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見習いの矜持
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「壱弥さん、めちゃくちゃ走れるし、ディフェンスを置き去りにしてトライする姿に痺れたんす。俺もあんな風に走ってみたいって思って。だから今日、壱弥さんに会えてバリ嬉しかったっす」
その試合で壱弥は三つのトライを決め、ハットトリックを達成している。
試合自体は接戦だった。しかし一点リードされている終盤、壱弥がインターセプトから三つめのトライを決めて、劇的な逆転勝利を飾ったのだ。
吉永は、その試合が八女東のベストゲームだとずっと言っている。壱弥自身も、ラグビー人生でもっとも印象に残っているのが、この県大会の決勝だった。
「壱弥さんは、なんでラグビーを続けなかったんすか?」
そう訊いたあと、軽い調子で言ってしまったことに気がついたからか、藤澤は慌てて続けた。
「あ、答えたくなかったらいいです。すんません」
もしかすると、藤澤が陸上を辞めたのには、なにかネガティブな理由があるのかもしれない。藤澤の様子から、壱弥はなんとなくそう感じた。
「そんなセンシティブな話やないけん、いいよ」
「え、せん……? なんすか?」
「気を遣わんでいいってこと。それに、俺はラグビーを辞めてないよ」
「え、そうなんすか?」
藤澤が目を瞬かせた。
「大学のラグビー部には入っとらんけど、東京のクラブチームで、たまにやっとるっちゃん」
「クラブチームとかあるんすか?」
「うん。近所の商店街にある肉屋のおじさんと仲良くなって、誘われたんよ。元ラガーマンで、毎年花園を観ているから俺のことも知っとったらしくてさ。進路が気になっていたって言ってくれて」
「いっちゃん、有名大学から誘いが来とったもんね」
善吉が、各テーブルのピッチャーを片付けながら言った。いつの間にかほかの客はいなくなっていた。
ラグビーの有力選手は、ほとんどが高校から大学を経て社会人のチームへと進む。特に花園などで活躍した高校生は、関西や関東の有名大学でプレーをすることが多い。
壱弥にもラグビー強豪校からスポーツ推薦の話が来ていたのだが、大学では勉強を最優先にしたかったため、いま通っている国立大学を学校推薦で受験したのだ。
「もったいないって、颯太先輩がずっと言いよったんすよ」
「俺が一番やりたいのは茶農家なわけ。そのための勉強が最優先。それとラグビーも好きやけん、クラブチームで続けとる。なにも諦めとらんし、辞めてもいないよ」
壱弥の言葉に、藤澤はなにか考え込むように俯いた。そして何度か口を開きかけては、言葉を飲み込んでいる。
麦茶をゆっくり飲みながら、壱弥は藤澤の言葉を待った。
「俺は、走るのが好きなんす。でも、もう陸上はやりたくなくて」
しばらくして口を開いた藤澤の声は、少し掠れていた。
「競技会のとき、スタートでコケたんすよ。もともとスタートが苦手やったけん、めっちゃ緊張して足が動かんくて。ひとりだけ無様にスタート付近で転がってんのが、泣きたくなるほど惨めで。それ以来、陸上は、やりたくなくなったんす」
競技会は、他校を含め多くの人が集まるものだ。本人にとっては、思い出したくもないトラウマなのだろう。多感な中学生であれば、なおさらだ。
その試合で壱弥は三つのトライを決め、ハットトリックを達成している。
試合自体は接戦だった。しかし一点リードされている終盤、壱弥がインターセプトから三つめのトライを決めて、劇的な逆転勝利を飾ったのだ。
吉永は、その試合が八女東のベストゲームだとずっと言っている。壱弥自身も、ラグビー人生でもっとも印象に残っているのが、この県大会の決勝だった。
「壱弥さんは、なんでラグビーを続けなかったんすか?」
そう訊いたあと、軽い調子で言ってしまったことに気がついたからか、藤澤は慌てて続けた。
「あ、答えたくなかったらいいです。すんません」
もしかすると、藤澤が陸上を辞めたのには、なにかネガティブな理由があるのかもしれない。藤澤の様子から、壱弥はなんとなくそう感じた。
「そんなセンシティブな話やないけん、いいよ」
「え、せん……? なんすか?」
「気を遣わんでいいってこと。それに、俺はラグビーを辞めてないよ」
「え、そうなんすか?」
藤澤が目を瞬かせた。
「大学のラグビー部には入っとらんけど、東京のクラブチームで、たまにやっとるっちゃん」
「クラブチームとかあるんすか?」
「うん。近所の商店街にある肉屋のおじさんと仲良くなって、誘われたんよ。元ラガーマンで、毎年花園を観ているから俺のことも知っとったらしくてさ。進路が気になっていたって言ってくれて」
「いっちゃん、有名大学から誘いが来とったもんね」
善吉が、各テーブルのピッチャーを片付けながら言った。いつの間にかほかの客はいなくなっていた。
ラグビーの有力選手は、ほとんどが高校から大学を経て社会人のチームへと進む。特に花園などで活躍した高校生は、関西や関東の有名大学でプレーをすることが多い。
壱弥にもラグビー強豪校からスポーツ推薦の話が来ていたのだが、大学では勉強を最優先にしたかったため、いま通っている国立大学を学校推薦で受験したのだ。
「もったいないって、颯太先輩がずっと言いよったんすよ」
「俺が一番やりたいのは茶農家なわけ。そのための勉強が最優先。それとラグビーも好きやけん、クラブチームで続けとる。なにも諦めとらんし、辞めてもいないよ」
壱弥の言葉に、藤澤はなにか考え込むように俯いた。そして何度か口を開きかけては、言葉を飲み込んでいる。
麦茶をゆっくり飲みながら、壱弥は藤澤の言葉を待った。
「俺は、走るのが好きなんす。でも、もう陸上はやりたくなくて」
しばらくして口を開いた藤澤の声は、少し掠れていた。
「競技会のとき、スタートでコケたんすよ。もともとスタートが苦手やったけん、めっちゃ緊張して足が動かんくて。ひとりだけ無様にスタート付近で転がってんのが、泣きたくなるほど惨めで。それ以来、陸上は、やりたくなくなったんす」
競技会は、他校を含め多くの人が集まるものだ。本人にとっては、思い出したくもないトラウマなのだろう。多感な中学生であれば、なおさらだ。
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