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桜花爛漫
第32話 厄災再び(8)
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「す、凄い……」
目の前で繰り広げられる空中戦。
精霊が天を駆ける事にも驚きだが、その息のあった攻撃はまるで天空を駆ける龍にも見える。
「沙夜様、あの方は一体何者なんですか?」
隣で同じように戦いに魅いる鈴音が、うわ言のように話しかけてくる。
「わからない……」
いや、分からなくなってしまった。
あの時、屋敷の中で懐かしさをも感じさせる巨大な霊力を感じ、知らせに来てくれた鈴音と共に、大慌てで大広間へと向かった。
しかしそこにいたのは私が想像していた人物ではなく、なんとも奇妙な服を着た金髪碧眼の見知らぬ女性。一瞬昔に一族から抜けたクリスティーナさんかと思うも、記憶している容姿と声色が一致せず、北条家の人間と対峙していることから、こちら側の人間ではないことは確実。
するとこの方が父が言っていた、結城家から派遣された術者の方なのだろう。それにしてもなぜマスクを?
頭によぎるのは、半年前に家を飛び出した姉の姿。
3兄妹の中で唯一術師としての才能に恵まれず、父や兄から無能扱いされていた姉は、いつも人生の全てを諦めたような生活を送っていた。
「なんで、何で言い返さないの!」
「……沙夜にはわからないわよ」
顔を合わすごとに言い争い。昔はあんなに仲が良かったというのに、母の死をきっかけに私たちの仲は壊れていった。
姉さんは決して無能なんかではない。霊力こそ私や兄に遠く及ばないものの、扱える術は多種多様だし、薙刀を扱った姿なんてまるで桜の花びらが舞い散るように美しかった。
それなのに姉さんは周りに流されるまま、自分は無能だ役立たずだと決めてしまった。私はそれが許せなかったのだ。
「北条薙刀流 天の型、下り飛竜!!」
「!?」
あれは、あの技は!
言葉を話せる白き獣姿の精霊。白い毛並みに黒の縦縞模様、記憶の中にある子猫姿のシロを成長させれば、今まさに目の前で戦っている白銀そのものではないだろうか?
そういえば姉さんって、白い毛並みをしているからシロと名付けたんだったわよね。
姉さんのネーミングセンスの残念さは、妹である私にも眼に余るものがある。
もし白銀の名の由来が、シロが成長して毛並みが銀色に輝くから、とかなら間違いなく姉さんであろう。
でもなんで正体を隠しているの? これほどの力を振るえるのなら、何で今まで隠してきたの?
わからない、あの人の……姉さんの考えがまるでわからない。
「沙夜様?」
考え事に気をとられていると、鈴音が尋ねるように話しかけてくる。
「ご、ごめんさい」
ダメだ、今はこんな事を考えているときではない。
あの人は言った、足手まといは要らないんだと。それなのに私にこう言ったのだ、負傷者を安全な場所に退避させてと。
今はその指示に従おう、私が足手まといなのは明らかな事実。せめて北条家の人間として、今できる事を完遂するのが私の役目。
「行くわよ鈴音」
「はい、沙夜様」
戦場を再び地上に移った事を確認し、私は鈴音を連れて屋根を駆ける。
あの人の……、姉さんの憂いを断つために。
「蓮也、一気に畳み込むわよ!」
「おぅ!」
上空からの一撃で、戦いを再び地上へと移した。
蓮也が駆ける。その背後から私が追い打ちを掛け、白銀が上空から雷撃を降らせる。
「北条薙刀流 雪花《せっか》!」
雪が舞い散るかの如く可憐な舞から、高速で繰り出される無数の刃が茂を襲う。
「まだだ、蛍火!」
更に追い打ちをかけるように、無数の小さな炎が茂の周りに出現し、蓮也の意思に従い全ての蛍火が同時に爆発。
名前こそ可愛らしいネーミングだが、その全てが重なった時の威力は上級クラスの術に匹敵する。
「くそがぁ!!」
纏わりつく炎を払うかの様に茂が妖気を噴出する。
効いてる。ダメージを受けても直ぐに傷が治ってしまうが、私と蓮也との絶え間ない攻撃で、妖気が回復へ使われているため、明らかに防御が手薄になってしまっている。
おそらく兄が放った大海嘯の傷が完全には治りきってはいなかったのだろう。
そのあと私の一撃を喰らい、回復出来ないまま二人の連続攻撃に曝されてしまた。
如何に強力な妖魔を纏っていたとしても、扱う人間が未熟では驚異の度合いは格段に繰り下がる。
「これで終わりよ、大聖雷!」
天空から伸びた巨大なの閃光が茂を襲う。
私が白銀の力を借りて放つ術は、その名の通り妖魔がもっとも嫌いとされる聖属性の雷。
しかも今回放った術は、先ほどまで白銀が放っていた牽制の為の雷ではなく、本気で妖魔を滅するだけの威力を込めたもの。
ちょっぴり家屋の一部が燃えたり、転がっている兄が軽く焦げていたりするが、まぁ許容範囲ということで諦めてもらおう。
「一閃!!」
「ぐふっ……」
単純かつ強烈な一撃。
妖気の鎧が四散したところを見計らい、蓮也の居合抜きが茂の胴体へ見事に決まる。
「終わった様ね」
「あぁ、まだ生きている様だが、これ以上の復活は難しいだろう」
私も蓮也もここで気を抜くほど間抜けではない。
だけど茂が纏っていた妖気も随分弱くなっているし、肝心の彼自身も体を胴切りにされて地面に転がっている状態。
もし切り札を持っているとしたら地上に落とされた時に使っている筈だし、更なる回復を遂げるにも妖気も霊気も枯渇している。
さすがにこれ以上は何もないと信じつつ、警戒しながら彼に近づく。
「終わったんですか!?」
「えぇ、取り敢えずは、ってところかしら」
負傷者を安全なところへと運び終わった沙夜が、付き人の鈴音を連れて戻って来る。
恐らく急に静かになったことを不審に思い、様子を伺いに来たのだろう。
近くで転がっている兄に一瞬視線を送るも、生存が確認出来たことで私と蓮也の元へとやってきた。
「あの……それでこれは一体?」
足元で転がる茂を見つめながら、沙夜尋ねてくる。
「どうやら体が既に妖気に侵食されていたんでしょうね」
蓮也の一撃で体と左腕が切り離された茂だが、その断面はただ黒く妖気が靄のように溢れ出ているようにも見える。
「な、なんだコレは、なんで俺の体からこんなものが!?」
「おいおい、以外と元気じゃねぇか」
私と蓮也に怯えながらも、自分の状態を目の当たりにして困惑する茂。
普通人間なら胴切りをされた時点死んでしまうのだが、目の前で転がる茂はとても死の間際のようには見えない。
「ホントしぶといわね」
「た、頼む助けてくれ!」
抜き身の武器を携えた私と蓮也に見下ろされ、すっかり戦意を失った茂。
私は彼の状態を確認していただけなのだが、どうやら止めをさされるとでも勘違いされてしまったのだろう。
すっかり震え上がってしまい、命乞いすらしてくる始末。
「で、こいつはどういった状態なんだ? さすがにもう人間じゃないだろ?」
「そうね……」
胴切りをされた状態なのに、普通に会話を交わせてしまう奇妙さ。
本来傷口から出るはずの出血は見当たらず、切り裂かれた断面はとても人のものだとは思えない。
これで彼は普通の人間だと言っても誰も信じてはくれないだろう。
「なな、何を馬鹿なことを言ってるんだ。お、俺は人間だ!」
「お前なぁ、今の自分の様子を見て、自分はまだ人間だというのか?」
「ち、違う。これはその……」
どうやら本人は自覚すらなかったようね。
蓮也に問われ、答えを探している時点で証明している。
恐らく最初は本当に妖魔を纏っていただけだったのだろうが、傷つき妖気が体内に入ることで徐々に妖魔に侵されていった。
それが証拠に、戦いの初めこそ赤い血が流れていたのに、今はその赤い血すらどこにも見当たらない。
彼が纏っていた妖気もかなり弱くなっているようだし、可哀想だが人の意識が残ったまま滅してあげるのがせめてもの情けだろう。
「状況は今更説明するまでもないのだけれど、最後に一つだけ聞いてもいいかしら?」
「な、なんだ。た、助けてくれると約束してくれるなら、なんだって教える!」
思ったより生に執着するのね。
本人以外、彼はもう元に戻れないことは分かっている。例え見逃してあげたとしても、そう遠くない未来で彼は意識ごと妖魔に飲み込まれることだろう。
そうなる未来がわかっているのに、私達術者が見逃すはずもない。
だがそれをいま言ったところで反論されてしまうのは明らかなので、ここは適当に口裏を合わせるように返事をする。
「……いいわよ。私の質問に嘘偽りがないと判断したら考えてあげるわ」
「本当か? 本当だな!」
「えぇ、嘘はつかないわ」
若干蓮也から冷ややかな視線が向けられるが、別に嘘をついているというわけでは決してない。
私は『考えてあげる』と言ったのだ。別に考えた末にやっぱりダメだったと言えばそれでおわり。そもそも私が手を出さなくとも、別の誰かが止めをさしてくれるだろう。
「それじゃ質問ね。単刀直入に尋ねるけど、その妖魔をどこで見つけたの? 普通の術師ならば妖魔と契約を交わして『纏う』、なんて発想は思いつかないわよね?」
『纏』は精霊であっても妖魔であっても、契約が結ばれた相手としか纏うことは出来ない。
単純に妖魔に取り憑かれていただけなら、茂の意識に変化が見られる筈だし、何よりあれ程威力のある風の術は、契約の元でないと扱いことは出来ない。
すると導き出される答えは、ここには居ない第三者が茂に入れ知恵を吹き込んだ、と考える方が辻褄が合うのではないだろうか。
「だ、騙されたんだ、あいつに!」
「あいつ?」
茂から出てきた言葉に、私と蓮也は自然とお互いの顔を見合わせる。
『あいつ』って言うからにはただの妖魔ではないわよね?
もともと妖魔は中級精霊ほど自我はなく、言葉巧みに人間に近寄るなんて芸当はまず出来ない。すると少なくとも言葉を話せる何者かなのだろう。
「その彼奴っていうのは誰? 人間なの?」
「ち、違う。俺もよくわからないんだが、馬鹿みたいにデカイ妖気を纏っていて……」
「「!?」」
茂がまさに今、黒幕の正体を語ろうとしたその時。
「離れて!」
茂の体から一気に溢れた妖気に、全員が距離を取ろうと一斉に飛び退く。
「おい、この妖気ってまさか!?」
「嘘でしょ、復活が早すぎるわ」
茂から立ち上る黒く纏わりつく異様な妖気。私と蓮也はすぐさまその正体に気づいてしまう。
現に同じ存在である風華が、転身の術を自ら解き、私の背後に隠れる様に怯えている。
「なんだ、なんなんだよコレは……」
全身から妖気を溢れ出しながら、千切れた断面から無数の蛇の様なものが湧き、切り離された部位と重なり合う。
そうか、そう言うことだったのね。茂が妖気の風を操っていた時に気づくべきだったわ。
千切れた胴と腕がひっつき、茂の背後からドス黒い靄から顔が浮かび上がったかと思えば、人を不快にする様な声が響く。
「ケケケケッ、久しぶりダナァ。会いたかったぜ」
やっぱり……
それは私と蓮也にとって忌むべき存在との再会だった。
目の前で繰り広げられる空中戦。
精霊が天を駆ける事にも驚きだが、その息のあった攻撃はまるで天空を駆ける龍にも見える。
「沙夜様、あの方は一体何者なんですか?」
隣で同じように戦いに魅いる鈴音が、うわ言のように話しかけてくる。
「わからない……」
いや、分からなくなってしまった。
あの時、屋敷の中で懐かしさをも感じさせる巨大な霊力を感じ、知らせに来てくれた鈴音と共に、大慌てで大広間へと向かった。
しかしそこにいたのは私が想像していた人物ではなく、なんとも奇妙な服を着た金髪碧眼の見知らぬ女性。一瞬昔に一族から抜けたクリスティーナさんかと思うも、記憶している容姿と声色が一致せず、北条家の人間と対峙していることから、こちら側の人間ではないことは確実。
するとこの方が父が言っていた、結城家から派遣された術者の方なのだろう。それにしてもなぜマスクを?
頭によぎるのは、半年前に家を飛び出した姉の姿。
3兄妹の中で唯一術師としての才能に恵まれず、父や兄から無能扱いされていた姉は、いつも人生の全てを諦めたような生活を送っていた。
「なんで、何で言い返さないの!」
「……沙夜にはわからないわよ」
顔を合わすごとに言い争い。昔はあんなに仲が良かったというのに、母の死をきっかけに私たちの仲は壊れていった。
姉さんは決して無能なんかではない。霊力こそ私や兄に遠く及ばないものの、扱える術は多種多様だし、薙刀を扱った姿なんてまるで桜の花びらが舞い散るように美しかった。
それなのに姉さんは周りに流されるまま、自分は無能だ役立たずだと決めてしまった。私はそれが許せなかったのだ。
「北条薙刀流 天の型、下り飛竜!!」
「!?」
あれは、あの技は!
言葉を話せる白き獣姿の精霊。白い毛並みに黒の縦縞模様、記憶の中にある子猫姿のシロを成長させれば、今まさに目の前で戦っている白銀そのものではないだろうか?
そういえば姉さんって、白い毛並みをしているからシロと名付けたんだったわよね。
姉さんのネーミングセンスの残念さは、妹である私にも眼に余るものがある。
もし白銀の名の由来が、シロが成長して毛並みが銀色に輝くから、とかなら間違いなく姉さんであろう。
でもなんで正体を隠しているの? これほどの力を振るえるのなら、何で今まで隠してきたの?
わからない、あの人の……姉さんの考えがまるでわからない。
「沙夜様?」
考え事に気をとられていると、鈴音が尋ねるように話しかけてくる。
「ご、ごめんさい」
ダメだ、今はこんな事を考えているときではない。
あの人は言った、足手まといは要らないんだと。それなのに私にこう言ったのだ、負傷者を安全な場所に退避させてと。
今はその指示に従おう、私が足手まといなのは明らかな事実。せめて北条家の人間として、今できる事を完遂するのが私の役目。
「行くわよ鈴音」
「はい、沙夜様」
戦場を再び地上に移った事を確認し、私は鈴音を連れて屋根を駆ける。
あの人の……、姉さんの憂いを断つために。
「蓮也、一気に畳み込むわよ!」
「おぅ!」
上空からの一撃で、戦いを再び地上へと移した。
蓮也が駆ける。その背後から私が追い打ちを掛け、白銀が上空から雷撃を降らせる。
「北条薙刀流 雪花《せっか》!」
雪が舞い散るかの如く可憐な舞から、高速で繰り出される無数の刃が茂を襲う。
「まだだ、蛍火!」
更に追い打ちをかけるように、無数の小さな炎が茂の周りに出現し、蓮也の意思に従い全ての蛍火が同時に爆発。
名前こそ可愛らしいネーミングだが、その全てが重なった時の威力は上級クラスの術に匹敵する。
「くそがぁ!!」
纏わりつく炎を払うかの様に茂が妖気を噴出する。
効いてる。ダメージを受けても直ぐに傷が治ってしまうが、私と蓮也との絶え間ない攻撃で、妖気が回復へ使われているため、明らかに防御が手薄になってしまっている。
おそらく兄が放った大海嘯の傷が完全には治りきってはいなかったのだろう。
そのあと私の一撃を喰らい、回復出来ないまま二人の連続攻撃に曝されてしまた。
如何に強力な妖魔を纏っていたとしても、扱う人間が未熟では驚異の度合いは格段に繰り下がる。
「これで終わりよ、大聖雷!」
天空から伸びた巨大なの閃光が茂を襲う。
私が白銀の力を借りて放つ術は、その名の通り妖魔がもっとも嫌いとされる聖属性の雷。
しかも今回放った術は、先ほどまで白銀が放っていた牽制の為の雷ではなく、本気で妖魔を滅するだけの威力を込めたもの。
ちょっぴり家屋の一部が燃えたり、転がっている兄が軽く焦げていたりするが、まぁ許容範囲ということで諦めてもらおう。
「一閃!!」
「ぐふっ……」
単純かつ強烈な一撃。
妖気の鎧が四散したところを見計らい、蓮也の居合抜きが茂の胴体へ見事に決まる。
「終わった様ね」
「あぁ、まだ生きている様だが、これ以上の復活は難しいだろう」
私も蓮也もここで気を抜くほど間抜けではない。
だけど茂が纏っていた妖気も随分弱くなっているし、肝心の彼自身も体を胴切りにされて地面に転がっている状態。
もし切り札を持っているとしたら地上に落とされた時に使っている筈だし、更なる回復を遂げるにも妖気も霊気も枯渇している。
さすがにこれ以上は何もないと信じつつ、警戒しながら彼に近づく。
「終わったんですか!?」
「えぇ、取り敢えずは、ってところかしら」
負傷者を安全なところへと運び終わった沙夜が、付き人の鈴音を連れて戻って来る。
恐らく急に静かになったことを不審に思い、様子を伺いに来たのだろう。
近くで転がっている兄に一瞬視線を送るも、生存が確認出来たことで私と蓮也の元へとやってきた。
「あの……それでこれは一体?」
足元で転がる茂を見つめながら、沙夜尋ねてくる。
「どうやら体が既に妖気に侵食されていたんでしょうね」
蓮也の一撃で体と左腕が切り離された茂だが、その断面はただ黒く妖気が靄のように溢れ出ているようにも見える。
「な、なんだコレは、なんで俺の体からこんなものが!?」
「おいおい、以外と元気じゃねぇか」
私と蓮也に怯えながらも、自分の状態を目の当たりにして困惑する茂。
普通人間なら胴切りをされた時点死んでしまうのだが、目の前で転がる茂はとても死の間際のようには見えない。
「ホントしぶといわね」
「た、頼む助けてくれ!」
抜き身の武器を携えた私と蓮也に見下ろされ、すっかり戦意を失った茂。
私は彼の状態を確認していただけなのだが、どうやら止めをさされるとでも勘違いされてしまったのだろう。
すっかり震え上がってしまい、命乞いすらしてくる始末。
「で、こいつはどういった状態なんだ? さすがにもう人間じゃないだろ?」
「そうね……」
胴切りをされた状態なのに、普通に会話を交わせてしまう奇妙さ。
本来傷口から出るはずの出血は見当たらず、切り裂かれた断面はとても人のものだとは思えない。
これで彼は普通の人間だと言っても誰も信じてはくれないだろう。
「なな、何を馬鹿なことを言ってるんだ。お、俺は人間だ!」
「お前なぁ、今の自分の様子を見て、自分はまだ人間だというのか?」
「ち、違う。これはその……」
どうやら本人は自覚すらなかったようね。
蓮也に問われ、答えを探している時点で証明している。
恐らく最初は本当に妖魔を纏っていただけだったのだろうが、傷つき妖気が体内に入ることで徐々に妖魔に侵されていった。
それが証拠に、戦いの初めこそ赤い血が流れていたのに、今はその赤い血すらどこにも見当たらない。
彼が纏っていた妖気もかなり弱くなっているようだし、可哀想だが人の意識が残ったまま滅してあげるのがせめてもの情けだろう。
「状況は今更説明するまでもないのだけれど、最後に一つだけ聞いてもいいかしら?」
「な、なんだ。た、助けてくれると約束してくれるなら、なんだって教える!」
思ったより生に執着するのね。
本人以外、彼はもう元に戻れないことは分かっている。例え見逃してあげたとしても、そう遠くない未来で彼は意識ごと妖魔に飲み込まれることだろう。
そうなる未来がわかっているのに、私達術者が見逃すはずもない。
だがそれをいま言ったところで反論されてしまうのは明らかなので、ここは適当に口裏を合わせるように返事をする。
「……いいわよ。私の質問に嘘偽りがないと判断したら考えてあげるわ」
「本当か? 本当だな!」
「えぇ、嘘はつかないわ」
若干蓮也から冷ややかな視線が向けられるが、別に嘘をついているというわけでは決してない。
私は『考えてあげる』と言ったのだ。別に考えた末にやっぱりダメだったと言えばそれでおわり。そもそも私が手を出さなくとも、別の誰かが止めをさしてくれるだろう。
「それじゃ質問ね。単刀直入に尋ねるけど、その妖魔をどこで見つけたの? 普通の術師ならば妖魔と契約を交わして『纏う』、なんて発想は思いつかないわよね?」
『纏』は精霊であっても妖魔であっても、契約が結ばれた相手としか纏うことは出来ない。
単純に妖魔に取り憑かれていただけなら、茂の意識に変化が見られる筈だし、何よりあれ程威力のある風の術は、契約の元でないと扱いことは出来ない。
すると導き出される答えは、ここには居ない第三者が茂に入れ知恵を吹き込んだ、と考える方が辻褄が合うのではないだろうか。
「だ、騙されたんだ、あいつに!」
「あいつ?」
茂から出てきた言葉に、私と蓮也は自然とお互いの顔を見合わせる。
『あいつ』って言うからにはただの妖魔ではないわよね?
もともと妖魔は中級精霊ほど自我はなく、言葉巧みに人間に近寄るなんて芸当はまず出来ない。すると少なくとも言葉を話せる何者かなのだろう。
「その彼奴っていうのは誰? 人間なの?」
「ち、違う。俺もよくわからないんだが、馬鹿みたいにデカイ妖気を纏っていて……」
「「!?」」
茂がまさに今、黒幕の正体を語ろうとしたその時。
「離れて!」
茂の体から一気に溢れた妖気に、全員が距離を取ろうと一斉に飛び退く。
「おい、この妖気ってまさか!?」
「嘘でしょ、復活が早すぎるわ」
茂から立ち上る黒く纏わりつく異様な妖気。私と蓮也はすぐさまその正体に気づいてしまう。
現に同じ存在である風華が、転身の術を自ら解き、私の背後に隠れる様に怯えている。
「なんだ、なんなんだよコレは……」
全身から妖気を溢れ出しながら、千切れた断面から無数の蛇の様なものが湧き、切り離された部位と重なり合う。
そうか、そう言うことだったのね。茂が妖気の風を操っていた時に気づくべきだったわ。
千切れた胴と腕がひっつき、茂の背後からドス黒い靄から顔が浮かび上がったかと思えば、人を不快にする様な声が響く。
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やっぱり……
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