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第二章 彼の決断
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コンコン、とノックをする。
しばらく経ってから、「入れ」の許しが扉越しに聞こえてきた。
「失礼します」
「ん? 誰かと思えばおまえだったのか、フィルロード」
部屋の中央で資料の束を眺めていた男が、フィルロードを見とめて紅の瞳を細める。
扉を閉めて、フィルロードは騎士の礼をした。
「はい。お忙しいときに申し訳ありません、ジュシルス団長。少し、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。ちょうど、休憩にしようと思っていたところだからな。せっかくだ、茶でもつきあえ」
手にしていた資料を執務机に放り投げると、ジュシルスは奥の壁の方へ歩み寄っていく。そこに置かれている棚を漁り始めた彼を、フィルロードは慌てて制した。
「いえ、それはまた別の機会に頂きます」
「なんだ、俺の茶につきあえないというのか、おまえは。つれない弟だな」
漁っていた手を止め、ジュシルスは執務机の前に戻ってくる。端の方に腰かけ、流れるように足を組むと、「で?」とフィルロードに話を振った。
「何の用だ? 俺との茶会を拒むくらいだ、それ相応の用事じゃないとただじゃおかんぞ?」
「はい。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「それを言うために、わざわざここへきたのか?」
拍子抜けしたような表情でジュシルスが問うと、コクとフィルロードは頷いた。
「当日はいろいろと立てこんでいて、会えませんでしたから」
「そうか。ありがとう」
フッ、と笑ってジュシルスは少し深めに腰を落ち着けると、両腕も組む。
「感想は?」
「感想、ですか。とても素晴らしい式だったと思います」
「違いない。それも皆のおかげだな。我らが女王代理殿下――いや、我が細君殿はどうだった?」
「もちろん、いつも以上にお美しかったです」
「だろうな」
口角をつり上げて、ジュシルスがしたり顔で頷く。次に人の悪そうな表情を浮かべると、あごをクイと動かしフィルロードの方を示した。
「どうだ、おまえも結婚したくなったのではないか?」
「まさか。わたしのような若輩者には、縁遠いお話ですから」
「ククッ! どうだかな。さて、そろそろいいか」
両腕を組みなおし、ジュシルスは不思議そうに見つめてくるフィルロードに「で」と切り出した。
「本題はなんだ? まさか本当に祝いの言葉だけ、とは言わんだろうな?」
ジュシルスの指摘に、それまでやわらかく微笑しながら受け答えをしていたフィルロードの表情が強張る。
「! どうして……」
「どうしてわかったのか、て? 至極、簡単なことだ」
腕を組んだまま、ジュシルスが右の人差し指をフィルロードに向ける。
「生真面目が服を着たような生真面目中の生真面目なおまえが、休日でもないこんな真昼間からただ祝いの言葉を述べるためだけに、俺の部屋を訪れるとは考えにくい」
「生真面目が服を着たような、て……」
「生真面目すぎる弟をもつと、普通の真面目な俺がいらん苦労をするんだよ」
困惑顔で凝視してくる弟に両肩をすくめながら、ジュシルスは大げさに嘆息する。
「そんな絵に描いたような生真面目くんが、らしくない行動をする理由はなんだ? それは表向きの用事で裏に何かがあるということくらい、容易に察しがつく」
ニヤ、とジュシルスの口の端がつりあがった。
「それくらい、ピンとこないでどうする? そうでなければ、ミルスガルズ騎士団団長にしろ、おまえの兄にしろ務まらん」
「……そう、でしたね」
小さく口元を緩めてから、フィルロードはジュシルスの前に移動すると片膝を折った。
「ん?」と怪訝そうに眉を寄せるジュシルスを真っすぐに見つめて、フィルロードは「では、改めて」と前置きをしてからゆっくりと続きを紡いでいく。
「……ジュシルス団長。わたしは、罰を受けに参りました」
「罰、だと?」
意外な言葉に、ジュシルスが驚きの声を上げる。
「はい」
「……罰と口にするからには、何かしらの罪を犯した、そう判断していいんだな?」
声音が低くなり、フィルロードを見おろすジュシルスの眼差しが鋭さを増した。
「はい」
頭を垂れながら、フィルロードが答える。
ふう、と息を吐いてから、ジュシルスがさらに問いかけた。
「で、何をしたんだ?」
「申せません」
「……言えないほどのことを、しでかしたのか?」
「はい」
「そうか……、わかった。なら、その罪とやらを詳しく話せ。むろん、他言はしない、身内だからといって容赦もしない、それは約束する。それから、その行いが罪になるか判断してやろう」
「……申せません」
「フィルロード……、冗談ならやめておけ。つまらんぞ」
「冗談ではありません。わたしはただ、わたしに下されるはずの厳罰を、自ら受けにきただけです」
肩をすくめながら首を振るジュシルスに、フィルロードは真剣な面持ちを崩さずに答える。
あきれたように、ジュシルスが何度目になるだろうため息をついた。
「だから、その罪とやらを今ここで話せと言っている」
「……申せません」
言い切るフィルロードに、ジュシルスは自身の額に指先を当てた。
「罪を犯した、それは本当に事実なのか?」
「はい」
「なら、その罪の内容を包み隠さずここで話せ」
「申せません」
額をトントンと叩きながら、「あーー」とジュシルスが声を出す。
「フィルロード、おまえは……ん?」
ジュシルスの視線が、不意に横へと流される。
つられてフィルロードもそちらを見れば、ノックもそこそこに扉が勢いよく開け放たれた。
足音も荒々しく中に入室してきたのは、フィルロードの同僚であるカリオス。詰所から抜け出す際、問われたから答えたのだ。「罰を受けに、団長殿の執務室に行ってくる」と。
何をしにきたんだ、と咎めるために開かれた口は、そのあとに続いて入ってきた少女によってその動きを止めた。
青みがかかった紫の髪が揺れ、淡黄色の瞳がわずかに伏せられる。
「どうして……!」
予想にもしていなかった状況に、フィルロードの声がかすれる。彼女の姿をくっきりと映しこんだ紅の双眸が、これ以上ないくらいに見開かれていった。
しばらく経ってから、「入れ」の許しが扉越しに聞こえてきた。
「失礼します」
「ん? 誰かと思えばおまえだったのか、フィルロード」
部屋の中央で資料の束を眺めていた男が、フィルロードを見とめて紅の瞳を細める。
扉を閉めて、フィルロードは騎士の礼をした。
「はい。お忙しいときに申し訳ありません、ジュシルス団長。少し、よろしいでしょうか?」
「ああ、構わん。ちょうど、休憩にしようと思っていたところだからな。せっかくだ、茶でもつきあえ」
手にしていた資料を執務机に放り投げると、ジュシルスは奥の壁の方へ歩み寄っていく。そこに置かれている棚を漁り始めた彼を、フィルロードは慌てて制した。
「いえ、それはまた別の機会に頂きます」
「なんだ、俺の茶につきあえないというのか、おまえは。つれない弟だな」
漁っていた手を止め、ジュシルスは執務机の前に戻ってくる。端の方に腰かけ、流れるように足を組むと、「で?」とフィルロードに話を振った。
「何の用だ? 俺との茶会を拒むくらいだ、それ相応の用事じゃないとただじゃおかんぞ?」
「はい。遅くなりましたが、ご結婚おめでとうございます」
「それを言うために、わざわざここへきたのか?」
拍子抜けしたような表情でジュシルスが問うと、コクとフィルロードは頷いた。
「当日はいろいろと立てこんでいて、会えませんでしたから」
「そうか。ありがとう」
フッ、と笑ってジュシルスは少し深めに腰を落ち着けると、両腕も組む。
「感想は?」
「感想、ですか。とても素晴らしい式だったと思います」
「違いない。それも皆のおかげだな。我らが女王代理殿下――いや、我が細君殿はどうだった?」
「もちろん、いつも以上にお美しかったです」
「だろうな」
口角をつり上げて、ジュシルスがしたり顔で頷く。次に人の悪そうな表情を浮かべると、あごをクイと動かしフィルロードの方を示した。
「どうだ、おまえも結婚したくなったのではないか?」
「まさか。わたしのような若輩者には、縁遠いお話ですから」
「ククッ! どうだかな。さて、そろそろいいか」
両腕を組みなおし、ジュシルスは不思議そうに見つめてくるフィルロードに「で」と切り出した。
「本題はなんだ? まさか本当に祝いの言葉だけ、とは言わんだろうな?」
ジュシルスの指摘に、それまでやわらかく微笑しながら受け答えをしていたフィルロードの表情が強張る。
「! どうして……」
「どうしてわかったのか、て? 至極、簡単なことだ」
腕を組んだまま、ジュシルスが右の人差し指をフィルロードに向ける。
「生真面目が服を着たような生真面目中の生真面目なおまえが、休日でもないこんな真昼間からただ祝いの言葉を述べるためだけに、俺の部屋を訪れるとは考えにくい」
「生真面目が服を着たような、て……」
「生真面目すぎる弟をもつと、普通の真面目な俺がいらん苦労をするんだよ」
困惑顔で凝視してくる弟に両肩をすくめながら、ジュシルスは大げさに嘆息する。
「そんな絵に描いたような生真面目くんが、らしくない行動をする理由はなんだ? それは表向きの用事で裏に何かがあるということくらい、容易に察しがつく」
ニヤ、とジュシルスの口の端がつりあがった。
「それくらい、ピンとこないでどうする? そうでなければ、ミルスガルズ騎士団団長にしろ、おまえの兄にしろ務まらん」
「……そう、でしたね」
小さく口元を緩めてから、フィルロードはジュシルスの前に移動すると片膝を折った。
「ん?」と怪訝そうに眉を寄せるジュシルスを真っすぐに見つめて、フィルロードは「では、改めて」と前置きをしてからゆっくりと続きを紡いでいく。
「……ジュシルス団長。わたしは、罰を受けに参りました」
「罰、だと?」
意外な言葉に、ジュシルスが驚きの声を上げる。
「はい」
「……罰と口にするからには、何かしらの罪を犯した、そう判断していいんだな?」
声音が低くなり、フィルロードを見おろすジュシルスの眼差しが鋭さを増した。
「はい」
頭を垂れながら、フィルロードが答える。
ふう、と息を吐いてから、ジュシルスがさらに問いかけた。
「で、何をしたんだ?」
「申せません」
「……言えないほどのことを、しでかしたのか?」
「はい」
「そうか……、わかった。なら、その罪とやらを詳しく話せ。むろん、他言はしない、身内だからといって容赦もしない、それは約束する。それから、その行いが罪になるか判断してやろう」
「……申せません」
「フィルロード……、冗談ならやめておけ。つまらんぞ」
「冗談ではありません。わたしはただ、わたしに下されるはずの厳罰を、自ら受けにきただけです」
肩をすくめながら首を振るジュシルスに、フィルロードは真剣な面持ちを崩さずに答える。
あきれたように、ジュシルスが何度目になるだろうため息をついた。
「だから、その罪とやらを今ここで話せと言っている」
「……申せません」
言い切るフィルロードに、ジュシルスは自身の額に指先を当てた。
「罪を犯した、それは本当に事実なのか?」
「はい」
「なら、その罪の内容を包み隠さずここで話せ」
「申せません」
額をトントンと叩きながら、「あーー」とジュシルスが声を出す。
「フィルロード、おまえは……ん?」
ジュシルスの視線が、不意に横へと流される。
つられてフィルロードもそちらを見れば、ノックもそこそこに扉が勢いよく開け放たれた。
足音も荒々しく中に入室してきたのは、フィルロードの同僚であるカリオス。詰所から抜け出す際、問われたから答えたのだ。「罰を受けに、団長殿の執務室に行ってくる」と。
何をしにきたんだ、と咎めるために開かれた口は、そのあとに続いて入ってきた少女によってその動きを止めた。
青みがかかった紫の髪が揺れ、淡黄色の瞳がわずかに伏せられる。
「どうして……!」
予想にもしていなかった状況に、フィルロードの声がかすれる。彼女の姿をくっきりと映しこんだ紅の双眸が、これ以上ないくらいに見開かれていった。
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