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第五章

思い出の中へ

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 日記帳を手にして、折り畳みテーブルの前に腰を降ろす。そこに水野さんもやって来て、僕の横に座ると一緒に日記帳を開いた。

 薄いピンク色の布製のカバーは、年季がたってベージュ色にも見える。カギの掛かった帯は擦り切れたおかげで中を開くことが出来た。

 表紙をめくって一番に目が止まったのは、母が描いたイラスト。
そこには三人の親子が描かれていた。父と母と少年。そう、多分僕ら家族のイラストだ。
紙の古さにしてはインクがしっかりとしていて、かなり後から描いたのかもしれない。

 めくっていくと、それは母が東京にやって来て、専門学校に通い始めた頃から記されていた。


『服飾の専門学校に入って、これから気持ちを切り替えて強く生きていく』

 そう書かれた言葉に、北海道での出来事が辛いものだった事を知る。あの原稿用紙を目にしたから、それが僕にも分かった。

 専門学校に通いながら、アルバイトもこなしていたようで、几帳面にその日の出来事が細かく書かれている。
日記帳の中の母は、ごく普通の学生生活を送っていたようだ。ペラペラと読み進めていくと、いつしか僕も水野さんも和んだ表情になっていた。

「おかあさん、楽しんでいたみたいで良かったね。しっかり貯金もしていたみたいだし。」

 水野さんの言葉で、おじさんが云った事を思い出す。卒業してから学費を少しづつ返していたと云った事。出来るだけ親に負担を掛けたくなかったんだろうな。母さんはそういう人だった。

「この日記をつけていた頃は、母にとっての青春時代だったんでしょうね。高校生まで結構孤独な状態みたいだったから......。少し救われた気がします。こんな母の状況が分かって。」

 
 それから暫くあとの事。専門学校を卒業して就職した母は、アパレルメーカーに入ったようだ。
でも、デザイナーとしてではなく、事務的な仕事をしていたようで。それを少し悔やんでいた。
自分の事を考えても、卒業して希望する職業に着けるのは稀な事だ。大抵は第三希望ぐらいの所に落ち着く方が多い。僕自身もそんな感じだった。

『優しい人がいる』という文章で、初めて母の恋を知った僕。
そして、その相手こそが僕の父親だった。父は同じ会社ではなく、運送の仕事についていた人。出会いは、地方への物販品を母が間違えてしまった事から始まる。

 トラックに積んだ荷物の中から、それを探し出す手伝いをしてくれた父に、母の胸はときめいたそうで。言葉に表して書かれた文面を読むのはちょっと恥かしい。そして、水野さんもそれを読んでいる。

 父と母はやがて一緒に暮らす様になって、自然に僕を授かる事になる。
ただ、父には身寄りがなかったそうで、結婚式もあげてはいなかった。母はどんな気持ちだったのだろうか。自分の親にも紹介出来なかったと、おじさんも云っていた。

 妊娠中の母は仕事を続けていたが、父は遠距離の運送がメインになってきて、あまり家には帰って来なかったみたい。ただ、仕事仲間には助けられたと書かれている。

「母は強し、だねぇ。奥村くんのお母さんもしっかり働きながら家庭も守っていたんだね。尊敬するよ。」

 水野さんが文章を目で追いながらそう云うと、僕も同じように母を尊敬出来た。
ただ、出産の時に父は間に合わなかったそうだ。せめて実家に連絡をして祖母に来てもらえばよかったのに、とこの時の僕は思ったが、母の性格上それすら出来なかったのかも。


 そして、いよいよ僕の出産後の話になってくると、一気に話の内容は暗く重いものと変わってきた。



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