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第一章 スチュワート編(一年)
第34話 お仕事体験(その2)
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私は昔から人との付き合いが苦手だった。
公爵家の人間だと言うのに引っ込み思案で思っていたこともハッキリと言葉にできない、それは弟と妹が生まれても変わることが出来なかった。
あれは私が5歳の誕生日を終えたある日の事。
このレガリアでは、王家と公爵家に生まれた女児には聖女教育を受ける事が義務づけられており、すでに教育を受けられていたティアラ様とライラック家のエスターニア様に合流すべく、同じく聖女教育を受ける事になったミリィちゃんと、セリカ様の娘であるアリスちゃんと出会う事となる。
「初めまして、ルテアちゃん。アリスだよ」
初めて出会ったアリスちゃんは何というか、まさに今のアリスちゃんのままだった。
エンジウム家は前聖女様の実家である為か、私は幼少の頃から期待されていた。だけど引っ込み思案の性格はそう簡単に治る訳がなく、何時も一人足をひっぱり、ティアラ様達を困らせていた。
もっとも、ミリィちゃんは修行をサボる機会が多く、アリスちゃんは修行に参加していなかったので、セリカ様に直接教わっていたのはたったの三人。
当時ミリィちゃんはちょっぴり怖く、ティアラ様とエスターニア様の間には入り込めず、私に話しかけてくれるのは修行を見学に来ていたアリスちゃんだけ。
やがてそんなミリィちゃんもすっかりアリスちゃんに性格を変えられてしまい、その中にリコちゃんが加わって、今の仲良し4人組が誕生したんだけれど、私の人見知りな性格は治らず今も健在。
ミリィちゃんもリコちゃんもすっかりアリスちゃんに変えられてしまったと言うのに、私は未だ自分を変えられずにいる。
「その、ありがとうございますカトレアさん」
「い、いえ、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
お仕事体験初日、アリスちゃんとココリナさんをお母様に預け、私はカトレアさんに手伝ってもらいながら練習用の神官着に身を包む。
本来ならお城に足を運び、現役の巫女様達と一緒に教育を受けるべきなのだろうが、今日は聖女であるティアラ様が来てくださっているのと、私のこの姿をカトレアさんに見せたいが為に、あえて敷地内にある訓練用の庭園で自主トレをする事にした。
「あの、その服は……」
「これはね、聖女候補生だけに与えられる神官着だよ」
少し恥ずかしい気分になりながらも、クルリとその場で回りカトレアさんに見てもらう。
この神官着は巫女様達が着ている服とも違い、白を基調としたローブに、同じく白を基調とした羽織を重ねたもの。女性らしく所々可愛く装飾が施されており、正装としてそのまま人前に出ても十分に通用する、そんな姿。
「神官着……という事は聖女様に仕えられる巫女様の?」
「正確にはちょっと違うんだけれど、大体そんな感じかな。公爵家に生まれた女性は聖女様の血が濃いと言われているから、私達は聖女候補生って言われているの」
今期は既に100年に一人の逸材と呼ばれているティアラ様が聖女の座に付かれているが、現在も私を含む6人が聖女候補生と呼ばれ続けている。
これはもしティアラ様に何かあった場合、私たちがそのお役目を引き継がなければならないのと、月に一度行われている豊穣の儀式に巫女としてサポートする為なのだが、現在は経験豊富な巫女様がサポートされているので、私たちの出番はまだもう少し先となる。
「聖女候補生? それじゃアリスさんもその中に?」
「あぁ、もしかしてカトレアさんはアリスちゃんが聖女の力が使えるって知っているの?」
「えっ、あ、はい。以前怪我を治して頂いた事がありましたので」
怪我と言う言葉に一瞬反応してしまうが、カトレアさんの様子から大した怪我ではなかったのだろう。仮に瀕死の状態であったとしても、アリスちゃんなら簡単に傷跡一つ残さず治してしまうだろうけど。
「そうなんだ、でもアリスちゃんは聖女候補生ではないんだよ」
聖女候補生というのは私たちの中だけで使われているので、一般には余り聞きなれない言葉だろう。今期は王家・公爵家共に女児に恵まれていたのと、ティアラ様が私達の中から頭三つ分は飛び抜けていた事から、割と早い段階から次期聖女として有望視されていた。
因みに現在聖女候補生と呼ばれているのは、半ば諦めてしまったミリィちゃんを始め、私と妹のチェリーティア、ジークさんの妹のユミナちゃんとアストリアさんの妹のレティシアちゃん。そして一番年長であるエスターニア様の計6名。
先ほども言ったが、この中にアリスちゃんは含まれていない。
「違うんですか? でもアリスさんは王家に……」
「ストップ」
カトレアさんが言葉を続けそうになるところを人差指を口元に当て塞ぐ。幾らアリスちゃんの友達であってもこれだけは超えては行けない一線だ。
「ごめんね、でもこれ以上は詮索も言葉を口に出す事も絶対ダメ。理由は言わなくても分かってくれるでしょ?」
今回公爵家が……アリスちゃんの友達である私が、何故お仕事体験でカトレアさんを引き受けたのか。その理由は二つ。
アリスちゃんがスチュワートで仲良くしている友達の中で、一番危うい存在がカトレアさんとイリアさんではないかと言われている。
パフィオさんとリリアナさんは言わずとも大丈夫であろうし、ココリナさんはああ見えて意外と優秀な上、アリスちゃんの事を何かと気にかけてくれている。それに比べるとどうしてもカトレアさんの評価は低く、未だミリィちゃんの信頼も勝ち取れていない。
ただこれは余りにも周りのインパクトが強すぎる為、カトレアさんの存在が霞んでいるだけで、彼女もまたココリナさんと同様、難関とされている試験を突破してきた優秀な人材。
彼女の幸福は周りの友人達であり、不幸とも言うべき存在もまたその友人達でもある。まるで私が置かれた状況と同じのように……。
「……すみません」
「ううん、分かってくれればいいんだよ。本当ならこんなのも無しにして仲良く出来ればいいんだけれど、私は一人の人間の前にこの国を背負っていく人間だから。言いたくない事も言わなきゃいけないの」
公爵家の娘として生まれてこなければ良かった、などと思った事はないけれど、それでも親しい人に隠し事や脅すような言葉を使うのは本意ではない。
私の表情からもある程度は察してくれたようなので、取り敢えず最初の目的は達成したのではないだろうか。あとはもう一つの目的、私にとっては本番であるあの言葉を……
場所を敷地内にある訓練用の庭園に移し、早速練習の為に聖女の力を行使する。
「豊穣の光よ、大地を照らせ」
精霊を呼ぶ為の歌を歌い、花壇に花を咲かす為に大地に光を照らす。
『豊穣の祈り』と呼ばれている、聖女の血を引きし者にしか使えないとされる力の一つ。ティアラ様のように庭園いっぱいに花を咲かすなんて事も出来ないし、アリスちゃんのように鼻歌まじりに果実を実らす事も出来ないけれど、小さな花壇に花を咲かすぐらいなら私にだって。
やがて光を浴びた花壇の土が盛り上がり、小さな芽が出たと思うとその数は次第に多くなり成長していく。しかしこの現象は花壇だけに留まらず、通路として使っている場所にまで及び、ある場所では土が盛り上がりまたある場所では蔦が大地から伸び始める。
あれ? 私っていつの間にこんなに力が強くなっていたっけ?
今なおごっそり体力を持って行かれているので、間違いなく私が起こしている現象であろうが、ここ最近学業に専念していた関係で聖女の修行がおろそかになっていた。だから精度が落ちる事はあれ、力が向上しているなんて事はないんだけれど。
「姉上、アリス様が来られていると聞いたんですがご一緒ではないんですか?」
ティート?
建物からやってきたのは3つ年下である弟のティート。先日の夜会では結局想い人でもあるアリスちゃんと、一度もダンスを踊る事が出来なかった可哀想な弟。
姉の私としては弟の儚い恋を応援したい気持ちもあるが、それが実らぬ恋であるのも分かっているため、少々複雑な心境。
「姉上? どうなさいました?」
地に膝をついて聖女の力を使っているため、知らぬ者が見れば気分が悪くて跪いているようにも見えるのだろう。
近くにカトレアさんや、他のメイド達がいるにも関わらず、私を心配して近づいてくるティート。だけどその先には私のせいで盛り上がってしまった土と、陰に隠れた蔦が行く手を塞いでいる。こちらからは蔦は見えているが、恐らくティートからは見えていないだろう。ゆっくりと歩いてくれば問題はないのだろうが、私を心配したティートは足を速め……。
「危ない!」
「ティートダメ! きゃっ」
向かってくるティートに向けて私とカトレアさんの言葉が重なる。
聖女の力はこの世界では異質の存在。力の仕組みを把握し、教えられた通りに祈りを捧げれば、精霊達は正しくその力を示してくれるだろう。だけど一度力の使い方を間違えたり、禁呪とされる理に道を外れればいずれは我が身に返ってくる。
だから力を使うときには最善の注意をし、集中力を欠かしてはならないと、そう教わってきた。
「姉上!」
ティートは私たちの掛け声と、日頃から培った運動能力で難なく回避したが、力の行使中に意識を切らせてしまったせいで一瞬精霊達が暴走する。
私程度の力では大した暴走とはいかないけれど、それでも弾けるような衝撃でそのまま後ろに弾き飛ばされ、大地に強く打ちつけられる。
「お嬢様!」
「早く医者を、いえアリス様をお呼びして」
様子を見ていたメイド達が慌てて叫びながら各々の役目を果たそうと行動を起こす。
いたたた、飛ばされたと言ってもそう大したものではなく痛みはそれほど感じない。ティートとメイド達が慌てて近寄ってくるが、こちらは大丈夫だと軽く笑顔を……。
「ううっ」
背後から、正確には私の下からうめき声が聞こえて来る。
あれ? なんで私は痛くないの? 衝撃は大した事はなかったとはいえ、大地に打ち付けられたのなら痛みぐらいはあってもいいのではないか、それなのに傷どころか痛みまでとは。
脳内が次第に状況を把握していくにつれ、いま置かれた状態がハッキリとわかってくる。
メイド達が慌てているのは私ではなくその下敷き、いや咄嗟に庇ってくれたメイドの一人。いや違う、これは……
「カトレアさん!」
みればメイド服は土で汚れ、腕のあたりが破れ赤く血で染まってしまっている。
「だ、大丈夫です。少し擦ってしまっただけですから。それよりもルテア様の方はお怪我はありませんか?」
「私は大丈夫、でもカトレアさんが!」
「落ち着いてください姉上、死に至るような傷ではありませんし今アリス様を呼びに行っておりますから」
そうだった、私が一人慌てても仕方がない。冷静に、冷静にならなきゃ。
「誰か水とハサミを、カトレアさんの治療は私がします」
アリスちゃんを呼びに行ったというのなら任せた方がいいのかもしれないけれど、これは私が引き起こした事故で、カトレアさんは私にとっては大切な存在。だからこの傷は私が治す。
すぐに持ってきてくれたハサミでカトレアさんが着ている服の袖を切り、傷口を水で洗い流す。
「癒しの光よ」
癒しの奇跡に呪文のような言葉は必要ない。これはアリスちゃんが良く口にする言葉の一つで、いつしか私の言葉にもなっていた。
力を貸して精霊達、そしてアリスちゃん。
私の手のひらから溢れる光を浴び、ゆっくりではあるが傷口が治り塞がっていく。
結局完全に傷口が塞がるまでに時間がかかり、慌ててやってきたアリスちゃんとティアラ様が到着してしまったけれど、治療が完了するまで黙って見守ってくれていた。
「ごめんねカトレアさん、私のせいで」
「いいえ、ルテア様のお怪我がなくて良かったです」
「でもどうして?」
確かにあの場ではカトレアさんだけが私の近くにおり、他のメイド達は少し離れた場所で待機してもらっていた。だからかばう事が出来たのはカトレアさんだけだが、彼女はまだ正式に雇ったメイドではなく、今はただの研修の身。
私を守る必要なんてないと言っても過言ではないだろう。
「どうして、と言われましても咄嗟に体が動いただけですし、ルテア様は私にとってもその……」
あぁ、私の想いはもう伝わっていたんだ。それなのに私は未だに……
「カトレアさん、ありがとうございます。そして改めて私の友達になっていただけますか?」
「……はい、喜んで」
差し出した手をカトレアさんが力づよく握りしめてくれる。似た者同士、互いに手を取り合えば少しはアリスちゃんのような人間になれるだろうか。
ちょっぴりあの天然爆裂なところや、騙されやすいところは見習いたくはないけれど、それでも私にとっては太陽の光であり、憧れの存在には違いないのだから。
「もう、今更何言ってるの? 二人はとっくに友達同士でしょ」
「アリスちゃんには分からないんだよ」
「そうです、アリスさんには分からないんです」
「ね?」
「はい」
「「ふふふ」」
こうして私は成長していく。
聖女候補生としてではなく、何処にでもいる一人の女性として。
追伸:荒れてしまった庭園はアリスちゃんの「えい!」の可愛い一言で、元どおり綺麗に直ってしまいました。ティアラ様が若干涙目だったのはそっと心の底にしまっておきます。
公爵家の人間だと言うのに引っ込み思案で思っていたこともハッキリと言葉にできない、それは弟と妹が生まれても変わることが出来なかった。
あれは私が5歳の誕生日を終えたある日の事。
このレガリアでは、王家と公爵家に生まれた女児には聖女教育を受ける事が義務づけられており、すでに教育を受けられていたティアラ様とライラック家のエスターニア様に合流すべく、同じく聖女教育を受ける事になったミリィちゃんと、セリカ様の娘であるアリスちゃんと出会う事となる。
「初めまして、ルテアちゃん。アリスだよ」
初めて出会ったアリスちゃんは何というか、まさに今のアリスちゃんのままだった。
エンジウム家は前聖女様の実家である為か、私は幼少の頃から期待されていた。だけど引っ込み思案の性格はそう簡単に治る訳がなく、何時も一人足をひっぱり、ティアラ様達を困らせていた。
もっとも、ミリィちゃんは修行をサボる機会が多く、アリスちゃんは修行に参加していなかったので、セリカ様に直接教わっていたのはたったの三人。
当時ミリィちゃんはちょっぴり怖く、ティアラ様とエスターニア様の間には入り込めず、私に話しかけてくれるのは修行を見学に来ていたアリスちゃんだけ。
やがてそんなミリィちゃんもすっかりアリスちゃんに性格を変えられてしまい、その中にリコちゃんが加わって、今の仲良し4人組が誕生したんだけれど、私の人見知りな性格は治らず今も健在。
ミリィちゃんもリコちゃんもすっかりアリスちゃんに変えられてしまったと言うのに、私は未だ自分を変えられずにいる。
「その、ありがとうございますカトレアさん」
「い、いえ、こんな感じで大丈夫でしょうか?」
お仕事体験初日、アリスちゃんとココリナさんをお母様に預け、私はカトレアさんに手伝ってもらいながら練習用の神官着に身を包む。
本来ならお城に足を運び、現役の巫女様達と一緒に教育を受けるべきなのだろうが、今日は聖女であるティアラ様が来てくださっているのと、私のこの姿をカトレアさんに見せたいが為に、あえて敷地内にある訓練用の庭園で自主トレをする事にした。
「あの、その服は……」
「これはね、聖女候補生だけに与えられる神官着だよ」
少し恥ずかしい気分になりながらも、クルリとその場で回りカトレアさんに見てもらう。
この神官着は巫女様達が着ている服とも違い、白を基調としたローブに、同じく白を基調とした羽織を重ねたもの。女性らしく所々可愛く装飾が施されており、正装としてそのまま人前に出ても十分に通用する、そんな姿。
「神官着……という事は聖女様に仕えられる巫女様の?」
「正確にはちょっと違うんだけれど、大体そんな感じかな。公爵家に生まれた女性は聖女様の血が濃いと言われているから、私達は聖女候補生って言われているの」
今期は既に100年に一人の逸材と呼ばれているティアラ様が聖女の座に付かれているが、現在も私を含む6人が聖女候補生と呼ばれ続けている。
これはもしティアラ様に何かあった場合、私たちがそのお役目を引き継がなければならないのと、月に一度行われている豊穣の儀式に巫女としてサポートする為なのだが、現在は経験豊富な巫女様がサポートされているので、私たちの出番はまだもう少し先となる。
「聖女候補生? それじゃアリスさんもその中に?」
「あぁ、もしかしてカトレアさんはアリスちゃんが聖女の力が使えるって知っているの?」
「えっ、あ、はい。以前怪我を治して頂いた事がありましたので」
怪我と言う言葉に一瞬反応してしまうが、カトレアさんの様子から大した怪我ではなかったのだろう。仮に瀕死の状態であったとしても、アリスちゃんなら簡単に傷跡一つ残さず治してしまうだろうけど。
「そうなんだ、でもアリスちゃんは聖女候補生ではないんだよ」
聖女候補生というのは私たちの中だけで使われているので、一般には余り聞きなれない言葉だろう。今期は王家・公爵家共に女児に恵まれていたのと、ティアラ様が私達の中から頭三つ分は飛び抜けていた事から、割と早い段階から次期聖女として有望視されていた。
因みに現在聖女候補生と呼ばれているのは、半ば諦めてしまったミリィちゃんを始め、私と妹のチェリーティア、ジークさんの妹のユミナちゃんとアストリアさんの妹のレティシアちゃん。そして一番年長であるエスターニア様の計6名。
先ほども言ったが、この中にアリスちゃんは含まれていない。
「違うんですか? でもアリスさんは王家に……」
「ストップ」
カトレアさんが言葉を続けそうになるところを人差指を口元に当て塞ぐ。幾らアリスちゃんの友達であってもこれだけは超えては行けない一線だ。
「ごめんね、でもこれ以上は詮索も言葉を口に出す事も絶対ダメ。理由は言わなくても分かってくれるでしょ?」
今回公爵家が……アリスちゃんの友達である私が、何故お仕事体験でカトレアさんを引き受けたのか。その理由は二つ。
アリスちゃんがスチュワートで仲良くしている友達の中で、一番危うい存在がカトレアさんとイリアさんではないかと言われている。
パフィオさんとリリアナさんは言わずとも大丈夫であろうし、ココリナさんはああ見えて意外と優秀な上、アリスちゃんの事を何かと気にかけてくれている。それに比べるとどうしてもカトレアさんの評価は低く、未だミリィちゃんの信頼も勝ち取れていない。
ただこれは余りにも周りのインパクトが強すぎる為、カトレアさんの存在が霞んでいるだけで、彼女もまたココリナさんと同様、難関とされている試験を突破してきた優秀な人材。
彼女の幸福は周りの友人達であり、不幸とも言うべき存在もまたその友人達でもある。まるで私が置かれた状況と同じのように……。
「……すみません」
「ううん、分かってくれればいいんだよ。本当ならこんなのも無しにして仲良く出来ればいいんだけれど、私は一人の人間の前にこの国を背負っていく人間だから。言いたくない事も言わなきゃいけないの」
公爵家の娘として生まれてこなければ良かった、などと思った事はないけれど、それでも親しい人に隠し事や脅すような言葉を使うのは本意ではない。
私の表情からもある程度は察してくれたようなので、取り敢えず最初の目的は達成したのではないだろうか。あとはもう一つの目的、私にとっては本番であるあの言葉を……
場所を敷地内にある訓練用の庭園に移し、早速練習の為に聖女の力を行使する。
「豊穣の光よ、大地を照らせ」
精霊を呼ぶ為の歌を歌い、花壇に花を咲かす為に大地に光を照らす。
『豊穣の祈り』と呼ばれている、聖女の血を引きし者にしか使えないとされる力の一つ。ティアラ様のように庭園いっぱいに花を咲かすなんて事も出来ないし、アリスちゃんのように鼻歌まじりに果実を実らす事も出来ないけれど、小さな花壇に花を咲かすぐらいなら私にだって。
やがて光を浴びた花壇の土が盛り上がり、小さな芽が出たと思うとその数は次第に多くなり成長していく。しかしこの現象は花壇だけに留まらず、通路として使っている場所にまで及び、ある場所では土が盛り上がりまたある場所では蔦が大地から伸び始める。
あれ? 私っていつの間にこんなに力が強くなっていたっけ?
今なおごっそり体力を持って行かれているので、間違いなく私が起こしている現象であろうが、ここ最近学業に専念していた関係で聖女の修行がおろそかになっていた。だから精度が落ちる事はあれ、力が向上しているなんて事はないんだけれど。
「姉上、アリス様が来られていると聞いたんですがご一緒ではないんですか?」
ティート?
建物からやってきたのは3つ年下である弟のティート。先日の夜会では結局想い人でもあるアリスちゃんと、一度もダンスを踊る事が出来なかった可哀想な弟。
姉の私としては弟の儚い恋を応援したい気持ちもあるが、それが実らぬ恋であるのも分かっているため、少々複雑な心境。
「姉上? どうなさいました?」
地に膝をついて聖女の力を使っているため、知らぬ者が見れば気分が悪くて跪いているようにも見えるのだろう。
近くにカトレアさんや、他のメイド達がいるにも関わらず、私を心配して近づいてくるティート。だけどその先には私のせいで盛り上がってしまった土と、陰に隠れた蔦が行く手を塞いでいる。こちらからは蔦は見えているが、恐らくティートからは見えていないだろう。ゆっくりと歩いてくれば問題はないのだろうが、私を心配したティートは足を速め……。
「危ない!」
「ティートダメ! きゃっ」
向かってくるティートに向けて私とカトレアさんの言葉が重なる。
聖女の力はこの世界では異質の存在。力の仕組みを把握し、教えられた通りに祈りを捧げれば、精霊達は正しくその力を示してくれるだろう。だけど一度力の使い方を間違えたり、禁呪とされる理に道を外れればいずれは我が身に返ってくる。
だから力を使うときには最善の注意をし、集中力を欠かしてはならないと、そう教わってきた。
「姉上!」
ティートは私たちの掛け声と、日頃から培った運動能力で難なく回避したが、力の行使中に意識を切らせてしまったせいで一瞬精霊達が暴走する。
私程度の力では大した暴走とはいかないけれど、それでも弾けるような衝撃でそのまま後ろに弾き飛ばされ、大地に強く打ちつけられる。
「お嬢様!」
「早く医者を、いえアリス様をお呼びして」
様子を見ていたメイド達が慌てて叫びながら各々の役目を果たそうと行動を起こす。
いたたた、飛ばされたと言ってもそう大したものではなく痛みはそれほど感じない。ティートとメイド達が慌てて近寄ってくるが、こちらは大丈夫だと軽く笑顔を……。
「ううっ」
背後から、正確には私の下からうめき声が聞こえて来る。
あれ? なんで私は痛くないの? 衝撃は大した事はなかったとはいえ、大地に打ち付けられたのなら痛みぐらいはあってもいいのではないか、それなのに傷どころか痛みまでとは。
脳内が次第に状況を把握していくにつれ、いま置かれた状態がハッキリとわかってくる。
メイド達が慌てているのは私ではなくその下敷き、いや咄嗟に庇ってくれたメイドの一人。いや違う、これは……
「カトレアさん!」
みればメイド服は土で汚れ、腕のあたりが破れ赤く血で染まってしまっている。
「だ、大丈夫です。少し擦ってしまっただけですから。それよりもルテア様の方はお怪我はありませんか?」
「私は大丈夫、でもカトレアさんが!」
「落ち着いてください姉上、死に至るような傷ではありませんし今アリス様を呼びに行っておりますから」
そうだった、私が一人慌てても仕方がない。冷静に、冷静にならなきゃ。
「誰か水とハサミを、カトレアさんの治療は私がします」
アリスちゃんを呼びに行ったというのなら任せた方がいいのかもしれないけれど、これは私が引き起こした事故で、カトレアさんは私にとっては大切な存在。だからこの傷は私が治す。
すぐに持ってきてくれたハサミでカトレアさんが着ている服の袖を切り、傷口を水で洗い流す。
「癒しの光よ」
癒しの奇跡に呪文のような言葉は必要ない。これはアリスちゃんが良く口にする言葉の一つで、いつしか私の言葉にもなっていた。
力を貸して精霊達、そしてアリスちゃん。
私の手のひらから溢れる光を浴び、ゆっくりではあるが傷口が治り塞がっていく。
結局完全に傷口が塞がるまでに時間がかかり、慌ててやってきたアリスちゃんとティアラ様が到着してしまったけれど、治療が完了するまで黙って見守ってくれていた。
「ごめんねカトレアさん、私のせいで」
「いいえ、ルテア様のお怪我がなくて良かったです」
「でもどうして?」
確かにあの場ではカトレアさんだけが私の近くにおり、他のメイド達は少し離れた場所で待機してもらっていた。だからかばう事が出来たのはカトレアさんだけだが、彼女はまだ正式に雇ったメイドではなく、今はただの研修の身。
私を守る必要なんてないと言っても過言ではないだろう。
「どうして、と言われましても咄嗟に体が動いただけですし、ルテア様は私にとってもその……」
あぁ、私の想いはもう伝わっていたんだ。それなのに私は未だに……
「カトレアさん、ありがとうございます。そして改めて私の友達になっていただけますか?」
「……はい、喜んで」
差し出した手をカトレアさんが力づよく握りしめてくれる。似た者同士、互いに手を取り合えば少しはアリスちゃんのような人間になれるだろうか。
ちょっぴりあの天然爆裂なところや、騙されやすいところは見習いたくはないけれど、それでも私にとっては太陽の光であり、憧れの存在には違いないのだから。
「もう、今更何言ってるの? 二人はとっくに友達同士でしょ」
「アリスちゃんには分からないんだよ」
「そうです、アリスさんには分からないんです」
「ね?」
「はい」
「「ふふふ」」
こうして私は成長していく。
聖女候補生としてではなく、何処にでもいる一人の女性として。
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