約束の証と彼らの再会

紙條雪平

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約束の証と彼らの再会

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「これどうしたらいんだろうな?」

 榎本賢二は今手に持っているハンカチを眺めながらつぶやく。ハンカチの持ち主は賢二ではない。偶然先ほど拾ったのである。

 実はハンカチの落とし主が誰だかは賢二はわかっている。なぜなら賢二の目の前でそのハンカチはとある人物のところから落ちてしまったのだから。

 相手の名前は中里葉子。自分と同じ高校に通っている高校二年生で、賢二の先輩であり、昔は仲が良かった人物である。なぜ昔は、かと言うと中里と賢二は昔家が隣同士だった。そのため、よく遊んだりしたのである。だが、ある日。中里の親の仕事の関係で、引っ越しをすることになった。その後は全く会うことはなかった、だが高校が偶然同じとなったのであった。

 賢二は、高校に入ってしばらくして、中里を見かけたのだが、声をかけることができなかった。なぜなら、怖くなったからであった。中里に話しかけて、誰だっけ?と言われるのが怖かった。それに、今の中里にとって自分はもう過去の人間だ。そうなると、今更声をかけられても困るのではないか、と思ったからであった。だから、話しをするどころか声をかけることもできずにいた。中里が自分のことを認識しているどうかは、わからない。

 そして、賢二はため息をつきながら、先ほどのことを思い出す。

 賢二は中里の後ろを偶然歩いていた。行き先は玄関の方向であり、周りには賢二と中里以外の人はいなかった。賢二は中里は自分のことに気づいているのだろうか、と思いながら声をかけたほうがいいのかどうかわからずにいた。というかこの状況が気まずく、彼女に気づかないでほしい、とすら思っていた。そんな中、中里がポケットからスマホを取り出した拍子にハンカチが落ちたのだった。

 賢二はあっという声をあげそうになりながら、足を止めた。彼女がハンカチを落としたことに気づいた拍子にこっちにも気づくのではないか、と思ったからだ。しかし、そんな賢二の考えは杞憂となった。なぜなら、中里は気づかずに、そのまま歩みを止めなかったからであった。

 賢二はすぐにハンカチを拾い、ハンカチが落ちたことを伝えようと思ったのだが。うまく言葉にできず、どうしたらいいのだろう、と思っている間に、中里はもう視界の範囲内にはいなかった。

 賢二はもう一度ため息をつくと、どうするかを考える。今から中里を追えば追いつけるだろうが、また先ほどのように声をかけることができないのではないか、と思った。そのため、先生か事務の人に預けるのが無難だろうと思い、職員室にとりあえず行くことをハンカチを見ながら決める。

 その瞬間、賢二に声がかけられる。

「賢二君、久しぶり」

 賢二は驚きながら、声をかけられた方向を見る。すると、そこにいたのは中里であった。中里から声をかけられたことに、しかも久しぶりなどと言われて、賢二は驚きで何も言えず固まってしまった。中里は賢二の様子がおかしいのを見て、首を少しかしげる。だが、すぐに中里は賢二の持っていたものを見つけて、声をあげる。

「わたしのハンカチ、拾ってくれたの?」

 賢二はとりあえず頷く。そして、ぎこちない手つきで中里に手渡す。中里はほっと息を吐きながら、よかったと一言言ったあと、賢二のほうを向きながら笑顔で言う。

「ありがとね」

 賢二はさすがに、そろそろ何か言わないと、と思い、口を開く。

「偶然拾っただけだから、気にしないでください。中里先輩」

 賢二の返答を聞いた、中里は少し悲しそうな顔をする。賢二はなんで、そんな顔をするのだろうと思う。中里はすぐに、笑顔に戻ると賢二に尋ねる。

「この後予定ある?」
「ないです、家に帰るだけです」

 賢二はなぜそんなことを聞くのだろうか、と思いながら返答をした。すると中里は賢二が思ってもいなかったことを言ってくる。

「じゃあ少し話さない?」

 賢二はえっという言葉をあげる。すると、中里はまた悲しそうな顔をしたあと、「いやなの?」と尋ねてくる。別に話すことが嫌なわけではない、純粋に驚いたのであった。もう話すことはないと思っていたのであった。

「いやじゃないです」

 賢二の返答を聞いて、中里はほっとしたような顔をする。そして、「場所変えようか」と言う。賢二は頷き、中里の言ったことに同意する。彼らは場所を移動する間、元気だった?とかなんとか他愛ない問いかけをし合った。そして、彼らは高校の中庭にあるベンチで座りながら話すこととなった。

「こんな風に話すのいつぶりだろうね?賢二君」

 中里は笑顔で隣に座る賢二に問いかける。賢二は気恥ずかしさを覚えながらも、「いつぶりでしょうね」と返す。その後、しばらく二人とも黙ったままであった。賢二は何を話せばいいのか、が良くわからなかった。すると、中里は突然賢二に問うてくる。

「ねえ、昔約束してくれたこと覚えてる?」

 「約束?」と賢二は言うとなんだっけと思いだそうとする。中里は賢二が覚えていない様子を見て、どこか悲しそうな寂しそうにしながらつぶやく。

「やっぱり覚えてないよね」

 賢二はどうやら重要な約束を忘れていたようで焦りだす。中里はその焦っている賢二を見ながら、申し訳なさそうな顔をしながら「何でもないよ」、と言う。賢二は何でもなくないだろ、その顔は、と思いながら思いだそうと努力する。その時、中里が持っていたままのハンカチが偶然目に入る。そのハンカチは結構使い込まれている、というかかなり昔のものであったようだ。

「ハンカチ」

 賢二の口は勝手につぶやいていた。そして、その瞬間、すべてを思い出した。昔、中里が引越す前日最後二人きりで会ったことを。中里はその時、泣いていたのであった。引っ越したくない、賢二君と離れたくない、と言っていた。賢二はあの時、どうにか泣き止ませたかった。だから、その時思いついたことを実行したのだ。

 賢二は偶然、前日に買ってもらったハンカチを部屋から持ってくると、それを中里に渡してこう言った。

『これ持ってて。そうすればいつか僕が会いにいくから』
『本当に会いに来てくれる?』
『うん、約束。だからずっと持ってて』

 賢二はそう言って中里と約束を交わした。子どもなりの考えで、浅はかなものだった自覚はあるし。なぜなら、会いに行けるかなんてわからないし、そもそも二度と会うことはないかもしれなかったのに。
 
 賢二は約束を思い出すと、今日話した時、中里が悲しそうな寂しそうな顔をした理由に見当がついた。

「ごめん、僕が約束したのに。忘れてた」

 賢二は頭を下げて謝る。先ほどまでの敬語を取り払って、昔話していた時のような雰囲気に戻しながら。

「結構ショックだったんだよ、私」
「本当にごめん。でもずっと持っててくれたんだ」

 中里はうん、と少し顔を赤くしながら頷く。賢二はそれを見て、気恥ずかしさを覚える。

「いつから僕が同じ高校いるのに気づいてた?」
「賢二君が入学して三日後ぐらいかな、偶然見かけた。うれしかったな、また会えたって。でも」

 中里はそこで言葉を切ると、賢二を少しジト目気味で見ながら言う。

「話しかけてくれなかったからショックだった、覚えてないんだ、と思った」
「ごめん、本当にごめん。覚えてたんだけど、どう声をかければいいのかわからなかったんだ、それに」

 賢二は下を向いて続ける。

「君が僕のこと覚えてなかったり、迷惑に思われたらどうしようって思って」
「そんなこと絶対にない。あるわけない」

 中里は大きな声で言う。賢二は驚きながら、中里のほうを見る。中里は少し目を潤わせながら、言う。

「私はずっと賢二君のことが好きなんだから」

 賢二は中里からの突然の告白に驚く。中里は驚いた顔をしたままでいる賢二を見ながら話しを続ける。

「ずっと好きだった。別れてからずっと会いたかったの。賢二君のことを思わない日はなかった。何度も何度も忘れたほうがいいとは思ったの、でも無理だったの。それだけ好きだったの、別れる前は伝えることができなかったけど、今更だよね」

 中里はそう言うと、賢二から視線をそらして、下を向く。賢二はこの思いに答える必要があると思った、早急に。ただでさえ、約束を忘れて彼女をずっと傷つけていたのだから。

「僕も好きだった。今でも好き。だから、君さえよければ付き合ってほしい。今まで会ってなかった時間を埋めなおすように。もう君を傷つけない。約束する」

 自分が思ったことをいったつもりだが、思ったよりきざっぽいことを言ったので賢二はすごく恥ずかしくなって、顔を赤くする。だが、決して目はそらさないでおこうと思った。中里はゆっくりと顔をあげて、賢二のほう向くと少し涙を流しながら笑顔で言う。

「ぜひ、お願いします。それに今度は約束忘れないでね」

 賢二は少しばつが悪そうにしながら頷くと、中里の持つハンカチを見て言う。

「そのハンカチもうぼろぼろだね」

 中里は慌てた様子でハンカチを隠すようにどこかにしまうと、賢二に向かって言う。

「このハンカチは捨てないよ。だって約束の証だからね」

 賢二は少し困ったような顔をする。そして、少しして賢二はこう言った。

「新しいのプレゼントするよ。約束も新しくなるし」
「本当?でも捨てないで持ってるからね」

 賢二はこういう頑固なところは昔と変わらないな、と思う。中里はその後、いいことを思いついた、と言いたげな様子を見せると、賢二に向かってこう言った。

「今度は私からもプレゼントする。そうすれば、より忘れないでしょ」
「そうだね」

 賢二は少し困ったように笑う。賢二は中里は自分のことをあまり信用してくれていないようだ。まあしょうがないと思うからわからないのだが。それに、賢二は彼女から何かもらえるというのはうれしかった。

「じゃあすぐに買いに行こう。忘れないうちに」

 中里はベンチから立ち上がりながらそう言う。賢二はそうだね、と言うと立ちあがる。

 その後、賢二と中里は互いにハンカチをプレゼントした、同じものを。賢二は中里への約束を絶対忘れないようにするという思いを、中里は賢二が約束を忘れないでほしい、という思いを込めて渡した。

 約束は最後まで忘れられることはなかった。彼らはいつも約束の証となるものを持っていた…
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