身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第四章 隣国ウィンスベル

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「……!」
「元々、ここに集まっているのは、それを願っている連中ばかりだ。今までは、ただのうのうと生き恥をさらしてきただけだったが、貴殿の真っすぐな意志にようやく重い腰を上げられそうだ。感謝する」

 規律正しく頭を下げられ、フィルロードは紅の瞳を揺らす。
 あきらかに動揺を浮かべるフィルロードの肩に、ヒューゼルは手を置いた。

「貴殿は、貴殿の目的を果たせばいい。首尾よく入れたら、おそらく城の中はヴィルフレイドの酒池肉林で無法状態。外ほどの戦力はなく、守備も比較的手薄だと思われるからな」
「で、ですが、どんな王でも突然いなくなれば、ここに住む人たちは……」
「確かに、混乱は起きるだろうな。だが、ローディス様が殺められたときも立ち直ってきた民たちだ。どうとでもなるさ」

 戸惑うフィルロードに、ヒューゼルは微笑する。

「それに、ヴィルフレイドがいなくなれば、次の王となれるウィンスベル王家の血筋は、完全に途絶えることになる。そうなれば、この国をミルスガルズに託すことだって出来るかもしれない」

 え、とフィルロードはヒューゼルを手で制して、率直な疑問を投げかけた。

「ローディス王やヴィルフレイド王に、跡継ぎはいないのですか?」

 一国の王にとって、それが一番の責務なのでは?
 フィルロードの視線からその質問もくみ取れたヒューゼルが、苦笑した。

「ローディス様は――。おれが知る限り、妃を一人も娶られることはなかったからな」
「そうなのですか。王族の方なのに、珍しいですね」

 意外そうな表情のフィルロードに、ヒューゼルは「そうだな」と返しながら、あご先に指を絡めた。

「少し……、風変りな方だったから。周りは早く王妃様を! そしてお世継ぎを! とせっついて回っていたが。結局、妃や妾を迎え入れる前にあんなことになってしまった」

 一度大きく息を吐くと、ヒューゼルはさらに続ける。

「ヴィルフレイドに至っては……、あまりいい噂は聞かないな。産まれた自身の子供を、片っ端からその手にかけていると」
「な……っ」
「ウィンスベルは、どちらにしろもう終わりなんだよ」

 下に視線を落としていたヒューゼルが、何かを思い出したように「ああ、そういえば」と話を転換した。

「城には、隠し通路があると耳にしたことがある」
「隠し通路?」
「もしもの時のため、王族の方々が身を隠されるためのものだと。そこからなら、あるいは――」

 城に指先を置きながら、押し黙ってしまうヒューゼル。

 フィルロードは内心で渦巻いていた感情を押しこめると、地図にそれらしい表記がないことを確認してから、口を開いた。

「その場所に、心当たりは?」
「いや……、我々騎士たちにも知らされていない」
「なら、とりあえずそれを探すのが先決かもしれませんね」

 フィルロードの赤い瞳が地図に近づけられ、端から端までをくまなく見て回る。
 その様子を眺めていたヒューゼルが、おもむろに「貴殿の探し人は」と話し出し、フィルロードは顔を上げた。

「……本当に大切な方なのだな。下手をすれば、命を落とす事態にもなりかねないというのに」
「わたしの命で何とかなるのなら、容易いものです。大切にしすぎて……、どうしたらいいか悩んで迷ってうじうじしている間に見失ってしまいましたから」

 自嘲めいたものを口元に浮かべながら、フィルロードが淡々と語った。

 彼女のことを考えれば考えるほど、叫び出したくてたまらなくなる――その衝動を、目を閉じることで抑えこむ。

「そうか……。早く、見つかるといいな」
「……はい」

 ヒューゼルの言葉に目を開けて頷くと、フィルロードは視線を下げる。

 今度は、絶対に見失わないように――
 グッ、とフィルロードの拳が強く強く握りしめられた。


 ***


「ん……」

 ぼんやりとした焦点のまま、リリーシャはベッドの上で上半身を起こした。青みがかった紫の髪が、彼女の動きにあわせて背中を覆っていく。

 今日は、何日目だろうか。鉄格子の窓の方へ顔を向けながら、リリーシャはぼうっとした頭でそう思う。
 何日目だろうと終わりがないのだから、そんなに関係はないのだろうけれど。

 そういえば――と目を瞬かせながら、彼女はゆっくりと扉の方を見た。

 ここに連れてこられた初日から何日かは、何度も蹂躙されたというのに。
 あの男の姿を目にする回数が、徐々に減ってきているような気がする。

 部屋を訪れるのは、巡回の兵士と食事を運んでくる召使、そして――呼び出しにくる侍女。最初のうちこそ、あの男が自ら出向いてきたこともあったけれど。

 安堵する部分はあっても、あの男のこと、返って不気味でたまらない。
 飽きてくれたのなら、それで良いのだけれど……

「今日も……」

 また、悪夢のような一日が始まるに違いない。
 リリーシャは唇を引き結ぶと、シーツをギュと掴んだ。
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