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第1章
10. それぞれの過去
しおりを挟む昼休憩。遥の教室に環奈が来てから少しして早琴がやってきた。初めてバスケ部の一年生四人が一堂に会した。つかさの席を囲むようにして椅子に座る。
教室には他の生徒もそれなりにいるので彼女たちの周囲には活気があった。喧騒に包まれているというほどではなく、まだお互いを探り合うようなどこかぎこちなくも初々しい、控えめな騒がしさが教室内にはあった。
話題はやがて早琴の入部動機へ。
彼女は中学まで陸上部に所属し、短距離走の選手をしていたそうだ。陸上を続ける選択もあったが、得意のスプリントを別の競技で試してみたくなったのだという。
早琴は続けて、数ある運動部の中からバスケに決めた理由はつかさと遥の1on1を目撃したからだと話した。
心を突き動かされたのは自分だけではなかった。遥は自分もあの1on1がきっかけでまたバスケを始めようと思えたことを打ち明けた。
「そういえば、そもそも遥さんはどうして高校ではバスケを続ける気がなかったんですか」
環奈も遥のことを下の名前で呼ぶようになったのは、環奈以外が名前で呼び合っていたからだった。
「中学でバスケが嫌いになっちゃったんだ。それまでは高校でも続けるつもりでだったんだけど」
「差し支えなければその話聞かせてもらってもいいですか」
「うん。大丈夫だよ」
今なら包み隠さず話せる。どこから話そうかと考える。
「私たちの代になるまではまだバスケが大好きだったし、高校でも続けるつもりだった。でも自分たちの代になってから徐々にバスケが嫌いになっていったんだ」
環奈たちは黙って耳を傾ける。
「一つ上の先輩たちが引退して新チームになった時ね、私がキャプテンとしてチームをまとめられなかったのも悪いんだけど、はっきり言って部員は私と副キャプテンの実質二人みたいなものだった」
「それってどういう」環奈が問う。
「えっと、部員は私たち以外にも同学年にあと三人と、後輩にも多くはなかったけどいたよ。でも私たち二人以外はまったくやる気がなくて。練習はよく休むし、来たとしてもまともに練習してくれなかった。練習してくれないのは顧問がいないときだけだったけど、その顧問の先生もあまり練習に来てくれなくて。私としては来てくれるだけでも助かったのに」
そこで一旦言葉を切る。
「後輩も真面目に練習しなかったんですか」
「うん。私たちの学年が真面目にやろうとしない人の方が多かったから、その雰囲気に流されてる感じだったかな」
「その人たちにがつんと言ってやらなかったんですか」
「言ったよ。私はあまり強く言えなかったけど副キャプテンが言ってくれたんだ。本当は二人とも言うつもりじゃなかったんだけど」
「どうしてですか」
「うちの中学は絶対にどこかの部に入らないといけない決まりだったから、なんとなくで入部して仕方なく続けてる状態の人が少なくなかったんだよね。バスケ部にはそういう人たちが多くて、やるとしても勝ちとか上達にこだわらず気楽にやりたかったみたい。だからその人たちに私たちのやる気を押しつけるのはよそうって二人で決めたの。チーム内で目標が統一できなければ不平不満が増えるだけだし、私たち個人の上達は自分たち次第でどうとでもなるからって」
「全員が同じ目標を持つのはどこのチームでも難しいことですけど上手くなりたいとか勝ちたいという方向性から違うとなると難しいですね。それにしても潔いですね。私なら中々そうは決められないと思います」
「一人ならそんなふうに決められなかったと思う。やっぱりチームで強くなりたいから」
「でも最終的にはがつんと言うことになったんですよね」
「うん。気楽にやるっていうのは、ふざけて練習をしないってことじゃないよねって。そういうことを言ったんだ。そしたらそれが逆効果で、余計に反発されちゃった」
「うーん」環奈が唸る。「顧問が悪いですね」
遥は苦笑する。
「でも今になって考えると、バスケに対する温度差が大きすぎて反発されていたのかもって思うんだ。気楽にやりたい人たちからしてみたら、私みたいなのはうざかったんじゃないかな」
「遥さん!」
環奈が遥を抱きしめた。そのはずが周りからは抱きついたようにしか見えなかった。
「ここでは中学のようにはさせませんよ。というかなりません」
「そうね」とつかさ。
「うんうん」と早琴が首を縦に振る。
「ありがとうみんな」
しばらくして環奈がつかさに水を向けた。
「どうしてつかささんは」
「ん?」
つかさはいつの間にか鞄から取り出した饅頭を食べようとしていた。
「えっと……お饅頭、好きなんですか」
「好きよ。饅頭もだけど和菓子が好きなの」
「そうなんですか。ちょっと意外です。つかささんはこう、勝手なイメージですけど、甘いもの自体食べないか、食べるとしたら紅茶とケーキみたいな嗜好だと思ってました」
「私もそんなイメージ持ってた」と早琴。「アメリカにも和菓子って売ってるの」
「売ってたけど日本みたいに買える場所は多くないし種類も少ないから嫌だった」
「向こうでの生活はちょっと寂しいね」
遥は独り言のようにこぼした。
「もしかして遥も好きなの」
「うん。好きだよ。うちのお母さんが和菓子好きで。それで私も小さい頃から一緒に食べてるうちに好きになったって感じかな」
「嬉しい。向こうではみんな食べなかったから」
えへへ、と遥は照れ笑いを浮かべた。
「あ、そうだった。それでつかささんはどうして日本の高校を選んだんですか。まさか和菓子が理由だったり。って、そんなわけ」
「そうよ」
「え」
「私が日本の高校を選んだのは和菓子が理由」
「つかささんてば、また冗談ですか」
昨日もこういう冗談に聞こえない冗談を言われてびっくりしたんですよ、と環奈は説明をする。
「ほんとつかささんの冗談は相変わらず冗談に聞こえないです」
「今日は冗談じゃない」
「それじゃあ本当に和菓子が理由で日本の高校へ?」
遥の問いかけにつかさは頷く。
「和菓子は日本へ来た理由の半分くらい」
「え。じゃあ残りの半分は」
環奈が言い終わる前につかさは答えた。
「バスケをするため」
なんで?
つかさ以外の三人は一様に理解が追いつかなかった。バスケをするなら日本よりレベルの高いアメリカに残るのがよさそうなものだが。
「え、え、え」
混乱する頭で環奈が次なる質問を絞り出そうとしたとき、五限目の授業を担当する教師が教室に到着し、その場は強制的に解散となった。
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