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第一章 スチュワート編(一年)
第41話 それぞれの気持ち
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「エスニア、そろそろ行こうか」
「えぇ、心惜しいですが頼もしい後輩達もいる事ですし、何時までも感傷に浸っている訳にも参りませんわね」
そう言いながらもエスニアが名残惜しそうに自分が使っていた机に優しく触れる。
今この生徒会室にいるのは僕とエスニアの二人だけ。二学期の後期に行われた生徒会長選挙、当選したのは学園社交界でアリスが代奏していたリンダ・フランシュベルグだった。
元々生徒会役員の一人だった彼女は周りからの信頼も厚く、他の候補者に大差をつけての当選。僕やエスニアもこれを歓迎した。
彼女なら伯爵家という家名があるので、親だ爵位だと口先だけの生徒を黙らす事も出来るし、スチュワートの生徒に対しても温厚なので何も心配する必要はない。
ただ一つ気がかりなのがアリスの事だけど、偶然とはいえ学園社交界で出会っているし、その後の聖誕祭のパーティーで言葉を交わしたとも聞いているので、察しのいい彼女の事だから大体の事情は分かってくれているだろう。困った事があればミリィや本人に相談するようにとも言っているので、後は自分達で何とか解決してくれる筈。
本音を言えば当たり障りのない範囲で説明しておいてもいいのだろうが、これも彼女が成長する為と、ありのままのアリスの姿をその目で見て欲しいとの事もあり、僕やエスニアからは何一つ説明はしていない。
そして長かったようで短かった引き継ぎも無事終わり、本日僕たちヴィクトリアの四年生と、スチュワートの二年生が卒業する。
ラララー♪ ラルララー♪
音楽隊のメロディーが流れる中、ヴィクトリアとスチュワートの卒業生が入場する。
どういう理由かは知らないが、卒業式は二校合同で行われる事になっており、現在このホールにはヴィクトリアの全生徒とスチュワートの全生徒、そして卒業を迎える生徒の両親達が集まっている。
普通に考えれば四年制と二年制で人数に大差があると思うかもしれないが、元々ヴィクトリアは一学年に二クラスしか無いのに対し、スチュワートは専攻のクラスがある関係で四クラス存在している。その為、生徒の人数だけで言えばほぼ同等の数となっている。
「いい伴奏ですわね」
「あぁ、自慢の妹だからね」
隣にいるエスニアが僕にだけに聞こえる様、小さな声で話しかけてくる。
今、音楽隊でピアノ伴奏をしているのはドレスに身を包んだアリス本人。四年生が抜けた事と、リンダが生徒会長になった事で音楽隊のメンバーが大きく入れ替わり、空席となったピアノ伴奏にアリスが推薦された。
「リンダがね、音楽隊のメンバーを募集する際に今期はスチュワートからもって言ったそうよ」
「その話なら僕も聞いているよ。二校がもっと近づける様にと色々動いてるみたいで、この音楽隊はその第一歩なんだそうだよ」
僕たちは既に引退した身なので会議には出席していないが、そんな話を後輩の生徒会役員から聞いた事があった。
彼女なりのやり方で生徒会が動き出しているんだと思うと、嬉しいようで何処か寂しい思いも沸き起こって来る。
結局、音楽隊のメンバーをスチュワートの生徒から募集するも、立候補する生徒は誰もおらず、何とかアリスを上手く引き込むだけに留まってしまったという話。どうやら二校の存在が近づけるのはもう少し先になりそうだ。
「そういえば王妃様は出席されておられるので?」
「いや、今日はこちらには来られていないよ。来てもらっても騒ぎが大きくなるだけだしね」
これがミリィやアリスの卒業式なら呼ばなくても来ていると言うのに、男性である僕はどうも構いがいが無いと言われてしまい、学校行事に顔を出される事はほとんどない。
まぁ、王妃という立場上これが本来の姿で、僕としてもこんな所に出てくるなら公務を優先して欲しいと思っているので、文句どころか喜んでこの現状を受け入れている。
「ふふふ、さぞやフローラ様はお城でヤキモキされている事でしょうね」
「え、母上が? 流石にそれはないと思うよ」
エスニアが口元を押さえながら微笑みかける。
「エリクは何もご存知ないんですね、自分の子の晴れ姿を見たくない親が何処にいるんですか。男児でおられるエリク様を気遣っての事ですわ」
「僕の為に?」
あぁ、そう言う事か。
いずれ僕はこの国を背負っていかなければいけない存在。そこは甘えも泣き言も一切通用せず、僕の判断で国がどう変わっていくかも大きく影響するだろう。
だから少しでも早く、僕を独り立ちさせようとあえて突き放したのかもしれない。
「僕はこんな性格だからね、知らぬ間に母上にも心配させていたのかも知れないね」
「えぇ、ですがフローラ様もエリクの事を見くびっておられますわ」
「そうだね、だからこれからは心配しなくても大丈夫だと思ってもらえるよう、行動で示していくよ」
「はい、私も及ばずながらお力添えをさせていただきますわ。ライラック家には可愛い妹も出来た事ですし。ふふふ」
エスニアは卒業の後お城へと上がる事が決められている。
残されたライラック家にはまもなく入学するアルベルトがいるし、エスニアが可愛がっているリリアナもいる。どうやら二人は恋仲になったと言う話なので、エスニアが公爵家を出たとしてもライラック家の未来は安泰であろう。
可愛い妹……か。
冬休み、エンジウム公爵領から帰ってきた妹たちは僕でも分かるほど大きく成長していた。
詳しい理由は聞けなかったが、どうもお祖父様とお祖母様から母上とセリカさんの昔の話を聞いたらしい。
母上とセリカさんの出会い、そして王妃となるまでの事は僕も昔は良く聞かされていた。中には父上をひっぱたいた話や、何処かの子息をパーティーの最中に投げ飛ばしたとかいう、突拍子もない話も紛れ込んでいたが、どれもこれも笑いながら楽しそうに二組の夫婦で語り合う姿は今でも忘れられない。
たぶん二人の出会いの話を聞いて、ミリィは母上の想いを知り、アリスはセリカさんの気持ちに触れたんだと思う。
今の二人の姿を母上達が望んだのかはしらないが、間違いなく昔の母上とセリカさんの関係に近い存在なんだろう。互いを助け合い、信頼し合える関係。どちらか片方が欠けてもいけないし、どちらかが先へと進んでもいけない。
二人で一人、恐らくこの国の未来を変えるのはアリスだけでは無理なんだと僕は思っている。
「エスニア、僕には姉上のような聖女の力や、ミリィのように聖女を守る騎士になれる力はないけれど、この国の民を思う心は誰にも負けていないつもりだ。だけど、時には道を間違えたり、現実の光景に挫けそうになるかもしれない、そんな時は……」
国王となれば嫌な事でも直面しなければならないし、時には犠牲を覚悟しなければならない。
そんな時、僕は現実から逃げ出してしまわないだろうか。父上や母上がもっとも大切にしていた友人を失ってしまった時のように……
「あら、私の事を過小評価しておりませんか? これでもエリクより度胸も覚悟もありましてよ? それに尊敬できる方と可愛い妹達もいる事ですし、もし道を踏み外しそうになったり、挫けそうになられた時はひっぱたいてでも正しい道を進ませますわ」
「それは……ちょっと遠慮したいね」
ついついセリカさんにひっぱたかれた父上を想像してしまい、思わず苦笑してしまう。
「心配いりません。時には立ち止まる事も必要でしょうが、その時は私が支えになってみせますわ」
「……そうだね」
そうだ、僕は、僕達はまだ始まってもいないんだ。
先ほど母上に認めさせると誓ったばかりなのにいきなり弱みを見せてしまうなんて。
「エスニア、これからもよろしく頼むよ元・副会長」
「ふふふ、お任せください元・生徒会長」
この日、僕たち二人はこの学園を卒業した。
「えぇ、心惜しいですが頼もしい後輩達もいる事ですし、何時までも感傷に浸っている訳にも参りませんわね」
そう言いながらもエスニアが名残惜しそうに自分が使っていた机に優しく触れる。
今この生徒会室にいるのは僕とエスニアの二人だけ。二学期の後期に行われた生徒会長選挙、当選したのは学園社交界でアリスが代奏していたリンダ・フランシュベルグだった。
元々生徒会役員の一人だった彼女は周りからの信頼も厚く、他の候補者に大差をつけての当選。僕やエスニアもこれを歓迎した。
彼女なら伯爵家という家名があるので、親だ爵位だと口先だけの生徒を黙らす事も出来るし、スチュワートの生徒に対しても温厚なので何も心配する必要はない。
ただ一つ気がかりなのがアリスの事だけど、偶然とはいえ学園社交界で出会っているし、その後の聖誕祭のパーティーで言葉を交わしたとも聞いているので、察しのいい彼女の事だから大体の事情は分かってくれているだろう。困った事があればミリィや本人に相談するようにとも言っているので、後は自分達で何とか解決してくれる筈。
本音を言えば当たり障りのない範囲で説明しておいてもいいのだろうが、これも彼女が成長する為と、ありのままのアリスの姿をその目で見て欲しいとの事もあり、僕やエスニアからは何一つ説明はしていない。
そして長かったようで短かった引き継ぎも無事終わり、本日僕たちヴィクトリアの四年生と、スチュワートの二年生が卒業する。
ラララー♪ ラルララー♪
音楽隊のメロディーが流れる中、ヴィクトリアとスチュワートの卒業生が入場する。
どういう理由かは知らないが、卒業式は二校合同で行われる事になっており、現在このホールにはヴィクトリアの全生徒とスチュワートの全生徒、そして卒業を迎える生徒の両親達が集まっている。
普通に考えれば四年制と二年制で人数に大差があると思うかもしれないが、元々ヴィクトリアは一学年に二クラスしか無いのに対し、スチュワートは専攻のクラスがある関係で四クラス存在している。その為、生徒の人数だけで言えばほぼ同等の数となっている。
「いい伴奏ですわね」
「あぁ、自慢の妹だからね」
隣にいるエスニアが僕にだけに聞こえる様、小さな声で話しかけてくる。
今、音楽隊でピアノ伴奏をしているのはドレスに身を包んだアリス本人。四年生が抜けた事と、リンダが生徒会長になった事で音楽隊のメンバーが大きく入れ替わり、空席となったピアノ伴奏にアリスが推薦された。
「リンダがね、音楽隊のメンバーを募集する際に今期はスチュワートからもって言ったそうよ」
「その話なら僕も聞いているよ。二校がもっと近づける様にと色々動いてるみたいで、この音楽隊はその第一歩なんだそうだよ」
僕たちは既に引退した身なので会議には出席していないが、そんな話を後輩の生徒会役員から聞いた事があった。
彼女なりのやり方で生徒会が動き出しているんだと思うと、嬉しいようで何処か寂しい思いも沸き起こって来る。
結局、音楽隊のメンバーをスチュワートの生徒から募集するも、立候補する生徒は誰もおらず、何とかアリスを上手く引き込むだけに留まってしまったという話。どうやら二校の存在が近づけるのはもう少し先になりそうだ。
「そういえば王妃様は出席されておられるので?」
「いや、今日はこちらには来られていないよ。来てもらっても騒ぎが大きくなるだけだしね」
これがミリィやアリスの卒業式なら呼ばなくても来ていると言うのに、男性である僕はどうも構いがいが無いと言われてしまい、学校行事に顔を出される事はほとんどない。
まぁ、王妃という立場上これが本来の姿で、僕としてもこんな所に出てくるなら公務を優先して欲しいと思っているので、文句どころか喜んでこの現状を受け入れている。
「ふふふ、さぞやフローラ様はお城でヤキモキされている事でしょうね」
「え、母上が? 流石にそれはないと思うよ」
エスニアが口元を押さえながら微笑みかける。
「エリクは何もご存知ないんですね、自分の子の晴れ姿を見たくない親が何処にいるんですか。男児でおられるエリク様を気遣っての事ですわ」
「僕の為に?」
あぁ、そう言う事か。
いずれ僕はこの国を背負っていかなければいけない存在。そこは甘えも泣き言も一切通用せず、僕の判断で国がどう変わっていくかも大きく影響するだろう。
だから少しでも早く、僕を独り立ちさせようとあえて突き放したのかもしれない。
「僕はこんな性格だからね、知らぬ間に母上にも心配させていたのかも知れないね」
「えぇ、ですがフローラ様もエリクの事を見くびっておられますわ」
「そうだね、だからこれからは心配しなくても大丈夫だと思ってもらえるよう、行動で示していくよ」
「はい、私も及ばずながらお力添えをさせていただきますわ。ライラック家には可愛い妹も出来た事ですし。ふふふ」
エスニアは卒業の後お城へと上がる事が決められている。
残されたライラック家にはまもなく入学するアルベルトがいるし、エスニアが可愛がっているリリアナもいる。どうやら二人は恋仲になったと言う話なので、エスニアが公爵家を出たとしてもライラック家の未来は安泰であろう。
可愛い妹……か。
冬休み、エンジウム公爵領から帰ってきた妹たちは僕でも分かるほど大きく成長していた。
詳しい理由は聞けなかったが、どうもお祖父様とお祖母様から母上とセリカさんの昔の話を聞いたらしい。
母上とセリカさんの出会い、そして王妃となるまでの事は僕も昔は良く聞かされていた。中には父上をひっぱたいた話や、何処かの子息をパーティーの最中に投げ飛ばしたとかいう、突拍子もない話も紛れ込んでいたが、どれもこれも笑いながら楽しそうに二組の夫婦で語り合う姿は今でも忘れられない。
たぶん二人の出会いの話を聞いて、ミリィは母上の想いを知り、アリスはセリカさんの気持ちに触れたんだと思う。
今の二人の姿を母上達が望んだのかはしらないが、間違いなく昔の母上とセリカさんの関係に近い存在なんだろう。互いを助け合い、信頼し合える関係。どちらか片方が欠けてもいけないし、どちらかが先へと進んでもいけない。
二人で一人、恐らくこの国の未来を変えるのはアリスだけでは無理なんだと僕は思っている。
「エスニア、僕には姉上のような聖女の力や、ミリィのように聖女を守る騎士になれる力はないけれど、この国の民を思う心は誰にも負けていないつもりだ。だけど、時には道を間違えたり、現実の光景に挫けそうになるかもしれない、そんな時は……」
国王となれば嫌な事でも直面しなければならないし、時には犠牲を覚悟しなければならない。
そんな時、僕は現実から逃げ出してしまわないだろうか。父上や母上がもっとも大切にしていた友人を失ってしまった時のように……
「あら、私の事を過小評価しておりませんか? これでもエリクより度胸も覚悟もありましてよ? それに尊敬できる方と可愛い妹達もいる事ですし、もし道を踏み外しそうになったり、挫けそうになられた時はひっぱたいてでも正しい道を進ませますわ」
「それは……ちょっと遠慮したいね」
ついついセリカさんにひっぱたかれた父上を想像してしまい、思わず苦笑してしまう。
「心配いりません。時には立ち止まる事も必要でしょうが、その時は私が支えになってみせますわ」
「……そうだね」
そうだ、僕は、僕達はまだ始まってもいないんだ。
先ほど母上に認めさせると誓ったばかりなのにいきなり弱みを見せてしまうなんて。
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