初恋は沼、あるいは闇

しゃーりん

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ケイトリン母上の埋葬を済ませ、王都に戻った。

ジャレッドはクレセント公爵家で公爵と二人家族となってしまった。

マリアローズ、ケイトリンの二人がいなくなった屋敷は、華やかさを失ったように感じた。


そんな中、婚約者のリリーベルが屋敷を訪れる日だけは、使用人たちも楽しみにしているように見えた。 
 
ジャレッドはマリアローズと関係を持った後ろめたさを感じていたが、リリーベルとの結婚まで童貞でいるつもりもなかったのだからと思うことにした。


「リリーベル、勉強は進んでいるか?」

「……はい。問題ございません。」


一瞬の間。
まただ。
リリーベルは、言いたいことがあっても最初は飲み込むように思う。

 
「本当か?」

「……ジャレッド様、以前の家庭教師に戻すことをお許しいただけませんか?」

「何故だ?」


今の家庭教師は、マリアローズに知識と淑女教育を施した者だ。
マリアローズは自分のようになってほしいとリリーベルに紹介した。


「姉上と比較されるのが嫌なのか?だがそれは、リリーベルが姉上のような淑女になればいいだけのことだろう?」 

「それはわかっています。ですが、王太子妃殿下は本当にあのような教育を受けておられたのでしょうか?」

「どういうことだ?」

「あの教師は、……鞭を使います。」

「鞭!?君に?」
 

リリーベルが頷いた。

侯爵令嬢であるリリーベルに鞭だと?
体に傷跡が残ったらどう責任を取れるというのか。

ジャレッドは怒りを感じた。
 

「どういう場合に使う?」

「王太子妃殿下と比較される際に。」


『王太子妃殿下は10歳の頃にはこの問いに答えられていた』
『王太子妃殿下は10歳で何事にも動じない微笑みを習得された』
『王太子妃殿下は10歳で古代語を習得された』

など、12歳のリリーベルが後れを取っていると指摘して体罰を与えるのだという。


「ちょっと待て。古代語がなぜ必要なんだ?」

「あの教師の誇れるものだからではないでしょうか。」


古代語に興味を抱く者はいるが、全て現代語訳されているため習得する必要はない。
新たな遺跡や書物の発見のために学者は必要だが、一定数がいればいいのだ。

その家庭教師は不要であるのに自分の趣味を教育と称し、できないリリーベルを甚振っているのか?
しかもそれを、マリアローズにもしていた?


「王太子妃殿下が淑女と称えられていることは御本人の努力の賜物で、あの教師の功績とは思えません。」


それはどうだろうか。
マリアローズはその教師への反骨精神から、完璧な淑女になったのかもしれない。

母親が病弱で接する時間が短く、幼い頃は家庭教師のいうことに従うことが正しいと信じていた。
そして、文句のつけようがない淑女になり、家族には我が儘を言ってバランスを取っていたのではないか。
 
ということは、今のリリーベルに同じ教育をしても意味はない。


「わかった。体罰を理由に解雇しよう。こちらから通達しておく。」

「ありがとうございます。よろしくお願いいたします。」
 

リリーベルはホッとしたのか、今までに見たことのない笑顔を見せた。

マリアローズが太陽ならば、リリーベルは月なのだろう。

同じ輝きになる必要はない。
同じ人間ではないのだから。
 
そう気づいた。
 

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