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桜花爛漫
第24話 未熟な精霊術師(11)
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「沙姫さん、私はこのまま未夢さんに付き添いますわ」
「そうね、そうしてあげて」
ミーちゃんを失い焦燥感に駆られる未夢さんだが、両親への障害事件や妖魔絡みの事件に巻き込まれた事で、一旦警察署での一時保護が決り、私と蓮也は二人がパトカーへと乗る姿を見送る。
「心配するな。どうせ警察病院での検査と、簡単な事情聴取が行われるだけだ」
先ほど警察から受けた報告では、未夢さんのご両親も大した怪我ではなかったようだし、妖魔絡みとなれば警察側もある程度の事情は察してもらえる。
何より無関係であるクリスの同行が許されているのだ。二・三日もすれば元気な姿で再会できるはずだ。
まぁ、少々結城家の名前を使って脅したわけだが、このぐらいの特権は許してもらえるだろう。
やがて二人を乗せたパトカーが見なくなるのを確認すると。
「助けられなかった。助けられなかったよ」
「あぁ……」
あのとき私は本気でミーちゃんを助けたいと思っていた。自分なら必ず助けられるのだと信じていた。
だけど現実とは残酷なもので、私はあの子を助けるどころかこの世からの消滅を早めただけだった。
「悔しい、自分の力の無さが悔しいよ」
私は今まで真剣に術者の仕事に向き合っては来なかった。もし私が真面目に修行に取り組んでいれば、もし白銀の力をうまく扱えていれば、また違った未来が残せたかもしれないのに。
「俺はな……、あの日、親父が死んだと聞かされた時に思い知らされたんだ」
後悔に苛まれる私に聞かせるように、ぽつりぽつりと蓮也が語る。それは昔、蓮也が亡き父に誓ったある決意。
「親父が死んだと報告を受けた時、気丈に振舞う母に怒りを覚えてな。泣きじゃくる凪咲の前で俺は最低な言葉を吐いてしまったんだ」
それは恐らく紫乃さんなりの強がり。
ただでさえ表の結城グループと、術者としての結城家を支えなければならないという重責が、一度に降りかかったのだ。
上に立つ者の宿命……といえば簡単だが、それがどれだけ辛く悲しい事なのかは今の紫乃さんを見ればわかるだろう。
「当時の俺は大人に成りきってはいなかったんだろうな。葬儀の夜、空っぽの棺の前で一人必死に声を殺しながら泣いている母を見るまで、俺は薄情な人だと思い込んでいたんだからな」
それはある意味仕方がないこと。蓮也のお父さんが亡くなったのは今から5年前、私も蓮也もまだ13歳だった頃の話だ。幾ら幼少時期から術者の修行をしてきたからとはいえ、心はまだヒーローに憧れる少年少女のまま。蓮也が紫乃さんの気持ちを見破れるとはとても思えない。
「その時思ったんだ、強くなろうって。せめて俺が見える範囲の人たちを守れるぐらいは強くなるんだって」
強いなぁ、蓮也もクリスも未夢さんも。
私は母を亡くした時はただ泣きじゃくるだけだった。その後もただ心を殺し、父と兄から逃げる事だけを考え続けて来た。
その結果がこれだ。
ようやく望み通りの生活を手に入れたというのに、今更ながら強くなりたいと思い知らされるなんて、ホント皮肉なものね。
「わたし、強くなれるかなぁ」
「あぁ、俺が保証してやる。だから一緒に強くなろう」
これは私が初めて精霊術者になろうと決めた日。真っ暗な夜空には白く輝く月一つ、そして傍らには頼もしい相棒が佇んでいた。
数日後
「お世話になりました」
今日は未夢さんの退院の日。
あの事件の日から検査入院をしていた未夢さんだったが、一通りの事情聴取や妖気に当てられた後遺症が残っていないかなどの検査が行われ、めでたく本日退院が決定。
実際は術者がらみのことを口外しないための教育やら、文字がいっぱいのややこし書類にサインをしたりと、世間一般に言えない事などが行われたらしいが、とにかく無事で笑顔が見れて一安心。
やがてお世話になった看護婦さんとの別れを終え、クリスと共に病院の外へとやってきた。
「元気そうね」
「沙姫さん、それに蓮也さんも」
私と蓮也の姿を見つけるなり、駆け足でやってきた未夢さん。
その目には泣いた跡なのか、若干瞳が赤く染まっていた。
「お見舞いに行けなくてごめんね。一応決まりで、私たち術者は警察の聴取が終わるまで、被害者に近づけない事になっているのよ」
「いいえ、大丈夫ですよ。入院と言ってもただの検査だけですので」
実際未夢さんの肉体への傷は一切いない。
元々妖魔に取り憑かれたからといって、大きな怪我を負う事例は少ないのだが、時折自らの怪我をかえりみない行動や、強い良心から自ら死を選ぶ事例も僅かながら存在しているため、そういった後遺症が残っていないかの検査だと聞いている。
もっともミーちゃんがミーちゃんのままでいられた事から、未夢さんの心は妖魔に負けないほど強いのだろう。
「それで未夢さん、その……」
彼女に会うまで何度も心の中で繰り返してきた謝罪の言葉。
結局何を言って、どのように謝ればいいのかもわからないまま来てしまったが、やはりぶっつけ本番でも彼女に掛ける言葉が見つからない。
「もしかして沙姫さん、私に謝ろうとしていませんか?」
「えっ?」
「だったら必要ありませんよ」
まさに心を見透かされたようで、驚きの表情を見せてしまう。
「クリスに言われたんです。沙姫さんと蓮也さんがどれだけ私の事を思い、ミーちゃんを助けようとしてくれたかを。知ってるんですよ、お二人とも凄く強くて、どんな無茶な事をしてくれたのかも。そして私にミーちゃんとのお別れの時間を作ってくれたのかも……」
たぶんクリスが私と蓮也が悪者に思われないよう、全てを語ったのだろう。若干瞳に涙を浮かべながらも、未夢さんが笑いかけてくれる。
あの時、確かに未夢さんだけを救う方が遥かに安全で確実な方法だった。普通の術師ならまず間違いなくこの方法を取ったことだろう。
だけど私と蓮也はほんの僅かの可能性にかけ、未夢さんとミーちゃんの最後の時間を作った。
実家の父や兄が聞けばバカな事をしたと罵られそうだが、あの行動が間違っていたなどと私は今も思っていない。
「そう。ならこの話は私の心に止めておくわ」
きっと今の言葉は私の気持ちを察しての事なのだろう。
自分は苦しくとも他人を気遣える優しい心。それこそが彼女とミーちゃんを繋いだ素敵な出会いだったのだと、今ならそう思えてしまう。
「この後クリスと両親とで食事をするんですが、よかったらお二人もどうですか?」
「うーん、お招きは凄く嬉しんだけれど、このあと私も蓮也も訓練が入っているのよ」
あの日、二人で強くなろうと決めた日から、私と蓮也は七柱である結城庄吾様の元で、修行というほぼ拷問にちかい訓練を受けている。
本当ならばこのまま未夢さん達とお食事会へ行きたいところなのだが、訓練をサボると後でどんなお仕置きを用意されるかも分からないので、渋々ながらもお断りさせてもらう。
「ホントもう、あれは拷問ね」
「だな。さすがに俺も逃げ出したいと本気で思ったぞ」
「クスクスクス」
他愛もない会話が心地良い。私も蓮也もまだまだ未熟な術師だが、いつかは自ら胸をはれるような立派な精霊術者なる日を夢見て。
「未夢、そろそろ行かないとご両親を待たせてしまいますわ」
「あ、もうこんな時間」
しばらく見ない間に二人の呼び方が変わっている。私たちが変わろうとしているように、二人もまた変わろうとしているのだ。
「そうだ、私肝心な事をお二人に言い忘れていました」
「ん?」
未夢さんが立ち去ろうとする時、何かを思い出したかのように再び私たちの前へと戻ってくる。
「沙姫さん、蓮也さん。私とミーちゃんを助けてくれてありがとうございます。お二人が居たからこそ、私は今も笑っていられるんです。これからはあの子の為にも精一杯生きるつもりです」
それは今の私が一番幸せになれる素敵な言葉。
もしかして人も精霊も幸せと感じる瞬間は同じなのかもしれない。だって私はいま、とても嬉しいという気持ちで満たされているのだから。
「おぅ、サンキューな」
「私の方こそ、ありがとう未夢さん」
それだけ言うと手を大きく振りながら立ち去る彼女。その後ろ姿を追うかのように、真っ白な子猫姿をしたカゲロウが追いかけていく。そんな光景を私は溢れ出る涙と共に見送るのだった。
一方、時を遡ること約2ヶ月。
神奈川県 横浜某所、北条家所属の正木邸。
「クソッ、クソッ、クソッーーー!!!」
なり振り構わず部屋中の物に当たり散らす。
この一ヶ月で大半の物が壊され、既に新しい物に入れ替わる事さえ諦められた状況。それがたった一人の人物によるものだから救いようがない。
「この俺が降格だと! ふざけるな!! おれは正木家の次期当主、|正木 茂だぞ、今更見習いからやり直せるわけがないだろうが!」
一ヶ月ほど前、たった一度の失敗で謹慎を言い渡された。
だが俺はその謹慎を破り、汚名を返上しようと取り逃がした妖魔を追いかけたのだ。
それなのに……
「彼奴だ、彼奴のせいだ。結城蓮也ぁぁ!!」
あの生意気なガキが出てこなければ、全てがうまく行っていたんだ。
そもそも最初の失敗だって、無能な部下達が指示通り動かなかったからだというのに、すべて俺に責任を押し付けやがって。
そのせいで今まで俺に頭を下げるしか出来なかった奴らが、急に態度を変えて俺様をバカにしてきやがる。どいつもこいつも従うことしか出来ない無能な奴らだというのに。
「何よりこの俺を無能だと切り捨てた北条 将樹が許せねぇ。いっそ、殺っちまうか?」
法の規制がない術と精霊を使って闇討ちすれば、誰の仕業かはわからない。なんだったら妖魔のせいにしたっていいんだ。
そしてその妖魔を俺が一人で退治したとなれば、北条家の当主だって認めざるをえないだろう。だが……
ダメだ。俺をバカにしやがった奴らなら幾らでも寝首を切れるが、次期当主でもある北条将樹だけは不可能だ。
落ちぶれたとはいえ、さすが北条家の人間だと言うべきなのだろう。3兄妹の中で、兄の将樹と末妹の沙夜だけは明らかに別格。唯一クズであった沙姫は、婚約者であるこの俺を裏切り行方を眩ませた。
せっかく俺が飼いならしてらろうとしてやったのに、どいつもこいつも思い通りに動きやがらねぇ。クソッ、思い出しただけでも腹がたつ。
「とにかく力だ! あのクソ生意気な結城家の小僧を殺るにも、俺を無能呼ばわりしやがった北条将樹を殺るにも、力が必要だ。何か手っ取り早く力を手に入れる方法なねぇのか!!」
意味もなく近くにあった机や椅子に当たり散らす。
クソッ、クソッ、クソッーーー!!! どんなに暴れようが、どれだけ物を破壊しようが、この怒りが収まりきらねぇ。
その時……
『ケケケッ、居心地のいい気配がすると思えばまさか精霊術師だったとはな』
それは真っ暗な暗闇を、さらに暗くしたかのような邪悪な気配。
「ひっ、ひぃー!」
化け物。戦闘態勢でもないというのにヒシヒシと肌に伝わるドス黒い妖気。これはもう妖魔の類なんて生ぬるい、B級……いやA級と言ってもいいほどの闇の霊気。まるで神話の時代に恐れられた鬼のような。
こんなの、誰だって勝てるはずがねぇ。
そう感じると、逃げる事も出来ず、その場で腰を抜かして崩れ落ちる。
「たたた、助けてくれ!」
『ケケケッ、そう怯えるな。別に取って食おうとしてるわけじゃねぇんだ』
「だだ、だったら何が目的だ!」
『目的? そうだなぁ、お前、力が欲しいんだろ?』
「ち、力だと?」
『あぁ力だ、弱者をいたぶる為の絶対的な力だ』
それはたった今、この俺が求めて叶わなかったもの。
それをこいつは意図もあっさりくれると言ったのだ。
「く、くれるのか?」
『あぁ欲しいのならやるぞ。ただし条件が一つ』
「条件……だと?」
やはりうまい話には裏がある。しかも取引を持ち出した相手は、妖魔を通り越した悪魔と呼んでもいい存在。
『なぁに、簡単なものだ。俺はただ、こんな姿に変えた結城蓮也と北条沙姫を食いたいだけだ』
「!?」
なんだって?
目の前の悪魔から二人の名前が出た事にも驚きだが、このとんでもない妖気の持ち主を、あの二人が退けたという方が信じられない。
だがこいつは確かに言った、『自分をこんな姿に変えたんだと』
ありえない。結城蓮也もそうだが、あの無能でクズの沙姫がこの悪魔に勝っただなんて絶対にありえない。
だけど今はそんなくだらない事には興味がない。
「いいぜ、その二人はどうせ何時かは殺るつもりだった。俺が殺した後でなら、好きなだけ食えばいい」
『ケケケッ、商談成立だ。精々暴れてくれよ、その負のエネルギーが俺の力になるんだからな』
この日以降、北条家が管轄するエリアで、術者が暗殺されるという事案が発生する事となる。
「そうね、そうしてあげて」
ミーちゃんを失い焦燥感に駆られる未夢さんだが、両親への障害事件や妖魔絡みの事件に巻き込まれた事で、一旦警察署での一時保護が決り、私と蓮也は二人がパトカーへと乗る姿を見送る。
「心配するな。どうせ警察病院での検査と、簡単な事情聴取が行われるだけだ」
先ほど警察から受けた報告では、未夢さんのご両親も大した怪我ではなかったようだし、妖魔絡みとなれば警察側もある程度の事情は察してもらえる。
何より無関係であるクリスの同行が許されているのだ。二・三日もすれば元気な姿で再会できるはずだ。
まぁ、少々結城家の名前を使って脅したわけだが、このぐらいの特権は許してもらえるだろう。
やがて二人を乗せたパトカーが見なくなるのを確認すると。
「助けられなかった。助けられなかったよ」
「あぁ……」
あのとき私は本気でミーちゃんを助けたいと思っていた。自分なら必ず助けられるのだと信じていた。
だけど現実とは残酷なもので、私はあの子を助けるどころかこの世からの消滅を早めただけだった。
「悔しい、自分の力の無さが悔しいよ」
私は今まで真剣に術者の仕事に向き合っては来なかった。もし私が真面目に修行に取り組んでいれば、もし白銀の力をうまく扱えていれば、また違った未来が残せたかもしれないのに。
「俺はな……、あの日、親父が死んだと聞かされた時に思い知らされたんだ」
後悔に苛まれる私に聞かせるように、ぽつりぽつりと蓮也が語る。それは昔、蓮也が亡き父に誓ったある決意。
「親父が死んだと報告を受けた時、気丈に振舞う母に怒りを覚えてな。泣きじゃくる凪咲の前で俺は最低な言葉を吐いてしまったんだ」
それは恐らく紫乃さんなりの強がり。
ただでさえ表の結城グループと、術者としての結城家を支えなければならないという重責が、一度に降りかかったのだ。
上に立つ者の宿命……といえば簡単だが、それがどれだけ辛く悲しい事なのかは今の紫乃さんを見ればわかるだろう。
「当時の俺は大人に成りきってはいなかったんだろうな。葬儀の夜、空っぽの棺の前で一人必死に声を殺しながら泣いている母を見るまで、俺は薄情な人だと思い込んでいたんだからな」
それはある意味仕方がないこと。蓮也のお父さんが亡くなったのは今から5年前、私も蓮也もまだ13歳だった頃の話だ。幾ら幼少時期から術者の修行をしてきたからとはいえ、心はまだヒーローに憧れる少年少女のまま。蓮也が紫乃さんの気持ちを見破れるとはとても思えない。
「その時思ったんだ、強くなろうって。せめて俺が見える範囲の人たちを守れるぐらいは強くなるんだって」
強いなぁ、蓮也もクリスも未夢さんも。
私は母を亡くした時はただ泣きじゃくるだけだった。その後もただ心を殺し、父と兄から逃げる事だけを考え続けて来た。
その結果がこれだ。
ようやく望み通りの生活を手に入れたというのに、今更ながら強くなりたいと思い知らされるなんて、ホント皮肉なものね。
「わたし、強くなれるかなぁ」
「あぁ、俺が保証してやる。だから一緒に強くなろう」
これは私が初めて精霊術者になろうと決めた日。真っ暗な夜空には白く輝く月一つ、そして傍らには頼もしい相棒が佇んでいた。
数日後
「お世話になりました」
今日は未夢さんの退院の日。
あの事件の日から検査入院をしていた未夢さんだったが、一通りの事情聴取や妖気に当てられた後遺症が残っていないかなどの検査が行われ、めでたく本日退院が決定。
実際は術者がらみのことを口外しないための教育やら、文字がいっぱいのややこし書類にサインをしたりと、世間一般に言えない事などが行われたらしいが、とにかく無事で笑顔が見れて一安心。
やがてお世話になった看護婦さんとの別れを終え、クリスと共に病院の外へとやってきた。
「元気そうね」
「沙姫さん、それに蓮也さんも」
私と蓮也の姿を見つけるなり、駆け足でやってきた未夢さん。
その目には泣いた跡なのか、若干瞳が赤く染まっていた。
「お見舞いに行けなくてごめんね。一応決まりで、私たち術者は警察の聴取が終わるまで、被害者に近づけない事になっているのよ」
「いいえ、大丈夫ですよ。入院と言ってもただの検査だけですので」
実際未夢さんの肉体への傷は一切いない。
元々妖魔に取り憑かれたからといって、大きな怪我を負う事例は少ないのだが、時折自らの怪我をかえりみない行動や、強い良心から自ら死を選ぶ事例も僅かながら存在しているため、そういった後遺症が残っていないかの検査だと聞いている。
もっともミーちゃんがミーちゃんのままでいられた事から、未夢さんの心は妖魔に負けないほど強いのだろう。
「それで未夢さん、その……」
彼女に会うまで何度も心の中で繰り返してきた謝罪の言葉。
結局何を言って、どのように謝ればいいのかもわからないまま来てしまったが、やはりぶっつけ本番でも彼女に掛ける言葉が見つからない。
「もしかして沙姫さん、私に謝ろうとしていませんか?」
「えっ?」
「だったら必要ありませんよ」
まさに心を見透かされたようで、驚きの表情を見せてしまう。
「クリスに言われたんです。沙姫さんと蓮也さんがどれだけ私の事を思い、ミーちゃんを助けようとしてくれたかを。知ってるんですよ、お二人とも凄く強くて、どんな無茶な事をしてくれたのかも。そして私にミーちゃんとのお別れの時間を作ってくれたのかも……」
たぶんクリスが私と蓮也が悪者に思われないよう、全てを語ったのだろう。若干瞳に涙を浮かべながらも、未夢さんが笑いかけてくれる。
あの時、確かに未夢さんだけを救う方が遥かに安全で確実な方法だった。普通の術師ならまず間違いなくこの方法を取ったことだろう。
だけど私と蓮也はほんの僅かの可能性にかけ、未夢さんとミーちゃんの最後の時間を作った。
実家の父や兄が聞けばバカな事をしたと罵られそうだが、あの行動が間違っていたなどと私は今も思っていない。
「そう。ならこの話は私の心に止めておくわ」
きっと今の言葉は私の気持ちを察しての事なのだろう。
自分は苦しくとも他人を気遣える優しい心。それこそが彼女とミーちゃんを繋いだ素敵な出会いだったのだと、今ならそう思えてしまう。
「この後クリスと両親とで食事をするんですが、よかったらお二人もどうですか?」
「うーん、お招きは凄く嬉しんだけれど、このあと私も蓮也も訓練が入っているのよ」
あの日、二人で強くなろうと決めた日から、私と蓮也は七柱である結城庄吾様の元で、修行というほぼ拷問にちかい訓練を受けている。
本当ならばこのまま未夢さん達とお食事会へ行きたいところなのだが、訓練をサボると後でどんなお仕置きを用意されるかも分からないので、渋々ながらもお断りさせてもらう。
「ホントもう、あれは拷問ね」
「だな。さすがに俺も逃げ出したいと本気で思ったぞ」
「クスクスクス」
他愛もない会話が心地良い。私も蓮也もまだまだ未熟な術師だが、いつかは自ら胸をはれるような立派な精霊術者なる日を夢見て。
「未夢、そろそろ行かないとご両親を待たせてしまいますわ」
「あ、もうこんな時間」
しばらく見ない間に二人の呼び方が変わっている。私たちが変わろうとしているように、二人もまた変わろうとしているのだ。
「そうだ、私肝心な事をお二人に言い忘れていました」
「ん?」
未夢さんが立ち去ろうとする時、何かを思い出したかのように再び私たちの前へと戻ってくる。
「沙姫さん、蓮也さん。私とミーちゃんを助けてくれてありがとうございます。お二人が居たからこそ、私は今も笑っていられるんです。これからはあの子の為にも精一杯生きるつもりです」
それは今の私が一番幸せになれる素敵な言葉。
もしかして人も精霊も幸せと感じる瞬間は同じなのかもしれない。だって私はいま、とても嬉しいという気持ちで満たされているのだから。
「おぅ、サンキューな」
「私の方こそ、ありがとう未夢さん」
それだけ言うと手を大きく振りながら立ち去る彼女。その後ろ姿を追うかのように、真っ白な子猫姿をしたカゲロウが追いかけていく。そんな光景を私は溢れ出る涙と共に見送るのだった。
一方、時を遡ること約2ヶ月。
神奈川県 横浜某所、北条家所属の正木邸。
「クソッ、クソッ、クソッーーー!!!」
なり振り構わず部屋中の物に当たり散らす。
この一ヶ月で大半の物が壊され、既に新しい物に入れ替わる事さえ諦められた状況。それがたった一人の人物によるものだから救いようがない。
「この俺が降格だと! ふざけるな!! おれは正木家の次期当主、|正木 茂だぞ、今更見習いからやり直せるわけがないだろうが!」
一ヶ月ほど前、たった一度の失敗で謹慎を言い渡された。
だが俺はその謹慎を破り、汚名を返上しようと取り逃がした妖魔を追いかけたのだ。
それなのに……
「彼奴だ、彼奴のせいだ。結城蓮也ぁぁ!!」
あの生意気なガキが出てこなければ、全てがうまく行っていたんだ。
そもそも最初の失敗だって、無能な部下達が指示通り動かなかったからだというのに、すべて俺に責任を押し付けやがって。
そのせいで今まで俺に頭を下げるしか出来なかった奴らが、急に態度を変えて俺様をバカにしてきやがる。どいつもこいつも従うことしか出来ない無能な奴らだというのに。
「何よりこの俺を無能だと切り捨てた北条 将樹が許せねぇ。いっそ、殺っちまうか?」
法の規制がない術と精霊を使って闇討ちすれば、誰の仕業かはわからない。なんだったら妖魔のせいにしたっていいんだ。
そしてその妖魔を俺が一人で退治したとなれば、北条家の当主だって認めざるをえないだろう。だが……
ダメだ。俺をバカにしやがった奴らなら幾らでも寝首を切れるが、次期当主でもある北条将樹だけは不可能だ。
落ちぶれたとはいえ、さすが北条家の人間だと言うべきなのだろう。3兄妹の中で、兄の将樹と末妹の沙夜だけは明らかに別格。唯一クズであった沙姫は、婚約者であるこの俺を裏切り行方を眩ませた。
せっかく俺が飼いならしてらろうとしてやったのに、どいつもこいつも思い通りに動きやがらねぇ。クソッ、思い出しただけでも腹がたつ。
「とにかく力だ! あのクソ生意気な結城家の小僧を殺るにも、俺を無能呼ばわりしやがった北条将樹を殺るにも、力が必要だ。何か手っ取り早く力を手に入れる方法なねぇのか!!」
意味もなく近くにあった机や椅子に当たり散らす。
クソッ、クソッ、クソッーーー!!! どんなに暴れようが、どれだけ物を破壊しようが、この怒りが収まりきらねぇ。
その時……
『ケケケッ、居心地のいい気配がすると思えばまさか精霊術師だったとはな』
それは真っ暗な暗闇を、さらに暗くしたかのような邪悪な気配。
「ひっ、ひぃー!」
化け物。戦闘態勢でもないというのにヒシヒシと肌に伝わるドス黒い妖気。これはもう妖魔の類なんて生ぬるい、B級……いやA級と言ってもいいほどの闇の霊気。まるで神話の時代に恐れられた鬼のような。
こんなの、誰だって勝てるはずがねぇ。
そう感じると、逃げる事も出来ず、その場で腰を抜かして崩れ落ちる。
「たたた、助けてくれ!」
『ケケケッ、そう怯えるな。別に取って食おうとしてるわけじゃねぇんだ』
「だだ、だったら何が目的だ!」
『目的? そうだなぁ、お前、力が欲しいんだろ?』
「ち、力だと?」
『あぁ力だ、弱者をいたぶる為の絶対的な力だ』
それはたった今、この俺が求めて叶わなかったもの。
それをこいつは意図もあっさりくれると言ったのだ。
「く、くれるのか?」
『あぁ欲しいのならやるぞ。ただし条件が一つ』
「条件……だと?」
やはりうまい話には裏がある。しかも取引を持ち出した相手は、妖魔を通り越した悪魔と呼んでもいい存在。
『なぁに、簡単なものだ。俺はただ、こんな姿に変えた結城蓮也と北条沙姫を食いたいだけだ』
「!?」
なんだって?
目の前の悪魔から二人の名前が出た事にも驚きだが、このとんでもない妖気の持ち主を、あの二人が退けたという方が信じられない。
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ありえない。結城蓮也もそうだが、あの無能でクズの沙姫がこの悪魔に勝っただなんて絶対にありえない。
だけど今はそんなくだらない事には興味がない。
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これは悪役令嬢として目覚めた転生少女が無駄に能天気で、好きな絵を描いていたら周囲がとんでもない事になっていったファンタジー(コメディ)小説である!
最初は幼少期から始まります。婚約破棄は後からの話になります。
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王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。
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