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奈央くんと瑞希さんのその後
奈央くんと瑞希さんのその後⑦
しおりを挟む「……瑞希さん……大好き……」
「俺も大好きだよ」
奈央の背中を優しく撫でる瑞希が、不意に視線を時計へと移す。
時刻はもう既に六時を過ぎていて、真っ昼間から盛ってしまったのを恥ずかしく思いつつ、もうそんな時間か……。と瑞希は悲しげに瞳を陰らせた。
オメガである奈央にとって、奈央自身の家が巣である事は瑞希にも分かっている。
だからこそ、初めて体を繋げたあの日衝動に任せ堪らずひき止めてしまったものの、奈央を思えば何度も泊まって行ってよとは言えないと、瑞希は俯くよう奈央の肩に頭を乗せた。
「瑞希さん? どうかしました?」
「……ん? 何でもないよ」
落ち込んだのを瞬時に奈央に悟られ咄嗟に誤魔化したが、しかしきちんと思っている事を話そうと約束した事を思い出した瑞希は、奈央の肩に甘えるようぐりぐりと頭を押し付けながら、言いにくそうに口を開いた。
「……嘘。ほんとは、まだ帰したくないなぁって、思った……」
「っ!」
瑞希の言葉に奈央が息を飲んだのが分かり、年上でアルファの自分がこうして弱音を吐くのは情けないと思いつつ、瑞希は奈央の肩から顔を上げ、真剣な眼差しで見つめた。
「奈央、今は無理だって分かってるし、だから一年後でも二年後でも、何年後でも良いから、奈央の準備が出来たら、いつか一緒に暮らそうね」
オメガ性が自身の巣を移すというのはただでさえ大変で、そしてアルファと暮らすというのは大抵が相手を自分の一生のパートナーである番として認め、深く信頼し、むしろ一緒に居ることで安らぎを感じてからでないと難しいという事も、きちんと瑞希は理解している。
だからこそ、奈央に無理はして欲しくないがいつかは共に暮らしたいと瑞希が誠意を持って言葉にすれば、目を見開いていた奈央の瞳が瞬く間に濡れてゆき、ぽとりと涙を落とした。
「……え!? な、奈央!? え、ど、どうしたの!?」
突然の涙に驚き、瑞希が狼狽えては奈央の頬へと手を伸ばす。
そんな瑞希に奈央は更に顔を歪ませぼろぼろと泣きながら、しかし瑞希へと抱きついた。
「みずき、さっ……!」
「な、なお、……ごめんね、泣かないで。変な事言っちゃってごめんね」
「ちがっ、ふ、……うぅ~、ぐすっ、」
困惑しながらも奈央を抱き締め背を撫であやし、やはりそんな事を言うには早すぎたかなと瑞希が申し訳なさでいっぱいになりながら、もう一度ごめんねと謝ろうとした、その瞬間。
「ほんとにっ、違うんです……。うれ、うれしくて、それと、安心、して……、みずきさ、大好き……大好き……、愛して、ます……」
だなんてズビズビと鼻を啜りながらも呟かれた言葉に瑞希はまたしても驚き、目を瞬かせた。
「奈央? ならなんでそんな泣いて……、ていうか安心したってどういう、」
確かに奈央からは戸惑いや悲しみの匂いなど一切せず、むしろふわふわと嬉しそうな香りへと変わってゆくばかりで。
その事にホッと胸を撫で下ろしつつも、奈央の言葉に引っ掛かりを覚えた瑞希は心配げに奈央の顔を見ようと、体をそっと離した。
「……ねぇ奈央、泣かないで」
流れる涙を指で優しく拭い、こっちを見て? と言わんばかりに瑞希が小首を傾げ、奈央を見つめる。
そうすれば奈央は瑞希の可愛い仕草に心臓を射ぬかれたと一度ぎゅっと目を瞑ったあと、にへらと笑った。
「ズビッ……、ん、ごめんなさい、急に泣いて……。本当に嬉しくて、感極まっちゃって……」
そう言いながら顔を手でゴシゴシと拭う奈央に、そんな風にしたら傷付いちゃうよ。と瑞希が手を握り、優しく優しく奈央の濡れた頬を袖口で拭く。
そんな瑞希の優しさにうっとりと瞳を弛ませたあと、ありがとうございます。と奈央は微笑んだ。
「瑞希さんに一緒に暮らそうって言ってもらえて、本当に嬉しいです。……でも、いつかじゃ、嫌です」
「え?」
「……瑞希さんに言おう言おうって思ってたんですけど、こんな事言ったら重いって引かれちゃうかもしれないとか、色々考えたら中々言えなかった事があるんですけど……」
奈央が緊張したように顔を強張らせ、言い淀みながら言葉を紡いでゆく。
それに瑞希も緊張したように息を飲み、けれども奈央の背中を優しく撫でた。
「……実は、瑞希さんのお家に初めて泊まった日から、自分の家に居ても、落ち着かないんです……」
「……え、」
「瑞希さんが側に居て、瑞希さんの匂いに包まれてないと、不安で……。だから、家に居ても全然休まらないし、寂しくて寂しくて、苦しくなっちゃって、夜もあんまり眠れてなくて……」
「……な、なお……、それって……、」
「……はい。もう、瑞希さんのお家が、俺の巣になっちゃったんです」
「っ!!」
奈央の衝撃の告白に、先程から驚いてばかりの瑞希がしかし更に驚きに目を見開いては、ヒュッと喉を鳴らす。
そんな瑞希の様子に奈央は恥ずかしそうに頬を染めながら、瑞希の首に腕を回した。
「……だから、帰したくないって、いつか一緒に住みたいって言ってくれて、本当に嬉しかったんです……。俺も、瑞希さんとずっと一緒に居たい。一緒に、暮らしたいんです」
綺麗な瞳を揺らめかせ、魅惑的な表情をしながら呟かれる言葉。
その破壊力に瑞希は自身の中のアルファが歓喜で遠吠えをしているのが分かりながら、堪らず奈央をきつく抱き締めた。
「ッッ!! 奈央!!」
「わっ、」
「重いなんて思うわけないでしょ!! 嬉しいのは俺の方だよ!!」
珍しく声を張り上げ、興奮したのか力任せにぎゅうぎゅうと抱き締めてくる瑞希の腕の中で少しだけ苦しそうにしながらも、とても可愛らしくはにかむ奈央。
それがあまりにも愛らしく、瑞希は奈央の額や頬にキスの雨を降らせた。
「奈央、話してくれて、一緒に住みたいって言ってくれて、ありがとう」
「ふふっ、俺も、ありがとうございます。同じ気持ちだったなんて、嬉しい……」
「俺も嬉しいよ。……でも、眠れてなかったなんて……。すぐ言ってくれれば良かったのに」
「ん……、ごめんなさい」
「これからはすぐに何でも言ってね」
「はい」
喜んでいたのも束の間、奈央の体調が心配だとすぐに真剣な表情をしながら、瑞希がそっと優しく目の下を撫でてくる。
その指先が温かく、奈央はようやく言えた事と受け入れてもらえた事に安堵の息を吐き、それから急に眠気が襲ってきたと、堪らず目を閉じた。
「……みずきさん、だいすき……」
「俺も大好き。愛してるよ、奈央」
「……おれも、あいしてます……」
「ふふ。……おやすみ、奈央」
ぽすん、と瑞希の胸元に顔を埋めた奈央に、瑞希が旋毛にキスをして眠気に襲われている奈央を気遣い、優しく囁く。
その言葉に奈央は、今すぐに必要最低限の物だけを取りに行ってここに帰ってきたいのに。と何とか目蓋を抉じ開けようとしたが、しかし背中を優しく撫でられる感触と大好きな瑞希の匂いに包まれている幸福感に、ようやく自身のオメガも巣で安らげると丸まるのが分かり、堪らずふにゃふにゃと笑みを浮かべながら夢の中へ落ちていってしまった。
そんな奈央を見つめる瑞希もまた嬉しそうで、まさに二人はこれからの未来を表すよう、幸せに満ち充ちた、穏やかで平和で、多幸感に溢れたとても愛らしい表情をしていたのだった。
【 あなたの側に居られる事が何よりの幸福なのだと、分かってね。ダーリン 】
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