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第二章
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しおりを挟むきらびやかなネオンが煌々と連なり、まるで年中クリスマスのような賑わいを見せる道の、その脇。
途端に薄暗くなった小道で、喧騒が遠く波のように揺らいでいるのをどこか遠くで聞きつつ、グレーの寂れた扉の前で気合いを入れるよう顔を掌でパンッと叩き、すぅ。と深呼吸をひとつした裕は、ガチャリとその扉のドアノブを握った。
ギィ、と立て付けの悪い音を響かせ開いた扉の中は薄暗い廊下があり、鼻を擽るのは様々な香水や煙草が入り交じったなんとも言えない香りで。それにいつかは慣れるのだろうか。と眉間に皺を寄せながらショルダーバッグの紐を両手でギュッと握りつつ、裕が一歩足を前に出し中へと進んでゆく。
こんな場所に出入りするようになるなんて、一昨日の自分では想像すらも出来なかった。
なんて心のなかで一人ごち、裕はひょんな事から働く事となったこのホストクラブ『ROSE』を未だ見慣れぬままキョロキョロと見回していた。
だが、強引すぎる手法で自分を勧誘した友人は、単位が足りなくてバイトどころじゃなくなった。などとぬかし、早々に辞めてしまっていて。
それに心のなかで怒りつつ、予期せぬ一人ぼっちの寂しさと不安に眉を下げながら、裕がスタッフルームと書かれた扉を開ける。
しかし中には誰も居らず、ほっと胸を撫で下ろしたが、けれど裕はどうすれば良いのか分からぬまま、部屋のなかでぽつんと突っ立ってしまった。
泥酔し醜態を晒してしまった、あの日の朝。
有人から、内勤として働かないか。と提案され、常に金欠な大学生としてはありがたいその申し出と時間の融通さも相まって、二つ返事でむしろお願いしますと頭を下げた裕。
まぁそれだけではなく、いつ会えるか知らぬあの爽やかな笑みでえげつない事をやってのけた、未だに謎すぎるホスト、蓮にきちんと会って謝りたいと思っているからでもあり、しかしやはりホストという職業について何も知らず、むしろ内勤などという言葉すら初めてあの日知った裕は、内勤として今日が初出勤だけどほんとにやっていけるんかな、俺。とまたしても不安に苛まれ、足元を見た。
その瞬間、バタン。と奥の出入り口の扉が開かれる音がし、途端にガヤガヤわいわいと煩くなった廊下の気配に、裕はヒュッと息を飲んだ。
「いやだからほんとだって! 国宝級に超絶美しいうんこが出たんだって!」
ガチャリと開かれた扉と共に声がし、ひょっこりと現れたその人物はすらりと背が高く今風で。だがそれよりも何よりも目を引くのが、見目鮮やかな金色の髪の毛をしていた事だった。
その後ろから続いて入ってきた男が、
「絶対嘘じゃん」
と笑い声をあげている。
こちらは茶色の弛いパーマを当てた、とても人当たり良さそうな笑みが印象的な人物に、というか対照的な二人組とうんこというどこぞの小学生かのような発言に裕が呆けていれば、裕に気が付いたのかド金髪頭の男が目を見開いた。
「えっ誰!?」
なんて素っ頓狂な声を上げる、ド派手な男。
その声のデカさにビクッとしながら、
「今日から内勤として働く事になった裕です。宜しくお願いします」
と一応頭を下げれば、
「あーー!! この間体入で入ってぶっ倒れたって奴だ!? え、内勤なん!?」
なんて、ずずいっと近寄ってきた男。
そのパーソナルスペースの狭さと歯に衣着せぬ言動にイラッとした裕が少々無愛想な態度で、……はい。と呟くも、全く気にしていないのか、男は手を差し出してきてはニカッと笑った。
「俺らちょうどそん時休みでさ、蓮とか有さんとかから話は聞いてたんだけど、へぇ~、宜しく!」
その表裏なさそうな笑顔に馬鹿そうだと思いつつ、悪いヤツではない事がうかがえて、裕もその手をおずおずと握り返した。
「俺、誠也。こっちは瑛」
ド派手な頭にしては随分と庶民的な名前に、裕が今一度頭を下げれば、宜しくね。と瑛と呼ばれた男が人懐こい笑みを見せる。
その癒される面持ちに、この人達もホストなんかな。
なんて思ったその時、
「ヘイヘイヘイヘーイ! おはおはぽよーん!」
と奇妙な呪文めいた言葉が聞こえ、バーンと扉が開いた。
は? と裕が思わず真顔になり扉の方を見やれば、くすんだ金髪の男が居り、それに反応した誠也と瑛が、おー、石やん。なんて手を上げる。
その石やんと呼ばれた男は誠也の肩を抱き、もう一度、おはおは。なんて返していたが、
「へっ、だれ?」
とようやく裕の存在に気付いたのか、誠也と同じよう素っ頓狂な声をあげた。
その真っ直ぐな瞳に、これまた強烈なキャラだな。と三者三様の集団を前にして、頭を下げながら笑った裕。
「今日から内勤として働かせてもらうことになった裕です。宜しくお願いします」
「裕ってこの間蓮が言ってた子じゃん! あっ、俺は石やんでーす」
なんて言っては笑う石やんと呼ばれている男に、先程から蓮や有人から聞いていると言われ気まずくなった裕は心のなかで、蓮さんと有さん、いちいち言わないでくれよ……と呟きつつ、この個性の塊の人達が本当にホストなのだろうか。と思っていれば、
「はいはい、お喋りはそれくらいにして皆スーツに着替えてよー」
と声を張り上げ部屋に入ってきた有人。
それに、戯れるようちょっかいをかけ始める誠也と石やんをあしらい、
「あ、おはよう裕君。この間はほんとごめんね。今日からは内勤として宜しくお願いします」
と笑いかけてくる有人に、裕はピシッと背を正しお辞儀をした。
「あ、裕君ワイシャツ似合うね。ホストのスーツより内勤用の黒服の方が似合うかも」
そう言っては笑う有人に、とりあえず内勤用のスーツはこれだよ。と渡された黒いスーツ。
以前、白いワイシャツだけ着てきてくれればいいと言われていた裕はその黒いスーツをぎゅっと胸で抱きしめ、頭を下げた。
そのやり取りを見ていた誠也が、
「有さんが優しい! 俺も褒めてよ!」
とねだり、それに有人が誠也の頭を叩いては、
「いいからお前も早く着替えな。ナンバー1がいつまでもダラダラしてたら示しつかないだろうが」
なんて渇を入れていて、それに、いってぇ! と身を捩った誠也。
それを見て瑛と石やんも楽しげに笑い声をあげていたが、裕は今しがた聞いたナンバー1というフレーズに目を見開いた。
え? 顔は悪くないとは思うが、けれどもド派手でチャラそうでこの頭の悪そうな男がナンバー1!?
そう裕が失礼にも程がある事を心のなかで叫べば、その心の声を感じ取ったのか、
「お互い自己紹介は済んでる、よね? 驚いた? この馬鹿がこれでもうちのナンバー1です。そんで瑛はホストで、こっちの石やんは裕君と同じ内勤だから分からない事があったらどんどん石やんに聞いてね。ちなみに誠也も瑛も、この間の蓮と同じ本名組だよ。石やんは石原浩介だから、石やんて呼ばれてる」
と有人が説明してくれ、またしても馬鹿って酷くない!? なんて誠也が情けない声をあげる。
それにどっと笑いが起き場が華やいでいれば続々と知らない人達が入ってきて、あっという間にスタッフルームは一杯になってしまった。
「あ、誠也さんおはようございます!」
そう皆が口々に誠也に頭を下げているところを見るとやはり本当にナンバー1らしく、人は見かけによらないもんだな。と呆けながらも、裕も入ってくる人全員に、今日から入りました。宜しくお願いします。とお辞儀をし続けた。
そしてとりあえずと店内の清掃を石やんに教えてもらい(ぶっ飛んでそうだと思ったが見かけと発言通りぶっ飛んでおり、けれど人懐こく意外にも真面目で、面白い人だった)そうこうしている内にあっという間に開店時間間際になってしまっていた。
それに慌てて黒服に着替えドキドキとしていれば、とてとてと寄ってきた有人が、
「緊張してる?」
と柔らかく笑いかけてくれ、裕は、少し。なんてはにかんでは着なれない服や慣れない場所に戸惑いの表情を浮かべた。
「初日からお客様の案内とかはさせないから大丈夫だよ。今日やってもらいたいのは裏でお酒を準備したり、灰皿を洗ったり、合間を見てトイレ掃除して欲しいんだけど、意外にもめちゃくちゃ体力要るから最初のうちはちょこちょこ休憩挟んでね。それは石やんにもお願いしてるから大丈夫だとは思うけど、」
裕を安心させるよう笑いながら言った有人だったが、最後は少しだけ口ごもり、それでも、
「まぁ、頑張って」
なんて何かをぼかす。
その微妙な態度に、え、なんすか今の間。と聞きたかったが時間は待ってくれず、結局先程の微妙な間の真相は知らずじまいのまま、開店の時間となってしまった。
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