢。はぁ、帰りたい。
 なんども言うが、俺に女子の免疫力は……以下省略

 入場すると同時に、騎士が高らかに俺たちの名前を告げて宣言する。
 ここに来て、名前を呼ばないよう手配するのを忘れていた事の気づくが、今更あがいても仕方がない。一斉にこちらを振り向かれ、ご令嬢達の何とも言えない視線を浴びてしまうが、その中で一人殺気が籠った視線にふと気づく。
 これでも幼い頃から厳しい鍛錬をこなしてきたのだ、本気の殺気とそうでない気配の違いくらいは今の俺なら容易に分かる。
(おいおい、これ本気の殺気じゃねぇか。アストリアのやつリコリスにフォローしてくれたんじゃねぇのかよ)
 リコリスは俺たちの中で一番貴族らしいご令嬢だと言える。普段から立ち居振る舞いや言葉の言動も的確で、自分より身分の低い物には厳しく、学園ではよく羽目を外す最上級貴族アストリアに対しても、もっと公爵家としての自覚を持つように平気で注意する。
 これはひとえにリコリスなりの他人を思いやっての行動だが、知らない者からすれば怖い存在ではないだろうか。

 そんなリコリスの唯一の例外と言えるのがアリス達3人の幼馴染。残念な事にその中に俺とアストリアは含まれてはいないが、俺たちより付き合いが古く、同じ女性同士という事で絆が非常に強い。
 もしそんなに大切にしている友人を泣かすような事をすればどうなるか、流石に剣を持って襲って来ることはないだろうが、説教の一時間や二時間や三時間……いや、それ以上か、考えただけで頭が痛くなってきた。これは早めに切り上げて、俺は悪くないと説明した方が良さそうだ。
 
「ジーク様、どうなされました? よろしければこのままお友達にご紹介したいと思うのですが」
「はぁ?」
 おいおい、エスコートは入場だけじゃなかったのかよ。
 もちろん男爵様の顔を立てるためにダンスの一曲ぐらい踊る覚悟はしていたが、俺とデイジーとの関係は領地が隣合っているだけの存在。そこに友情やら恋心といった感情は一切ない。
 ここは適当に誤魔化し、早々と離れた方が賢明だろう。

「悪いがこの後予定が……」
「あら、パフィオ様じゃありませんか。学園でお会いしないので心配していたんですわよ」
 無理やり腕を解こうとするも、デイジーが近くにいたご令嬢に気づき声をかける。
 確かこの子はアリスの護衛の……立場上俺やアストリアはアリスとミリィの身辺護衛を任されており、その関係で入学前にこのご令嬢とも一度顔合わせをしている。
 学園社交界の時も一度出会ってはいるが、あの時はアリスもいた事からあまり会話を交わした記憶がない。

「お久しぶりですデイジーさん、ジーク様もお久しぶりです」
「あぁ、学園社交界以来か」
「えっ? ジーク様はパフィオさんとお知り合いで?」
「ん? そうだが、それが何か……」
 そこまで言葉が口から出て、パフィオからの視線に気づく。
 これは……アストリアか。
 どうやら俺を助けるために何やら仕組んでくれたのだろう。パフィオの視線の先にアストリアがおり、何やら合図を送ってくる。
「そういえば、先ほどアストリア様が探しておられましたよ。今日の警備の件で少しお話したい事があると」
 あぁなるほど、そういう事か。
 直接アストリア本人が来ては相手側にも角が立つし、下手に質問を投げかけられれば嘘だという事に気づかれやすい。
 視線だけでパフィオに礼を送り。
「そうか、今日の警備はアストリアの父親ストリアータ公爵様が仕切っているんだったな。悪いがエスコート役はここまでだ、元々この後は約束事があってな。デイジー嬢はこのままパーティーを楽しんでくれ」
「えっ? えぇーー!?」
 素早く腕を解き、そのまま振り向く事なく人ごみの中へと姿を隠す。
 一瞬俺を追いかけようとする素振りが見えたが、どうやらパフィオがうまい具合に止めてくれたようで、後ろから追いかけられている気配は感じない。

 理由としては少々強引だが、俺やアストリアが騎士団に見習いとして籍を置いているのは本当だし、来賓を招いた夜会で場内警備をするよう言われているのも間違いではない。
 それに、これ以上リコリスやユミナからの殺気の籠った視線に晒されるのは、流石に俺でも身がもたない。
 ここはアストリアとパフィオに感謝し、しばらく席を外させてもらおう。

 この後一旦会場を後にし、アストリアと合流する事になるのだが、追いかけてきたリコリスに二人揃って必死に言い訳していた事は言うまでもあるまい。

「何で俺まで巻き込まれてんだよ」
「いや、一応俺も被害者なんだが」

 追伸:屋敷に戻った後、父親と共に母とユミナからお説教を受ける事になりました。
 だから、俺は悪くねぇって!
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