純情なる恋愛を興ずるには

有乃仙

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未発達なボクらの恋

四 変わりゆく中 ~動く時

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 土曜日である今日は、一週間おきに授業がある決まりのもと、登校する日である。
 放課後であり昼食時間。食堂にいた興は問題に直面することになった。
「今日、俺らサボっから」
 興のいるテーブルに来た島山がそう言ってきたのだ。いや、それだけでは直面したことにはならない。直面することになることを聞いてしまったという方がいいだろう。
「は?」
 当然、その時点で先を予測できている興にとってはよろしくないことだ。
「んじゃ」
「あ……」
 だが、興の反応を気にも止めず、理由すら言わずに島山は背を向けた。興も呼び止めようとするが、振り向くこともなく去って行ってしまう島山に一文字だけ出ただけだった。
「…………」
 これは困りものである。今休まれるのは間が悪い。純ほどではないが、昨日の純の仕草で自分も意識が強くなってしまっているのだ。これがなければ内心など気取けどられない自信があるのだが、今は心配がある。
「珍しいな」
 内心困ずる興に対し、前にいた和也が感想を語った。
「いつもは言わないくせに、どうしたんだ?」
 そう言われ、興もそのことに気付いた。彼らは今まで、来るのもサボるのも何も言わずに勝手にやってきていた。結局は不真面目な彼らのことだからいつかはまたサボり始めるだろうと思っていたので、サボりが出てくることにはなんとも思わないのだが、わざわざ言ってくることは怪訝にもさせられることだ。
「最近、授業にも出てるらしいな」
「そうなのか?」
 それは初めて聞いた。
 自分たちのクラスは幸いなことに、不良が一人もいない。そのお陰で平和な教室生活を送れているが、他クラスの友人や部活仲間に聞かないと、不良たちがどうしているか分からないという欠点がある。
「ああ。昨日、部活仲間が言ってた」
「それは知らなかった。でも、どうしたんだ?」
 ここ二週間はサボらずにずっと部活に出てきているが、それには訳があってのことだ。授業の出席とはまた関係がなく、そっちまで影響するようなことでもないはずだ。
 まさか、心変わりしたとでも言うのだろうか。
「さあ? 島山たちに聞くような度胸のある奴はいないし。不良仲間がからかってたのにも、あしらうだけだったって言ってたしな」
 詳しくは誰も知らないということか。阿部あたりは教師の中でも一番接点があるので知っている可能性はあるが、たぶん言わないだろう。
「…………」
 なんだか、純を巻き込んで横田たちに絡まれた日から変わり始めている気がする。あの時も、島山たちが関わってくれたから、なんとか免れることができたのだ。
 良い方向に変わってくれるなら当然ながら喜ばしい限りなのだが。
 この時は、ただそんなことを興は思った。


                 □□□


 純は温室に向かっていた。
 私服に着替えるため部屋に戻ったので、歩いているのは寮からの通りだ。
 と、前方に、歩いている人影が見えた。校舎側と温室側に行く分かれ道の近くにいる。ここからではちょっと遠目だが、間違いなく興だ。彼は寮に戻らなかったらしい。格好も制服姿のままである。純は駆け出した。
「興」
 ある程度まで近づくと、純は声を飛ばした。
 ちょうど分かれ道を通りかかっていた興が振り返る。
「ああ、純」
 立ち止まって待ってくれる興へ、純は駆け寄った。
「興は戻らなかったのか?」
「阿部と話してて時間がなくなった。でも、着替えは入ってるし、大丈夫だ」
 興は持っていた鞄を示した。
 これまでと変わらない興の喋り方なのだが、その中に気付くことがあった。
「そういえば、興も阿部先生のこと呼び捨てにしてるよな」
 島山たち不良が呼び捨てにしているのはらしく思えるので何も思わないが、真面目な側にいる興までもが呼び捨てにしていることに、今頃になって気付いた。
「阿部って気軽に呼んでいいって言ってたんだよ。初めは、ちゃんと先生を付けてたんだけど、いつの間にか島山たちの呼び捨てが移っててな。戻したんだけど、改まってどうしたんだとか返ってくるから、本当に呼び捨てにしてもいいのかって思って、それからはそのまま直さずに呼ぶようになってた」
「へえ、そうなんだ」
 ずいぶんと気さくなのか寛容な心なのか。こんな教師は珍しいだろう。
「それで、今日なんだけど、島山たちがサボるってから」
 感心していると、興が本日の部活のことに戻した。
「本当か? それはよかった」
 聞くなり、純の意識は喜色を持ってあっさりと入れ替わった。いいことを聞いたという思いが沸き上がる。
「もしかして、昨日のことか?」
 それは、内心では隠さぬ恋心からの喜びだったのだが、それを知らない興は別の理由で喜んだものだと思ったらしかった。
 昨日の事といえば、島山に水をかけられたことだ。
「まあ、それもあるけど」
 でも、それも間違いではない。誰だって嫌がらせを好んで受ける者はいない。慣れてきているとはいえ、突っかかってくる存在がいないのは喜ばしいことだ。
「他にもあるのか?」
 純の肯定を聞き、興はそう聞いてきた。
「いや、別にないけど」
 なぜそんな質問が出るのか疑問に思いながら純は答えた。一つだけじゃない言い方に聞こえたのだろうか。
「そうか」
 それほど深いわけでも詮索しようとしてのことではないらしく、興は疑いなく信じてくれた。
「あとそれから、阿部がまだ確認してないらしくて、確認してから来るってから」
 確認とは、園芸部が担当している所を見て回るということだ。部長である興もさりげなく見てはいるらしいのだが、だいたいは事前に確認をした顧問の指示を受けて作業をしているのだ。
「分かった」
 了承するものの、純は顧問のことはどうでもよかった。興と二人きりになれるからだ。正確には違うのだが、島山たちがいない分、嬉しさは大きい。
 内心では、素直な感情に胸を弾ませていた。


 そんな胸の弾ませは今や、妙な気まずさを感じることになっていた。
 いや、嬉しさがある純に気まずさなどあるはずがない。おそらく興にもない。しかし、興には硬さがあった。
 温室前の地面。そこに二人は座っていた。
 興は私服になっており、意外の天気の良さと暑さに純は着ていた上着を脱いでいる。
 温室と畑に水やりをしているまではなんともなかった。指示がなくてもやる作業を終え、ハウスの中で待つのは暑いと外に出てきてから、興の雰囲気がなんだか硬くなっていったようだった。座っている間隔も、いつもより置かれている。目立つほどではないが気になってしまう間隔だ。
 だからといって、純が何かしたわけではない。思いを隠しているだけでそれまで通りの態度をしていた。それとも、知らずのうちに何かしてしまったのだろうか。
「…………」
 せっかくの二人きりだというのに、沈黙が長い。
 しかし、興が緊張ぎみで会話がなくなってしまっている。実は興も意識してくれているのだろうか、なんて思いも過ぎったりしたが、全くない会話は居づらさの方を増させてしまっている。
 こうして座り始めて二十分は過ぎている。着いた時から計算すれば、三十分は経っているのではないか。顧問が来る気配もない。確認して回るのは時間がかかるのだろうか。まあ、かかるだろう。広い敷地だし。
 こんな状況になっていなければ、遅くることは嬉しく思うことなのだが。肝心の楽しめる状況になっていなければ意味がない。
 なにか話題を振ろうにも、何も浮かんでこない。
 興もこちらを見ない。斜め下を見ている横顔は緊張しているようではなく、考え事をしているようでもない。何を思っているのかさっぱり分からない。
(せっかく興と二人きりだってのに……)
「そういえば、足はどうなったんだ?」
「……ん?」
 内心、嘆息し、気を落とす言葉を呟いた時、興の声が被って聞こえた気がした。
「今なんか言ったか?」
「言った」
 隣を向くと、こちらを見ていた興は一言で返してきた。
「ごめん! なんて言ったんだ?」
 純は慌ててしまった。せっかく興が話しかけてきたというのに。大事なことを聞き逃した気分にもさせる。
「足はどうなったんだ?」
 気分を害した風もなく、興は聞き直した。
「足? ……ああ」
 本気で疑問に思ったが、僅か三秒にも満たないことだ。すぐに示すことが分かった。
「ああって、あれだけ気にしてたくせに」
 しかし、理解できなかったことが、興に何も抱かせないはずがない。
「あ……いや……だって……」
 あの時はまだ尾を引いていた時だったのだ。一番の懸念でもあり、純の生活が後遺症中心で動いていた。気にしていて当たり前だ。
「でも、忘れるくらいにはよくなったってことだよな」
 訳を語ろうとした純だったが、すっかり忘れていたということを、興はそう解釈した。
「あの時も転ばなかったし」
「あの時?」
 あの時とは何時だろうか。思い返して記憶を探ってみるが、よく分からない。
「逃げてた時」
「――あ。そういえば」
 興を意識しすぎて鬼ごっこをしてしまったことだ。大袈裟すぎるあの出来事は、記憶から消し去りたい一つだ。
「あんなに走ってたのに、全然、転んでない」
 それどころか、脱衣所では機敏な動きまでしていた。だというのに、危ういげになることもなく動けていた。
 が、それを聞いた瞬間、それとは別に、純は謎解きができた時と同じ感覚になった。興にいつ惹かれていたのか。それが分かったからだ。
「本当に忘れてたんだな」
 一方、興はなんとも言えなさそうにしていた。呆れているようにも見えるし驚いているようにも見える。もう言葉がないが、なんとか言葉だけは見つけて言ったという感じにも見える。
「あはははは……」
 純はバツ悪げに小さく笑った。
 自分のことだ。それも、辛くさせていたこと。それを目の前のことに気を取られてしまっていたとはいえ、すっぽり忘れ去っていたのだ。笑って誤魔化したくもなる。
 だが、興が抱いているであろう感情が大きくなることはなかった。
「もう、治ったって言ってもいいんじゃないか?」
 純の問題ない動きを解釈していた。
「それならいいんだけど」
 というか、そうであってほしい。思い返してもここ最近は後遺症が出ていない。またあの日常に戻るのは勘弁してもらいたい。
 そう思う一方、謎解きができた純は、この良い現状が興のおかげであると見てもいた。
「ここまで良くなったのは、興のおかげだな」
 純は言葉にした。
 指圧を教えてくれたのは西町だが、興が保健室に連れて行ってくれなかったら、その話を聞くこともなかったのだ。まあ、不確かな情報なうえ、実は、興への意識のことでしばらく前からやるのを忘れていたため、効果のほどというのは分からないのだが。
 ともあれ、純が興を好きになるきっかけは、その日まで遡ることだ。
 純の辛さを分かってくれ、純を優先までさせてくれた。
 その出来事がきっかけとなって恋にまで変わったのだ。それも、無意識のうちに。
 興を見る純の顔にも自然と笑みが浮かぶ。
「なんで俺な……、――――」
 言いながら見た興の言葉が止まった。純の笑みを見てだ。
 だが、自覚もないままに浮かんでいるものを、笑みに気付いていない純が、心の底から嬉しそうな、温かい笑みになっていることを分かるはずがない。
「どうしたんだ?」
 怪訝そうに純はした。
「ああ、いや。なんでもない」
 興はそう返すものの、しっかり答えてもくれた。
「また、いい笑顔だな。そんなに嬉しいか?」
「そんなの、当たり前だろ」
 どんな笑顔をしていたかは知らないが、純は肯定した。
「これで俺、辛い思いしたんだから」
 その原因が無くなるとなれば、嬉しい以外のなにものでもない。
「……そういえばそうだな。ごめん」
「ああ、そんなの気にしなくていいから」
 その時の気持ちまで思い出させてしまったとでも思ったのだろうか。声音を沈ませた興に、純は軽い口調で言って返した。
「でも……」
「前のことだし、今は問題なく歩けるようになったしさ。先週は転びもせずに走れたんだ。治ってるっていえる状態なのに、前のことなんか、いつまでも引きずってなんていられないよ」
 まだ苦しんでいる最中だったならマイナス思考にまでなっていただろうが、治ったといえる状況にまでなっている今、その時の気持ちを持ち続ける気はない。暗い気持ちは暗い時だけ。言うことになるなら、どうせなら、〝あの頃は〟と、今のような軽い気持ちで言いたい。
「俺、転校決めて、本当よかったって思ってるよ」
 転校していなければ、後ろ向きな気持ちをずっと抱えることになっていただろうし、友人とも上手くいかなくなったままになっていただろう。そこから居なくなることも、逃げだと言われたとしても、脱出するための手段の一つでもあったのだ。現に、こうして心身共に回復している。この学校を選んだのも、純にとって必要なのがあったからだと思えてしまう。
「興とも会えたし」
 それは、好きになったための発言だったが、興がいたからこそ、足の状態もここまでなったのだ。ズレていない発言でもある。
「俺かよ」
 突っ込むように言うが、興は呆れてはいなかった。むしろ、面映ゆげな表情になっていた。
「だって、教えてくれたのは西町先生だけど、教えてくれるまでになったのは興のおかげだし」
 純は言った。
「……そうか……」
 そう言われ、興は照れたようだった。
 そんな興に、純はくすりと笑んだ。
「悪いね。お待たせ」
 その時だった。第三の声がした。
 声が聞こえた方へ瞳を動かしてみれば、顧問が近くまで歩んできていた。なんともタイミングが悪くていい登場だ。
「大丈夫です」
「そうかい?」
 純と興は立ち上がった。気持ちを入れ替える。
「今日は、噴水の所に咲いてる花の手入れをしようと思うんだ」
「え?」
 さっそく作業内容を言う顧問に、悪いことを聞かされたような気にもなった。不良――特に横田たちが集まる場所でもある噴水は、興にはもっとも気の進まない場所だ。噴水=横田の意識がある純も意欲が下がってしまう。何より興が心配だ。
「ああ。今し方見てきたけど、誰もいなかったよ」
 二人の短い反応だけで、顧問は意味が分かったらしかった。
「それに、あそこの作業になる時は、私が必ず入ることにしたから」
「それなら大丈夫か」
 二人はほっとした。ストッパーとしての効果がある教師がいれば、横田たちは手出ししてこない。これなら興も安心だ。
「それじゃあ、準備を始めようか」
「「はい」」
 返事をすると、三人は開けっ放しにしていた温室の中へと入っていった。
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