精霊術師の交響曲(シンフォニア)

みるくてぃー

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桜花爛漫

第22話 未熟な精霊術師(9)

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「未夢さん!」
 中庭で一人しゃがみ込む未夢さんの姿。その両腕には弱り切った真っ白な子猫姿の精霊が、大事そうに抱きかかえられている。

「クリス……さん?」
 夢うつつ、その言葉がピタリと当てはまるかの様子の美夢さんが、クリスの言葉に反応する。
「探しましたわ、さぁ私と一緒に帰りましょう」
「帰……る? 私は……」
 これは思った以上に重症かもしれない。
 クリスの言葉に反応してはいるものの、その瞳の焦点は空のままだし、未夢さんの意識自体も朦朧のまま。
 かろうじて言葉は聞こえているようだが、その返事は曖昧なままだ。

「おい、何かがおかしいぞ」
「やっぱり蓮也もそう思うのね」
 通常ひとの心に妖魔が宿った場合、凶暴性が前面に出るだけで言葉による意思疎通を失うような事態にはならない。仮に精霊が妖魔化してしまったとしても、その変化は変わらないのだ。

「未夢さん、ご両親はご無事ですわ。お二人とも居なくなった未夢さんの事を、大変心配なさっているんですのよ。ですから私と一緒に……」
「お母……さん、私が……傷…つけた……」
 どういう事? 私もこの3ヶ月の間で人が妖魔に取り憑かれた事案を見てきたが、いまの未夢さんの様子はそのどれにも当てはまらない。それはどうやら蓮也も同じようで。

「どういう事だ? 明らかに精神影響を受けているみたいだが、妖気が感じられん」
 そういえば精霊から出ているはずの妖気がまるで感じられない。それは夢うつつの未夢さんからも同様で、またく妖気が感じられないのだ。
「もしかして……精霊との絆が強くなり始めている? その影響で未夢さんの意識が朦朧としているんじゃ」
 私たち精霊術者は、精霊と契約の儀式を行う事でお互いの絆を結んでいる。
 だけど未夢さんの場合その儀式を行わず、無意識のうちでその絆が繋がり始めているのではないだろうか?
「確か契約は精霊側から行う事も出来るんだったよな?」
「えぇ、お互いの同意は必要だけど、精霊側から契約を持ちかける事も出来た筈よ」
 精霊との契約は何も人間側からだけというわけではなく、過去精霊から人へと契約を持ちかけられた事例は幾つも存在している。
 ただそれは力ある精霊の場合のみで、とてもじゃないがいま未夢さんの側にいる子猫型の精霊では難しいと言えるだろう。
「それじゃ無意識に働きかけているということか」
「たぶん……そうなんでしょうね」
 いまの美夢さんは情緒不安定な状況。精霊は気に入った人間を守る傾向にあるため、無意識に精霊が未夢さん側へと働きかけているのではないだろうか。

「マズイな、今の状況で契約が成立してしまえば、彼女の心が精霊の影響下に置かれる可能性が高い」
「どういうこと?」
「本来精霊契約に求められるのは、お互いの同等な立場であるぐらいは知っているよな?」
「えぇ、お互いの同意のもとで契約が成立するのは勿論だけど、契約の破棄はどちらか一方の意思で出来てしまうというアレでしょ?」
 私たち精霊術師の契約は、人と精霊が同等の立場でないと成立しない。それは妖魔と戦うため、お互い成長しながら力を合わせて戦いましょうという約束であり、一方的に従えるためのものではないのだと、幼いながらも教えられた。
 そしてこの契約はどちらか一方の判断で破棄することができるとも、私達は知っているのだ。

「沙姫は知らないようだが、精霊契約の中には片方が一方的に従えるようなものがあってな、その場合片方の影響力を大きく受けてしまうんだ」
「それってつまり、精霊が未夢さんを力づくで従えさせようとしているってわけ?」
「無意識だとは思うが、恐らくな」
 蓮也がいうには精霊が未夢さんを助けようと力を行使し、それが偶然未夢さんの心を従えさすよう、働きかけているのではないかとの事だった。
 言われてみれば美夢さんは心が傷ついている状態だし、精霊は未夢さんの心を癒そうと動いたとしても不思議ではない。たとえ其れが間違った方法だったとしても、未熟な精霊ではそこまでの判断はつかないだろう。

「だが状況がわかれば対処は簡単だ」
「精霊と未夢さんを離せばいいのね」
「あぁ、そういう事だ」
 契約には人と精霊とが近くにいなければいけない。ならば一時的にでも二人を引き放せば契約の成立は完了しない。
 だが今の未夢さんをどうやって説得する? 力づくと言うのは彼女を更に追い込む結果となり、ますます精霊は未夢さんを救おうと力を使うだろう。しかもその精霊は見るからに、かなり弱り切っている状態。このうえ更なる力を振るえば、精霊自身の消滅は免れないだろう。

「沙姫、なんとか二人を引き離せ」
 またそんな無茶を……。
 だけど今の状況を改善するには、未夢さんから精霊を引き離すしか方法がない。
「クリス、私も手伝うから、未夢さんから精霊を引き渡してもらえるよう説得して」
「精霊を、ですの? ですが……」
 クリスにとってもかなりハードルが高い事は理解している。
 そもそも未夢さんがここに至る原因こそが精霊を守る為なのだから、このミッションがレベルの高いことは言うまでもあるまい。
「難しい事を言っているのはわかっているわ。でも、このままじゃ」
「……ごめんなさい沙姫さん、少し弱気になってしまいましたわ」
「それでこそクリスよ。私も精一杯バックアップをするから」
 たぶん今の未夢さんを目覚めさせるとするならば、それは他でもない彼女の一番の友人でもあるクリスのみだろう。悔しいが友情絡みに関しては、私はクリスの足元にも及ばない。
 クリスは小さく息を整えると……

「未夢さん、今の貴女は気持ちが動転しておられるんです。お手元の子猫をご覧ください。随分弱っているではありませんか」
「……ミー……ちゃん」
 クリスの言葉に動かされるよう、未夢さんの視線が両腕で抱えている子猫姿の精霊へと移る。
「私、未夢さんに謝らなければいけない事があるんですの」
 クリスはそう言うと、躊躇いもなくリスの姿をした琥珀を呼び出す。
「紹介しますね、この子は琥珀。私が契約している精霊、未夢さんが大切になさっているミーちゃんと同じ精霊ですわ」
「せい……れい。クリス……さんの……せいれい?」
「えぇ、そうですわ。けれども私は未夢さんに嘘をつきました。精霊と契約しているというのに、未夢さんが術者の話をされた時に私は知らないと言ってしまった。それが決められたものだったとしても、本当に後悔いているんですの」
 クリスは少し落ち込むような素振りを見せながらも、更に未夢さんを説得しようと試みる。

「私が嘘をついた事で、未夢さんが私を嫌いになるのであれば仕方ありません。それだけ貴女を傷つけた事は理解しているつもりです。ですがこの琥珀をご覧になってくださいませ。元気で生き生きとしているでしょ? だけど未夢さんのお手元のミーちゃんは、すっかり弱り切っているご様子。未夢さんの事ですから、今まで必死になって看病なさってこられたのでしょ?」
 改めてクリスの心の強さを目の当たりにし、私は心のそこから熱いものが込み上げてくる。
 その一言一言が未夢さんのための言葉であり、自分を犠牲にしてまで彼女を救おうとする気持ちが溢れ出てしまっている。本当にクリスは未夢さんの事を大切にしているんだと伝わってくるのだ。

「ミー……ちゃん。私が……助ける……でも……」
「分かっていますわ。ですが普通の手当てではミーちゃんは治せないんです」
「治せ……ない? でも……私は……」
 上手い。未夢さんを追い詰めるでもなく諭すのでもなく、自らミーちゃんを差し出すよう説得するできるのは、クリスならでは事ではないだろうか。
 未夢さんもそれが言葉だけのものではないと感じ、僅かに心が動き始めているようにも見える。

「安心してくださいませ。私が……いいえ、沙姫さんや蓮也さんが必ずミーちゃんを治して差し上げますわ」
「えぇ、クリスの言う通りよ。私が必ず治療して、未夢さんの元へ元気なミーちゃんを返してみせる。だから……」
「ミーちゃんを……渡す? イヤ、ミーちゃんは私が……私からミーちゃんを取り上げないで!!!!!!!!!」
「「!?」」
 しまった、未夢さんからミーちゃんを取り上げる事自体がトリガーだった。
 私が全てを語る前に、未夢さんから精霊の気配が立ち上る。

「ごめんクリス」
 フォローしたつもりが、私が彼女の触れてはいけない部分に触れてしまった。
 私なりに言葉を選んだつもりだったのだが、返ってクリスの足を引っ張ってしまった事に激しく後悔してしまう。
「いいえ、そんな事より、何故未夢さんから精霊の霊力が出ているんですの?」
「それは……」
「おい、やっぱり変だ。根本的に何かを間違えているんじゃないのか?」
「えっ?」
 クリスに精霊契約が完成しつつある事を説明しようとするも、蓮也の放った一言で打ち消されてしまう。

「変って、何が変なの? 契約が結ばれつつあるのなら、未夢さんから精霊の霊力が溢れ出ても……」
「そうじゃない、妖気だ。こんな状況になってもまるで妖気が感じられない」
「!?」
 蓮也に言われるまで全く気にもとめていなかった。
 私の見立てではミーちゃんが妖魔化していると考えていたが、今のこの状況になっても肝心の妖気がまるで感じられない。
 もし妖魔化説が間違えていたのなら、ミーちゃんがこれ程弱っているはずもなく、普通の精霊が人の心に大きく影響を与える事も考えられない。
 私はてっきり精霊の妖魔化から、未夢さんの心に大きく影響を及ぼしているのかと考えたが、妖気を感じられないとなれば話は変わる。
 だけど精霊は妖魔と違い、人の心は操れないのだ。

「どういう事? 妖魔は関係ないというの?」
「違う、そうじゃない。俺たちは以前一度これに近い状況を目にしているはずだ」
「えっ?」
 蓮也の口ぶりと、その額から流れ出る透明な汗。
 そうだ、霊気と妖気の違いはあれど、私と蓮也は以前いまと同じような状況を目にしている。
「……寄生。精霊に妖魔が隠れているんだわ」
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