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第四章 隣国ウィンスベル
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「……昔が懐かしくなったよ。あの時は、よかったのに」
「ああ、そうだな。ローディス様が生きておられたときは、この国も活気に満ちていて、おれ達も誇らしかったものだ」
口々に語りだした男たちに、フィルロードもその中に入っていく。
「先代のローディス王、ですか?」
「ああ。ローディス様も、よく笛を嗜んでいらっしゃったんだよ。何度も、その美しい音色を耳にしたことがある。もともと武よりも芸に秀でた、優しく穏やかな方だったからね」
「うんうん。城内でもよく吹いていらっしゃったよな。誰に聞かせているのかわからなかったけど、お一人でおられるのを何回か見かけたことがあるよ」
「そうなんですね」
フィルロードが頷くと、今度は違う方から荒々しい物音と声が響いてくる。
見れば、端の方に置いてあるテーブルに拳を打ちつけている者、壁をドンと叩いている者。悔しさを滲ませたいくつもの横顔を順番に眺めながら、フィルロードはスッと目を細めた。
「今じゃ、ローディス様の弟のヴィルフレイドが……!」
「あいつのせいで、ローディス様は!!」
「ローディス様が亡くなられて、この国はもうおしまいだ……くそっ」
「おい、おまえたち。ペラペラとしゃべりすぎだぞ」
最初に剣を突きつけてきた壮年の男が、周りをたしなめながら、フィルロードの方に歩み寄ってくる。
すまないな、と男は切り出した。
「ここにいる者全員が、消化しきれない不満をずっと溜めこんでいるんだ。前王を守れなかったことに対する後悔や懺悔、今の状況を打破できないもどかしさ、そしてこれからの未来に対する絶望、いろいろとな」
「いえ……、心中お察しします。あなた方は、もしかしてローディス王の……」
フィルロードの指摘に、男の表情が見る間に強張っていく。
「――だとしたら?」
低い声で返され、フィルロードは真摯な眼差しでゆっくりと頷いた。
「あなた方の、お力を借りたいのです」
「力? どういう意味だ?」
訝しむ男に、フィルロードは折り目正しく腰を折ると、「申し遅れました」と告げる。
「わたしは、フィルロード。本来は――、ミルスガルズに仕える騎士の一人です」
***
「入るわよ」
「! あなたは……」
部屋に入ってきた予想外の人物に、リリーシャは驚きを浮かべた。
群青色の髪を結いあげ、肩や腕、胸元、両足と至るところから惜しげもなく肌を露出した、妖艶な雰囲気の美しい女性。リリーシャよりも十は歳が離れていそうな彼女が、赤い唇を小さく綻ばせる。
「こうやって、面と向かって話すのは初めてね。私は、フィオナ。もう知っているはずでしょ? 何度も、私たちが楽しく睦み合っている場面に出くわしているんだから」
「……っ」
小さく息を飲むリリーシャの脳裏に、その場面が蘇ってくる。
首を横にふってうつむいたリリーシャに、「それ」というフィオナの声にリリーシャは顔を向けた。
「あんたに貸しっぱなしのそれ、返してもらいに来たの」
フィオナの指さしている「それ」がテーブルに畳んで置きっぱなしにしていたストールのことだと気づき、リリーシャは慌てて手を伸ばした。
「あ……! す、すみません、勝手に持ち出してしまって」
「別にいいわよ。そんなに必要でもないし」
リリーシャが差し出してきたストールを受け取り、フィオナはそれを肩に回すと、テーブルの上に腰を落ちつけた。
「で」とフィオナは両足を組むと、リリーシャを見おろす目を細めた。
「あんた、ミルスガルズの王女様なのよね? なんで、こんなところに来たの? あの国が、そう簡単に許すはずがないと思うんだけど」
「それは……、私の独断なんです」
「独断?」
フィオナが眉をひそめて問えば、リリーシャは少しだけためらってから首を縦に動かした。
「……はい。私はただ……、守りたかっただけです」
「守りたかった? ミルスガルズを?」
「……」
「ふーん……、そう。さすがは一国の王女様、ご立派な心がけね」
無言のリリーシャに、フィオナはどこかあきれたように短く嘆息した。
その動きに合わせるように群青の髪が跳ね、そこに添えられた銀色のものが目に留まり、リリーシャはおずおずとフィオナに話しかける。
「……フィオナ様は、素敵な髪飾りをされているのですね」
「これ? これは――、そう。陛下に頂いたものなの」
「ヴィルフレイド王に? そうなのですね」
意外そうなリリーシャに、フィオナは微笑する。
あ……、とリリーシャは淡黄色の瞳をわずかに見開いた。
すぐにフィオナはリリーシャから顔を背けると、テーブルを下りる。
「さて、と。そろそろ私、王様のところに行かなくちゃいけないから」
「あ、はい……」
「あんたの出番はそうそう回ってこないとは思うけど、ふふっ! じゃあね」
フィオナの背中が徐々に離れていき、パタンと扉の閉まる音と共に消えていく。
リリーシャは困惑を浮かべながら、目線を下げて胸元で手を握った。
「今のは……」
この部屋を出て行く直前には元に戻っていたけれど、一瞬見えたあの寂しげな表情。同じ色のせいか、かぶってしまう。彼の、あの燃えるような両目と。
「気のせいだと思うけれど」
リリーシャの淡黄色の瞳が、再び扉の方に向けられる。そのまましばらく、彼女は無言でその先を見つめ続けていた。
「ああ、そうだな。ローディス様が生きておられたときは、この国も活気に満ちていて、おれ達も誇らしかったものだ」
口々に語りだした男たちに、フィルロードもその中に入っていく。
「先代のローディス王、ですか?」
「ああ。ローディス様も、よく笛を嗜んでいらっしゃったんだよ。何度も、その美しい音色を耳にしたことがある。もともと武よりも芸に秀でた、優しく穏やかな方だったからね」
「うんうん。城内でもよく吹いていらっしゃったよな。誰に聞かせているのかわからなかったけど、お一人でおられるのを何回か見かけたことがあるよ」
「そうなんですね」
フィルロードが頷くと、今度は違う方から荒々しい物音と声が響いてくる。
見れば、端の方に置いてあるテーブルに拳を打ちつけている者、壁をドンと叩いている者。悔しさを滲ませたいくつもの横顔を順番に眺めながら、フィルロードはスッと目を細めた。
「今じゃ、ローディス様の弟のヴィルフレイドが……!」
「あいつのせいで、ローディス様は!!」
「ローディス様が亡くなられて、この国はもうおしまいだ……くそっ」
「おい、おまえたち。ペラペラとしゃべりすぎだぞ」
最初に剣を突きつけてきた壮年の男が、周りをたしなめながら、フィルロードの方に歩み寄ってくる。
すまないな、と男は切り出した。
「ここにいる者全員が、消化しきれない不満をずっと溜めこんでいるんだ。前王を守れなかったことに対する後悔や懺悔、今の状況を打破できないもどかしさ、そしてこれからの未来に対する絶望、いろいろとな」
「いえ……、心中お察しします。あなた方は、もしかしてローディス王の……」
フィルロードの指摘に、男の表情が見る間に強張っていく。
「――だとしたら?」
低い声で返され、フィルロードは真摯な眼差しでゆっくりと頷いた。
「あなた方の、お力を借りたいのです」
「力? どういう意味だ?」
訝しむ男に、フィルロードは折り目正しく腰を折ると、「申し遅れました」と告げる。
「わたしは、フィルロード。本来は――、ミルスガルズに仕える騎士の一人です」
***
「入るわよ」
「! あなたは……」
部屋に入ってきた予想外の人物に、リリーシャは驚きを浮かべた。
群青色の髪を結いあげ、肩や腕、胸元、両足と至るところから惜しげもなく肌を露出した、妖艶な雰囲気の美しい女性。リリーシャよりも十は歳が離れていそうな彼女が、赤い唇を小さく綻ばせる。
「こうやって、面と向かって話すのは初めてね。私は、フィオナ。もう知っているはずでしょ? 何度も、私たちが楽しく睦み合っている場面に出くわしているんだから」
「……っ」
小さく息を飲むリリーシャの脳裏に、その場面が蘇ってくる。
首を横にふってうつむいたリリーシャに、「それ」というフィオナの声にリリーシャは顔を向けた。
「あんたに貸しっぱなしのそれ、返してもらいに来たの」
フィオナの指さしている「それ」がテーブルに畳んで置きっぱなしにしていたストールのことだと気づき、リリーシャは慌てて手を伸ばした。
「あ……! す、すみません、勝手に持ち出してしまって」
「別にいいわよ。そんなに必要でもないし」
リリーシャが差し出してきたストールを受け取り、フィオナはそれを肩に回すと、テーブルの上に腰を落ちつけた。
「で」とフィオナは両足を組むと、リリーシャを見おろす目を細めた。
「あんた、ミルスガルズの王女様なのよね? なんで、こんなところに来たの? あの国が、そう簡単に許すはずがないと思うんだけど」
「それは……、私の独断なんです」
「独断?」
フィオナが眉をひそめて問えば、リリーシャは少しだけためらってから首を縦に動かした。
「……はい。私はただ……、守りたかっただけです」
「守りたかった? ミルスガルズを?」
「……」
「ふーん……、そう。さすがは一国の王女様、ご立派な心がけね」
無言のリリーシャに、フィオナはどこかあきれたように短く嘆息した。
その動きに合わせるように群青の髪が跳ね、そこに添えられた銀色のものが目に留まり、リリーシャはおずおずとフィオナに話しかける。
「……フィオナ様は、素敵な髪飾りをされているのですね」
「これ? これは――、そう。陛下に頂いたものなの」
「ヴィルフレイド王に? そうなのですね」
意外そうなリリーシャに、フィオナは微笑する。
あ……、とリリーシャは淡黄色の瞳をわずかに見開いた。
すぐにフィオナはリリーシャから顔を背けると、テーブルを下りる。
「さて、と。そろそろ私、王様のところに行かなくちゃいけないから」
「あ、はい……」
「あんたの出番はそうそう回ってこないとは思うけど、ふふっ! じゃあね」
フィオナの背中が徐々に離れていき、パタンと扉の閉まる音と共に消えていく。
リリーシャは困惑を浮かべながら、目線を下げて胸元で手を握った。
「今のは……」
この部屋を出て行く直前には元に戻っていたけれど、一瞬見えたあの寂しげな表情。同じ色のせいか、かぶってしまう。彼の、あの燃えるような両目と。
「気のせいだと思うけれど」
リリーシャの淡黄色の瞳が、再び扉の方に向けられる。そのまましばらく、彼女は無言でその先を見つめ続けていた。
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