身代わりから始まる恋の行方は夜想曲と共に

りんか

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第五章 突入、そして

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「それで、あなたにお願いというのはね――」
「え……!?」

 彼女が告げてきた願いに、明らかにフィルロードに動揺が走った。

「その代わりに、王女様のいる場所を教えてあげるわ。彼女なら――」

 フィルロードの剣と彼女の蹴り技が交差するごとに、彼女は細かに道順をつぶやいていく。それを頭に叩きこみながら、フィルロードは彼女の意図がわからずに眉を寄せる。

 本当に、この情報は信じてもいいのだろうか。
 彼女がヴィルフレイド王の妾か何かだとしたら、罠だという可能性も十分にある。

 けれど――
 どこか懐かしく感じる赤い瞳を細めて迫ってくる彼女を、縦に構えた剣でフィルロードは受け止めた。

「どう? 覚えられたかしら?」
「……はい。でも、どうして」
「そう。なら、おしゃべりはおしまい。約束は、ちゃんと守ってね? 騎士様。さあ、ここのことはもういいから、早く行きなさい――!」

 ドガッ! 激しい衝撃が伝わってきて、フィルロードは吹き飛ばされる。その手から、剣が滑り落ちて彼女の方へと転がっていった。

 元々の重心を後方に置いていたため、フィルロードはすぐさま体勢を整えて着地する。その目が、近くに伸びている廊下を見やった。どうやら、彼女が狙って飛ばしてくれたようだった。

「……どういうつもりだ、フィオナ」

 低い声にそちらを一瞥すれば、転がったフィルロードの剣を拾い、それを手に歩いて行く彼女が見えた。その先には、下卑た笑いを浮かべているが丸腰状態の国王ヴィルフレイド。

「ほお。俺に、刃を向けるか? 面白い。あんなに愛してやったというのに、ククッ裏切りものめが。まあ、あれほど積極的に乱れ狂ったおまえの痴態を、あの男も目にしたことはなかっただろうな。せいぜい、あの世で悔しがれば良いわ」
「別に、私の身体なんてどうでもいいわ。誰かさんを少しでも長く引きつけることが出来たら、それでよかったもの」

 彼女の抑揚のない淡々とした声が、一瞬途切れる。

「……この時を、ずっと待ち望んでいたわ」
「クハハハッ! おまえに、まだそんな感情があったとはな! 何度もへし折って、我が肉の奴隷にしてやったというのに」
「……そうね。自分でも驚いているわ」
「この俺を殺せば、この国も共に滅びることになる。あの男が愛した、この国もろともな。おまえはいいのか、それで?」
「いいも何も、私は見守るだけだもの。この国も、変わるときなのかもしれないでしょう? 王族に縛られない、自由な国に」

 「でもね」と、彼女は続ける。

「……心配しなくても、あの人の血は途絶えてなんかいないわ」
「なんだと……!? まさか、貴様……!」

 何がどうなっているのか理解が追いつかないものの、優先すべきことは他にある。
 結末を見届けないまま、フィルロードはその場を急いで立ち去った。

 彼女に教えてもらった通りの道を進み、何度も曲がると長い廊下が見えてくる。

 部屋がいくつも連なっているその場所で、手前から順番に用心深く扉を開けていく。どの扉にも施錠はなく、そこにいたのは、奥の寝台に寝たきりだったり、驚いてその場に尻もちをついたり、震えていたり。状況は様々だったが、どの部屋にいたのも女性ばかりだった。

「……っ」

 彼女たちの状態は、一目見ただけでもひどいものだと思った。
 駆り立てられた焦燥が、徐々に余裕を奪い取っていく。

 最後の部屋は、扉が薄く開いていた。その隙間にフィルロードの指先が入りこみ、彼は勢いよくその場所を開いた。


 ***


 ガタ、と物音がしてリリーシャはふり向いた。

 そこには特に人影もなく、近くの窓が風に揺れて軋んだ音だった。
 リリーシャは何事もなかったように、再び移動を再開していく。

 つい先ほどまで部屋で様子をうかがっていた彼女だったが、急に静まり返ったことをきっかけに部屋を抜け出していた。

 遠くで聞こえたあの轟音は、なんだったのだろう? 今、ここで何が起きているの?
 部屋を出てきたけれど、私はどうしてこんなところに――?

 ここから、逃げだしたい? でも、逃げるわけにはいかない。
 楽になりたい? でも、どうやったら――?

 答えが見つからないまま、ぼんやりとした淡黄色の目に上へと続いている階段が映る。
 リリーシャは、ゆっくりとそちらに歩み寄って行った。


 ***


「誰も、いない……」

 ベッドが一つ、テーブルに椅子、ベッドの反対側の壁には暖炉、そして鉄格子の窓。まるで囚人を閉じこめておくための牢獄のようなその場所に、フィルロードは表情を硬くした。

 無人ではあるが、今の今まで誰かがいたような形跡を見つけた彼は、すぐさま踵を返す。
 道の途中で目にしていた登り階段を駆けあがり、叫び声のする方へ走っていく。

 曲がり角の先――、そこで広がっていた光景にフィルロードは小さく息を飲むと、はじかれたようにその場を強く蹴った。


 ***


「おい、女。そこで何をしている!」
「……」

 階段を上って道なりに進み、最初の角を曲がったリリーシャに怒号が飛ばされてくる。それをどこか遠くに感じながら、リリーシャは立ち止まった。

 発見した兵士が、下から上へと彼女を眺めていく。手にしていた槍が、彼女へと突きつけられた。

「まさかおまえ、逃げ出してきたのか! 早く、部屋に戻れ! さもなければ――!」
「っ」

 槍先が腕をかすめ、衣服と一緒にリリーシャの肌が浅く切り裂かれて赤い線が刻まれる。鋭い痛みに、彼女の瞳に生気のようなものが宿った。

「あ……」

 ようやく我に返ったときには、眼前に突きつけられている槍。それに慄いて身を強張らせたリリーシャに、再度槍が振り上げられる。
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