霧に消えた約束

N.PROJECT

文字の大きさ
9 / 13

第9章:血の残響

しおりを挟む
東京の夜は、霧崎町の静寂とは対照的に、ネオンの光と雑踏の喧騒に支配されていた。2005年12月の寒い朝、佐藤悠真は東京湾の岸辺に立ち、冷たい風にデニムのジャケットを押さえた。波の音が、遠く霧崎町の海を呼び起こす。手に握る姉・美咲の星のペンダントは、10年間の後悔と執念を宿していた。霧島怜奈の震える声、彼女のスケッチブックに描かれたガラス張りのビルと彩花の叫び声が、悠真の心に火を灯す。

昨夜、大手町の不動産会社での混乱が脳裏に焼きついている。村上晋のナイフ、高橋の冷たい笑い、高木刑事の銃声。晋の言葉が耳に残る。「こいつが彩花を消した! 霧崎の娘も同罪だ!」怜奈の記憶――霧崎邸の地下室、彩花の叫び、霧島隆一の従属、東京のスーツの男・高橋――が、漁協の金の裏に潜む巨大な力を暴いた。だが、高橋の告白。「霧崎町も、このビルも、俺のものだ。」その傲慢さが、悠真の怒りを掻き立てた。

ポケットには、晋の最新の手紙。「高橋を仕留めた。だが、闇はまだ深い。追い続けろ。」赤いインクは血のように滲み、晋の復讐が終わっていないことを示していた。怜奈のスケッチ――高橋の冷たい目、彩花の叫び声、霧崎町の地下室――が、真相への道標だった。悠真はガラケーを手に、怜奈に電話をかけた。呼び出し音の後、彼女の声が響く。「佐藤さん……大丈夫?」声は震え、不安と決意が交錯していた。
「晋の手紙、読んだ。高橋は死んだが、漁協の金の裏にまだ何かある。君の絵、もっと見せてくれ。今夜、会えるか?」
「うん……ホテルの部屋に来て。スケッチ、描いてる。」怜奈の声に、微かな温もりが宿る。

悠真は美咲の日記とペンダントを握り、ホテルへ向かった。東京の夜は冷たく、霧崎町の霧が恋しくすらあった。波の音が、彩花と美咲の叫びを呼び起こす。

~怜奈の新たな絵

ビジネスホテルの狭い部屋は、絵の具の匂いに満ちていた。怜奈がドアを開け、迎え入れた。黒いコートを脱ぎ、長い黒髪が揺れる。灰色の瞳は、疲れと決意に燃える。机にはスケッチブック、新たなキャンバス。「佐藤さん、昨夜、寝れなくて描いた。見て。」

スケッチブックを開くと、ガラス張りのビル、彩花の叫び声、高橋の冷たい目。だが、新たな絵が加わっていた――暗い会議室、複数のスーツの男たち、中心に高橋。背景には、東京の夜景と、霧崎町の海が混ざり合う。「この絵、夢で見たの。高橋さんが、誰かと話してた。『霧崎の金、政界に渡した』って。」怜奈の声が震えた。

「政界? 漁協の金が、そんなとこまで?」悠真は美咲の日記を開いた。「姉貴が書いた。『彩花さんが言ってた。漁協の金、東京の会社を通って、もっとでかい力に流れてる。』君の絵と一致する。」

怜奈の指がスケッチブックを握りしめた。「子どもの頃、父が電話で話してた。『高橋さん、政界の約束、守ってください』って。彩花さんが死んだ夜、父は高橋さんに命令されてた。でも、その上に誰かいた。」

「名前は?」悠真の声が低くなる。
「わからない。でも、父が『先生』って呼んでた。政治家だと思う。」怜奈の瞳が揺れた。「私、父の罪、全部知りたい。美咲さんのため、彩花さんのため。」

悠真は彼女の手を握った。「君は悪くない。姉貴も、彩花も、高橋やその裏の力を暴くために俺がいる。」怜奈の冷たい指が、温かく感じられた。彼女の微笑みが、霧の中の星のようだった。

~美咲の東京

悠真の脳裏に、1995年の美咲が蘇った。大学の民俗学ゼミで、霧崎町の事件を追っていた。「悠真、霧崎町の金、東京に流れてる。彩花さんが見つけた証拠、地下室にあったけど、もっとでかい力がある。」彼女は星のペンダントを握り、笑った。「正義って、怖いけど、放っておけないよ。」

美咲の日記には、東京での調査が記されていた。「彩花さんのメモ、漁協の金が大手町の不動産会社に流れてる。高橋って男、裏で動かしてる。政界に繋がってる。明日、会社に行く。」最後のページ。「高橋に会った。冷たい目、彩花と同じ運命になるって。怖いけど、逃げない。」その後、空白。

悠真はペンダントを握りしめた。「美咲、俺が続ける。約束だ。」

~政界の影

翌朝、悠真と怜奈は大手町のビル周辺を調べた。ビルの裏、喫煙所で、若い社員が煙草を吸っていた。悠真は近づき、偽の名刺を差し出した。「北東日報の佐藤。高橋社長の事件、知ってるか?」

社員は目を逸らし、呟いた。「高橋? 死んだって噂だ。うちの会社、漁協の金で動いてたけど、裏で政治家に流れてたって話。誰も口にしないけど。」  
「政治家? 名前は?」  
「知らねえ。だが、高橋がよく『先生』って電話してた。大物らしいぜ。」社員は煙草を捨て、去った。

怜奈が震えた。「佐藤さん、私の絵の男、高橋の後ろにいた。政治家のスーツ、父が会った男と同じだ。」  
「その『先生』が、漁協の金の黒幕だ。」悠真はガラケーで高木刑事に連絡した。  

「高木、大手町のビル、政界に繋がってる。『先生』って誰だ?」  
高木の声は重い。「佐藤、霧崎、深入りしすぎだ。高橋の上にいるのは、代議士の佐野。霧崎町の金、不動産で洗って、佐野の選挙資金に流れてた。彩花も美咲も、そいつに消された。」  
「証拠は?」  
「俺の手元にはねえ。だが、佐野の事務所、霞が関にある。気をつけろ、晋も動いてる。」電話が切れた。

~晋の影

その夜、霞が関の佐野の事務所近くを歩く。ガラス張りのビル、怜奈のスケッチそのもの。路地裏で、黒いフードの男――晋が現れた。ナイフが光り、目は狂気を帯びる。「佐藤、霧崎。佐野が彩花の仇だ。」  
「晋、待て! 殺しても真相は暴けない!」悠真は怜奈を庇い、叫んだ。  
「暴く? 高橋を仕留めたが、佐野が本当の黒幕だ。霧崎の娘も罪人だ!」  

怜奈が叫んだ。「やめて! 父は佐野に操られてた! 彩花さんの死、私のせいじゃない!」  
晋のナイフが下がった。「なら、佐野を暴け。でなきゃ、お前らも消す。」彼は闇に消えた。

~怜奈の記憶

路地裏で、怜奈が息を切らした。「佐藤さん、私、全部覚えた。彩花さんが死んだ夜、父が電話で話してた。『佐野先生、金は渡した。彩花は黙らせた。』高木さんが、黙って見てた。」  
「佐野が黒幕だ。姉貴も、彩花も、こいつのせいだ。」悠真はペンダントを握りしめた。  

怜奈の瞳が揺れた。「父の罪、私が償う。美咲さんのため、彩花さんのため。」  

~佐野の事務所

翌朝、悠真と怜奈は佐野の事務所へ。受付の女が冷たく答えた。「佐野代議士は多忙だ。よそ者は帰れ。」  
「藤田彩花、佐藤美咲、霧崎町の金。話したい。」悠真は帳簿のコピーを突きつけた。  
女の目が揺れた。奥から、60代の男――佐野が現れた。怜奈の絵の男そのもの。「霧崎の娘、佐藤の弟か。よく生きてたな。」  

「彩花と姉貴を消したのは、お前だろ?」悠真の声が鋭い。  
佐野が笑った。「霧崎町の金、俺の選挙資金だ。高橋、隆一、山崎、みんなくそくらえ。彩花も美咲も、余計なことを嗅ぎやがった。」  

突然、窓が割れ、晋が飛び込んだ。ナイフが光る。「佐野、彩花の仇だ!」  
高木が現れ、拳銃を構えた。「晋、下ろせ! 佐藤、霧崎、逃げろ!」  
銃声が響き、事務所は混乱に包まれた。悠真は怜奈の手を引き、走った。  

~星の絆

東京湾の岸辺で、二人は息を切らした。波の音が、霧崎町を思い起こす。「佐藤さん、私、怖かった。でも、あなたがいるから、戦えた。」怜奈は微笑んだ。  
「君は強い。姉貴も、彩花も、君を信じてる。」悠真はペンダントを手に、彼女に渡した。「これ、持ってて。姉貴の分まで、戦おう。」  

怜奈はペンダントを握り、頷いた。「一緒に、真相を暴く。」波の音が、二人を包む。遠くで、ガソリンの匂いが漂い、影が動いた。 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【12月末日公開終了】これは裏切りですか?

たぬきち25番
恋愛
転生してすぐに婚約破棄をされたアリシアは、嫁ぎ先を失い、実家に戻ることになった。 だが、実家戻ると『婚約破棄をされた娘』と噂され、家族の迷惑になっているので出て行く必要がある。 そんな時、母から住み込みの仕事を紹介されたアリシアは……?

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

処理中です...