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プロローグ
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私は――、あなたが好きでした。
たとえあなたが、『私』を見ていなくても。『私』を通して、ずっと私の姉さまを見ていることを知っていたとしても――
純白のドレスとベールに身を包み、美しい笑顔を浮かべて最高の瞬間を迎えている二つ年上の姉。
同じ髪の色と瞳の色。見た目は双子のようにそっくりだけど、中身はまるで鏡にうつった相手のように真逆だった。明るくて社交的、太陽のような姉と引っ込み思案で物静かな妹の自分。
リーンゴーン、と重々しい鐘が鳴り響く中。
幸せそうに隣の白い礼装に身を包んだ男と談笑する姉を、そしてその背後に整列した白の詰襟服と赤いマントに身を包んだ正装姿の騎士たちを順番に追っていく。その一人で、彼女の淡黄色の瞳が止められた。
金色のやわらかそうな髪を緩く束ねた、端正な顔立ちの騎士。燃えるような赤色の眼差しは、真っすぐに彼女の姉へと注がれていた。
彼女の脳裏で、昨夜の出来事が蘇る。けれど、彼女はすぐにかぶりをふった。
もう、終わったことなのだから。
私が望んだ、夢のような最後の思い出。
彼女は、改めて彼を見た。ただジッと、その紅蓮の瞳を花嫁へ捧げ続けている彼を。
――あなたは、これからどうするつもりですか?
そんなことが、ふと頭をよぎる。が、彼女は再度ゆっくりと首を振った。
「私は、……」
呟いた彼女の視界に、花嫁が投げたブーケが空中を舞い踊る光景が飛びこんできた。
プロローグ
――夕暮れから静かに宵闇が迫り始める、結婚式前夜。
連日続いていた式の準備が終わり、忙しさからようやく解放されたリリーシャは自分の部屋へと戻ろうとしていた。
明日は、待ち望んでいた姉の結婚式。
手抜かりはなかっただろうか、忘れていることはなかっただろうか、と一つ一つ考えを巡らせていると、廊下の先から近づいてくる人影にリリーシャは気がついた。足を止めれば徐々にそれが見知った顔だとわかり、彼女は少し戸惑いながらも微笑を浮かべた。
「オズウォンド、叔父様……。いらっしゃっていたのですね。ご無沙汰しております」
「おお、リリーシャ王女。しばらく見ぬ間にまた美しくなられたものだ。亡き姉上に、どんどん似てこられる」
リリーシャの前で立ち止まり、賛辞を述べてくる男。
リリーシャは困ったように眉尻を下げて、少しだけ頭を垂れた。
「ありがとうございます、叔父様」
「うむ。これなら、申し分ない。きっと先方も、お気に召すことだろう」
「……え?」
言葉の意味がわからず、顔を上げながらきょとんとなるリリーシャに、オズウォンドと呼ばれた男は浮き出た頬骨をクイと上に動かした。
「明日は、我らが第一王女殿下の輝かしい晴れの舞台。先の女王陛下の弟であるこの私が、出席しないわけにもいかないでしょう」
「はい。ご足労、ありがとうございます。姉も――、きっと喜びます」
「そう言ってもらえると、こちらに足を運んだ甲斐があったというものだ。ところで、リリーシャ王女。お部屋におられず、少しばかり探しましたぞ。どちらかに、お出かけでしたかな?」
「あ、はい。申し訳ありません。明日の用意に追われていて、一日部屋を留守にしておりました。私に、何かご用でしたか?」
「ええ、もちろん。我が国が誇るもう一人の大事なそなたに、良き縁談を持参して参りました」
「! 縁談、ですか」
オズウォンドの言葉に、リリーシャの表情が強張った。
姉の結婚が決まったとき、なんとなく自分もそろそろかもしれないと予感はしていた。
ただ、相手は自由に選べない。自分の立場を考えれば、それは当然のこと。きっと、この国のために使われる。
なら、この国に有用になるだろう、その相手は――
「お相手は、そなたも知っておるだろう? 隣国ウィンスベルの国王殿だ。あちらからは我が国に何度か打診があったようだが、どうやら毎回うやむやにされていたようだ。今回はわたしの方に直接話を持ち掛けられたゆえ、こうして王女のところへ直々に出向かせてもらいましたよ」
「ウィンスベルの、王……」
「我が国ミルスガルズがウィンスベルと縁を結ぶことが出来れば、さらなる繁栄が約束されるのは、政治には疎いそなたにもそれなりに理解できるはずだ。そしてそれがもし破談になった場合、この国にどのような未来が待ち受けることになるのかも」
「…………」
リリーシャは、胸元に手を当てた。
確かに、政治にはそれほど関わってはいない。それでも、好戦的と噂の隣国の話をこちらから断ったとしたら――、さすがの彼女にも嫌な想像しか浮かんでこない。
「そのことを、姉さまは――女王代行は、ご存じなのですか?」
振り絞るような声は、少しだけ震えていた。
「それは、察して頂きたいところだ。なぜ、毎回うやむやにされていたのかを。それは、我らが第一王女殿下が、まだ年若いそなたを慮って今まで話を流してきたのですよ。ですが、そなたも相応の年齢となられた。第一王女殿下も、しかるべき伴侶をお選びになった。そなた自身の価値をこれからどう扱うか、そなたが決めるべきなのだ。異論はないな? この国の、さらなる発展と安寧のためだ。そなたの価値は、それでようやく花開く」
「……私の、価値」
リリーシャの右手が、ギュッと強く握られた。
ミルスガルズ第二王女にして、現・女王代行の妹。
その肩書と立場が、この国の、そしてお姉さまたちの役に立てるのなら――
リリーシャの淡黄色の瞳が、少しだけ横に流される。
すぐさま視線を戻した彼女に、上機嫌な声がかけられた。
「では、こちらで話を進めておきましょう。お忙しい第一王女殿下の手を、煩わせることもない。この国に対するそなたの思いがどれほどのものか、期待させて頂きますよ」
クル、と芝居がかった風に踵を返すと、オズウォンドは高らかな靴音と共にその場から立ち去って行った。
叔父の背中を最後まで見送ってから、リリーシャは胸にたまっていたものをそっと宙に吐き出した。と、ふと物音がしたような気がして彼女は振り返った。
たとえあなたが、『私』を見ていなくても。『私』を通して、ずっと私の姉さまを見ていることを知っていたとしても――
純白のドレスとベールに身を包み、美しい笑顔を浮かべて最高の瞬間を迎えている二つ年上の姉。
同じ髪の色と瞳の色。見た目は双子のようにそっくりだけど、中身はまるで鏡にうつった相手のように真逆だった。明るくて社交的、太陽のような姉と引っ込み思案で物静かな妹の自分。
リーンゴーン、と重々しい鐘が鳴り響く中。
幸せそうに隣の白い礼装に身を包んだ男と談笑する姉を、そしてその背後に整列した白の詰襟服と赤いマントに身を包んだ正装姿の騎士たちを順番に追っていく。その一人で、彼女の淡黄色の瞳が止められた。
金色のやわらかそうな髪を緩く束ねた、端正な顔立ちの騎士。燃えるような赤色の眼差しは、真っすぐに彼女の姉へと注がれていた。
彼女の脳裏で、昨夜の出来事が蘇る。けれど、彼女はすぐにかぶりをふった。
もう、終わったことなのだから。
私が望んだ、夢のような最後の思い出。
彼女は、改めて彼を見た。ただジッと、その紅蓮の瞳を花嫁へ捧げ続けている彼を。
――あなたは、これからどうするつもりですか?
そんなことが、ふと頭をよぎる。が、彼女は再度ゆっくりと首を振った。
「私は、……」
呟いた彼女の視界に、花嫁が投げたブーケが空中を舞い踊る光景が飛びこんできた。
プロローグ
――夕暮れから静かに宵闇が迫り始める、結婚式前夜。
連日続いていた式の準備が終わり、忙しさからようやく解放されたリリーシャは自分の部屋へと戻ろうとしていた。
明日は、待ち望んでいた姉の結婚式。
手抜かりはなかっただろうか、忘れていることはなかっただろうか、と一つ一つ考えを巡らせていると、廊下の先から近づいてくる人影にリリーシャは気がついた。足を止めれば徐々にそれが見知った顔だとわかり、彼女は少し戸惑いながらも微笑を浮かべた。
「オズウォンド、叔父様……。いらっしゃっていたのですね。ご無沙汰しております」
「おお、リリーシャ王女。しばらく見ぬ間にまた美しくなられたものだ。亡き姉上に、どんどん似てこられる」
リリーシャの前で立ち止まり、賛辞を述べてくる男。
リリーシャは困ったように眉尻を下げて、少しだけ頭を垂れた。
「ありがとうございます、叔父様」
「うむ。これなら、申し分ない。きっと先方も、お気に召すことだろう」
「……え?」
言葉の意味がわからず、顔を上げながらきょとんとなるリリーシャに、オズウォンドと呼ばれた男は浮き出た頬骨をクイと上に動かした。
「明日は、我らが第一王女殿下の輝かしい晴れの舞台。先の女王陛下の弟であるこの私が、出席しないわけにもいかないでしょう」
「はい。ご足労、ありがとうございます。姉も――、きっと喜びます」
「そう言ってもらえると、こちらに足を運んだ甲斐があったというものだ。ところで、リリーシャ王女。お部屋におられず、少しばかり探しましたぞ。どちらかに、お出かけでしたかな?」
「あ、はい。申し訳ありません。明日の用意に追われていて、一日部屋を留守にしておりました。私に、何かご用でしたか?」
「ええ、もちろん。我が国が誇るもう一人の大事なそなたに、良き縁談を持参して参りました」
「! 縁談、ですか」
オズウォンドの言葉に、リリーシャの表情が強張った。
姉の結婚が決まったとき、なんとなく自分もそろそろかもしれないと予感はしていた。
ただ、相手は自由に選べない。自分の立場を考えれば、それは当然のこと。きっと、この国のために使われる。
なら、この国に有用になるだろう、その相手は――
「お相手は、そなたも知っておるだろう? 隣国ウィンスベルの国王殿だ。あちらからは我が国に何度か打診があったようだが、どうやら毎回うやむやにされていたようだ。今回はわたしの方に直接話を持ち掛けられたゆえ、こうして王女のところへ直々に出向かせてもらいましたよ」
「ウィンスベルの、王……」
「我が国ミルスガルズがウィンスベルと縁を結ぶことが出来れば、さらなる繁栄が約束されるのは、政治には疎いそなたにもそれなりに理解できるはずだ。そしてそれがもし破談になった場合、この国にどのような未来が待ち受けることになるのかも」
「…………」
リリーシャは、胸元に手を当てた。
確かに、政治にはそれほど関わってはいない。それでも、好戦的と噂の隣国の話をこちらから断ったとしたら――、さすがの彼女にも嫌な想像しか浮かんでこない。
「そのことを、姉さまは――女王代行は、ご存じなのですか?」
振り絞るような声は、少しだけ震えていた。
「それは、察して頂きたいところだ。なぜ、毎回うやむやにされていたのかを。それは、我らが第一王女殿下が、まだ年若いそなたを慮って今まで話を流してきたのですよ。ですが、そなたも相応の年齢となられた。第一王女殿下も、しかるべき伴侶をお選びになった。そなた自身の価値をこれからどう扱うか、そなたが決めるべきなのだ。異論はないな? この国の、さらなる発展と安寧のためだ。そなたの価値は、それでようやく花開く」
「……私の、価値」
リリーシャの右手が、ギュッと強く握られた。
ミルスガルズ第二王女にして、現・女王代行の妹。
その肩書と立場が、この国の、そしてお姉さまたちの役に立てるのなら――
リリーシャの淡黄色の瞳が、少しだけ横に流される。
すぐさま視線を戻した彼女に、上機嫌な声がかけられた。
「では、こちらで話を進めておきましょう。お忙しい第一王女殿下の手を、煩わせることもない。この国に対するそなたの思いがどれほどのものか、期待させて頂きますよ」
クル、と芝居がかった風に踵を返すと、オズウォンドは高らかな靴音と共にその場から立ち去って行った。
叔父の背中を最後まで見送ってから、リリーシャは胸にたまっていたものをそっと宙に吐き出した。と、ふと物音がしたような気がして彼女は振り返った。
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