身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第一章 彼女の決断

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「……あ、あの! 大丈夫、ですか?」
「平気、平気。君は、そこで待ってて」
「はい……」

 心配そうな少女にヒラヒラと手を振った少年は、よっというかけ声と共に近くの太い幹をつかむと、腕の力だけで身体を引き上げる。そのままスルスルと木を登っていく少年に、少女は神に祈るように胸で両手を組んだ。

 少年の目指す場所は、一本の枝の先。そこには、赤いストールが引っかかっていた。近くの枝分かれしたところに足をかけ、少年は目的の枝を足で揺らしてみる。バサバサ、と枯れ葉がいくつも舞い落ちるものの、肝心のストールは枝に絡みついたままビクともしない。

 仕方なく、少年は枝にソロリと足を這わせた。ゆっくりと、次の足も動かしていく。あと一息といったところで、少年はしゃがみこんで手を伸ばし始めた。

「もう、ちょっと……!」

 震える指先がストールに触れ、少年の表情がパアッと輝く。

 その瞬間メキメキメキッときしむ音、破裂音が重なっていき、少年の足元の枝が大きくたわんだ。

「きゃあっ!」

 少女が悲鳴をあげながら、両手で顔を隠す。

 予測した衝撃音がいつまで経っても続かずに、少女は恐る恐る手をどかした。淡黄色の瞳が、丸くなる。そこに映っていたのは、手にした赤いストールを違う枝に引っかけて、ぶらんとぶら下がっている少年の姿だった。

 トン、と地面に飛び降りてきた少年に少女が慌てて駆け寄っていく。

「大丈夫ですか!?」

 首元からのぞく少年の素肌に刻まれている、変わった形の痣。ところどころ裂けてしまった少年の服に、少女の表情が曇った。

「……あ、うん。俺は、平気。でも、ごめん。君のストール、ちょっと破けちゃった」
「あ……」

 表情を陰らせた少年が差し出してきた赤いストールは、端の方が無残に裂けて、今にもちぎれてしまいそうになっていたのだ。

 受け取った少女は一つのためらいもなく、それを胸元でギュッと抱きしめた。

「私のストール、取ってくれてありがとうございました」

 向けられた屈託のない笑顔に、少年の頬がうっすらと朱に染まる。反応に困った少年は、頬をかきながら目を逸らした。

「あ、手首」

 少女の指摘に、少年は「え!?」と慌てて自分の手をひねった。そこには、赤い小さな裂傷。

「これくらい、なんてことないよ。すぐに治る」
「だめ! ひどくなったら、大変ですから!」

 手首の傷を舐めようとした少年を強く制止して、少女は持っていた赤いストールを裂け目から破った。

「な……っ」

 驚いて唖然となる少年の手首に、破かれたストールが巻かれていく。
 患部を避けてストールを結び終えると、強張っていた少女の顔立ちがようやくほころんだ。

「ね、ねえ! 君の名前、教えて貰ってもいい?」

 弾かれたような少年の問いかけに、悪戯めいた風が二人の間を吹き抜けていく。
 顔にかかる青みがかった紫の髪を耳にかけながら、少女は微笑んだ。

「私は、リリー……クシュン、シャです」

 少女の答えに、少年はきょとんと小首を傾げる。

「リリー・クシュン・シャ? 変わった名前だな」
「ち、ちがうの! 鼻がムズムズしちゃって、それでくしゃみが一緒に出ちゃったから……」

 フフッ、と笑う少年に少女はカアッと赤面しながら懸命に言い訳をした。

「うん、わかってる。これありがとう、リリー」

 お礼を言ってくる少年に、少女は呼ばれたその名前を不思議そうに繰り返した。

「リリー?」
「だって、リリー・クシュン・シャなんだろ?」
「だ、だからそれは……!」

 恥ずかしそうに頬を染める少女に、はじかれたように少年は吹きだした。

「あはは! 俺の名前は、フィルロード」
「フィルロード?」
「うん。君風に言えば、フィル・クシュン・ロードかな?」
「……!」

 少年の自己紹介に、少女の頬が再び赤面する。

 その様子に、少年もまた悪戯っぽく笑った。

「だから、フィルでいいよ」
「フィル?」
「うん。よろしく、リリー」
「……はい。こちらこそよろしくお願いします、フィル」

 少年フィルの差し出した右手を、少女リリーが両手で包む。

 フィルは、一度肩を跳ね上げてから。
 リリーは、恥ずかしそうにうつむいてから。

 お互いの視線が交わって、どちらからともなく微笑みあった。

「あ、首元の傷も見せてくれますか? ひどくならない内に、手当てをした方がいいです」
「首? もしかして、これのこと?」

 グイ、と胸元を引っ張りながら、フィルが鎖骨の辺りを示してくる。そこに刻まれていたのは、変わった形の痣だった。

「この痣は、昔からあるやつなんだ。だから、別に今は痛くもなんともない」
「え、そうなんですか? ごめんなさい。私、てっきりその手首と一緒に怪我をしたんだと思ってしまいました」
「ううん。君が、気にすることじゃないよ。いつからあるか、俺にもよくわからないくらいだから」
「そうなんですね。でもよかった、怪我じゃなくて」

 ほっと安堵の表情を浮かべるリリーに、フィルはどこか慌てたように「ね、ねえ!」と少し上ずった声をあげた。

「君の話も聞かせてよ。なんで、こんなところにいるの?」
「私は――」
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