奈央くんと瑞希さん

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奈央くんと瑞希さん~同棲初日の話~

奈央くんと瑞希さん~同棲初日の話~①

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「瑞希さん、お願い、お願いします」

 うるうると潤んだ瞳を煌めかせ、上目遣いで必死に懇願してくる奈央に、瑞希はウッと呻いては口ごもってしまった。


 ──すぐにでも番になろうと誓っているくせ、何故か同棲したいというのは躊躇していた謎な二人が、晴れてきちんとお互いの気持ちを伝えあい一緒に住もうと決めた、昨日。
 あれから奈央は寝不足というのもあったが安心したのかスヤスヤと朝までぐっすり眠ってしまい、起きたのはつい先程で。
 そして起きて開口一番、『おはようございます! 瑞希さん、俺自分の荷物取りに行ってきますね! それから直ぐにここに戻ってきますから!』だなんて至極嬉しそうに満面の笑みで告げたのだが、しかし瑞希は首を振り、『大学に行かないと』と窘めたのだ。
 そんな瑞希の言葉に奈央は悲しげにし、今日は休むと今こうして必死にお願いしていたのだった。


「今日はどうせ二限しかないですし、それに俺今まで一度も休んだ事ないです! だから、今日くらいは休んでも良いと思うし……」
「……いや、でも……」
「……どうしてもすぐ、俺の巣を作りたいんです……」

 ここ数日、ずっと内なるオメガが今すぐに自分の巣を完璧に整えたいと困窮していたのを痛いほど感じていた奈央が、感極まってグスッと小さく鼻を啜り俯く。
 それに瑞希は悲しませてしまったとすぐ後悔し、慌てて奈央を抱き締めた。

「っ、ごめん、ごめんね奈央……、そうだね、今日くらいは休もうか」

 そう言う瑞希に背中を優しくトントンと叩かれ、奈央が微かに瑞希の服に涙を滲ませる。
 もちろん瑞希は大学に行かなくても良く、自分を心配して言ってくれているだけだと分かっている奈央は、悲しみを含み始めた瑞希の匂いに申し訳なくなりながら、首を振った。

「瑞希さんは何も悪くないです。ごめんなさい、わがまま言って……」
「すごく大事な事なんだから、奈央はわがままなんかじゃないよ。奈央も謝らないで」

 ちゅっと奈央の旋毛にキスをし、瑞希が優しく囁く。
 その言葉に奈央はズビズビと鼻を啜ったあと、顔を上げた。

「瑞希さん、大好きです」
「俺も大好きだよ」

 奈央の少しだけ紅くなった目元を指で撫でながらキスをしてくる瑞希に、奈央がうっとりと目を閉じた、その瞬間。
 グウゥ~……。と突如鳴り響く奈央のお腹の音に、二人はパチッと目を開けた。

「……っ、」
「……ふふ、荷物を取りに行く前に朝ご飯食べようか。奈央は夜も食べてないしね」
「……うぅ、はい……」

 ふふっと笑う瑞希の声に、恥ずかしそうに顔を赤くさせ、前もこんな事があったような……。と奈央が羞恥に苛まれながら、微笑む。
 それから、食事を作るといってベッドから先に出ていった瑞希の広い背中に思わずポーッと見惚れたあと、奈央は手伝いに行く前にとりあえず紫乃に休むと連絡をするべく、ベッドボードに置いていた携帯を急いで取ったのだった。




 ***



 二人で仲良く朝食を取り、しかし一人で行く気だった奈央に、『一人で行かせるわけないでしょ。荷物だって重いのに、どうやって持ってくるつもりだったの』と論外過ぎると一蹴した瑞希により、今二人は奈央の家に来ていた。

 もちろん奈央の家には沢山のお手伝いさんやドライバーさんが居り、それなので運搬や家を行き来するのに、全くなんの問題はない。
 だが、瑞希が当たり前に率先して世話を焼いてくれる事がとても嬉しく、そして愛されていると感じさせてくれるその言葉や態度に、奈央はやはりときめきで死にかけるばかりだった。

 そうして奈央の家に来ている今、瑞希は最近ずっと送り迎えしているものの、未だ奈央の豪邸に慣れることはないのか、居づらそうにしていて。
 そんな瑞希に奈央は小さく笑いながらも、瑞希の腕を引いて屋敷とも呼べる家の広い廊下を、上機嫌で歩いた。

「必要最低限の物だけ持っていけば、後はもうここに来ることもほぼないですから、安心してくださいね」
「え、あ、いや……、」
「ふふっ」

 気まずいと思っているのが奈央に気付かれてしまい、瑞希が気恥ずかしそうにしつつ、あたふたとしながらどもっている。
 普段大体の人は、一度で良いから家の中を見せてくれだの、金持ちで羨ましい。だのと言ってくるというのに、むしろまるっきり正反対の態度を取っている瑞希に、奈央はにまにまと微笑みながら、瑞希の腕にするりと自分の腕を巻き付け、こてんと頭を寄せた。

「……瑞希さんと出会えて、良かったです」
「俺もだよ」
「ふふっ、愛してます」


 ──奈央はずっと、自分が蓮見家を出るのは両親が適当に選んだ相手との、結婚の時だと思っていた。

 それはオメガでありながらも一応は蓮見家の人間として生まれた義務であると奈央は思っていて、アルファが嫌いだからといってセックス自体が出来ない訳ではないだろうと、将来の夫となる人との間に子どもさえ授かれれば、それで良いとすら、思っていた。
 そんな考えの奈央に、育ててくれた乳母のきよさんはいつも悲しそうな顔をしては、『……いつかきっと奈央様の前に運命の人が現れてくれるでしょう。その時は、その人と幸せになってくださるのが清の願いです』と言ってくれていた。
 その言葉は蓮見家へ仕えている者として相応しくない事も、けれども奈央の幸せを何よりも望んでいる清さんからの愛だという事も、奈央は分かっていた。
 だからこそ、アルファの匂いも態度も嫌いな自分がいつか自身の全てを捧げても良いと思えるアルファに出会うとも思えなかった奈央は、それでも清さんの気持ちを無下にしたくないと、いつも曖昧な笑みを浮かべるだけしか出来ず。
 だが、今こうして運命の相手である瑞希と出会えた事に奈央は穏やかな笑みを浮かべ、……清さんの願ってくれた人生を生きてみるよ、俺の為にも、清さんの為にも。と心のなかで呟いては、大好きな瑞希の匂いを肺いっぱいに吸い込んだのだった。




 
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