24 / 65
第五章
24
しおりを挟む「おじゃまします……」
ガチャリと扉を開けて、どうぞ。と促す蓮にそう断りを入れ、裕が玄関をまたぐ。
その瞬間ふわりと蓮の香りが鼻を擽り、裕は訳もなくドキドキと胸をときめかせた。
のそりと中に入れば、後ろから入ってきた蓮が、ごめんね。と腕を伸ばしパチリと玄関の灯りを点ける。
そうすればパッと明るくなった玄関と続く廊下の綺麗さに、はーさすがホスト。俺のぼろっちい部屋なんて比べもんになんねぇな。と感心しつつ、裕はまたしても促されるまま足元に差し出されたふわふわのスリッパに足を通し、先に歩いてゆく蓮の後を付いていった。
廊下を歩きながら右側に並ぶ二つの扉を指し、ここがトイレで、こっちがお風呂場。といったあと、「俺の部屋はこっち」なんて蓮が左側にある扉をコツンと一度叩いては、笑う。
その意味深な笑顔に裕はさっと視線を逸らしながら、ふーん。と気のないような返事をしたが、内心では良く分からない緊張を抱えていた。
そんな裕にまたしても蓮が笑った気がしたが、そのまま廊下を進み突き当たりの扉に手をかけ、
「飲み物、コーヒーかお茶か水しかないんだけど、どれがいい?」
なんて言いながら、あ、好きに座ってて。とひらけたリビングにどどんと置かれたこれまた高級そうな大きいソファを指し、キッチンへと消えてゆく。
その後ろ背を見つめながら言われた通りリビングのソファに座り、ふわりと沈むその柔らかさに感動しながら、裕は辺りをキョロキョロと見回した。
ソファの下に敷かれた茶色いラグに、ローテーブル。そして壁には大きなテレビがあり、窓にはシックな色味のカーテン。というドラマや映画でしか見たことがないような非の打ち所がない完璧な部屋に、裕が自身との格差を少々恨んでいれば、対面式キッチンから顔を覗かせ、
「え、どっち?」
と先程の質問に返事を返さない裕に笑いながら、蓮がまた問いかけてきた。
「あっ、み、水で!!」
ハッとし、みっともなく声を張り上げてしまった裕が顔を赤くしたが、蓮はくすっと笑うだけで。
それから冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出してコップに注ぎ、蓮がキッチンから出てきた。
「はい」
「あり、がと……」
笑顔で差し出されるコップをどこか気恥ずかしくなりながらも受け取れば、「じゃあちょっと着替えてくるね」と蓮がリビングを出ていき、一人きりになった裕は横にあったクッションを徐にぎゅっと抱き抱えた。
「……はぁ~~」
口から溢れていく、深い息。
ドクンドクンと心臓が高鳴り、緊張から全身を固まらせていた裕は、いやでも別に何もしないって言ってたし。なんて考え直して、ぼんやりと宙を見た。
……何もって、ほんとに何もしないんかな……。
なんて心の中でぼやき、ふにっと無意識に自分の唇を食む。
ホッとしたような、或いはガッカリしたような何とも言えぬ気持ちが渦巻き、ううぅ~……。と裕が唸りながらクッションに顔を埋めていれば、ジーンズにシャツというラフな格好をした蓮が戻ってきては、何してるの? と微笑んだ。
「裕?」
「っ、な、何でもない」
「そう? あ、お腹空いたよね。ちゃちゃっと何か作っちゃうから待っててね。あ、テレビなんかやってるかな」
なんてご丁寧にテレビをつける蓮。
その広い背中を見つめ、蓮の私服なんて皆で遊んだり飲みに行った時に何度だって見てるというのに、なんでいつもよりドキドキしてんだ俺。と裕が自身の心臓を抑えていれば、パッと点いたテレビ。
しかし深夜のテレビショッピングしかやっておらず、それに数秒黙ったあと二人して顔を見合せ、それから、そりゃそうだよな。と笑ってしまった。
「これが夜の仕事の辛いとこだよね」
未だクスクスと笑いながらも、テレビラックから何本か映画のDVDを取り出し、気になるのがあったらそれ観てて。と言い残して、蓮がキッチンへと消えて行く。
それに裕は、ん。と返事をし適当なDVDをデッキへと挿入したが、結局ずっとキッチンで料理をする蓮を、盗み見てしまっていた。
そして宣言通りちゃちゃっとパスタを作った蓮に、お前こんなんも作れちゃうの? と目を見張った裕は、二物も三物も与えられた人間とはまさにこいつの事だな。なんて神様の設計図に脱帽しつつ、二人で蓮が作ってくれたパスタを仲良く食べた。
それから、作ってもらったお礼にと皿洗いでもしようとしたが、それすらもさせてもらえず、結局裕は質の良いソファに沈みながら、キッチンで皿を洗う蓮をやはりぼんやりと見るだけだった。
「お待たせ……、って、あー……、もうこんな時間か。下にタクシー呼ぶから、ちょっと待っててね」
洗い物を終え、パタパタとスリッパの音を響かせながらリビングへと来た蓮が、しかし壁に掛けてある時計を見ては携帯を手にする。
それに裕は慌てて立ち上がり、咄嗟に蓮の手を掴んでしまった。
「わっ、え、なに?」
「あ、ごめん、」
「いやいいんだけど、どうしたの?」
「あ、えっと、その、あ、明日、講義取ってない、から、」
「……え、」
「……もうちょっと一緒に居れるっていうか、その、」
そう言葉を濁し、俯く裕。
しかし蓮が珍しく何も言葉を発そうとしないので、思わず不安になった裕が顔をあげたが、そこには目を丸くし固まっている蓮が居るだけで。
それに裕は一気に恥ずかしくなり、しくった。と顔を赤くしては、叫んだ。
「あ、いや、やっぱ帰るわ! 長居してごめん! タクシーとか自分で呼ぶから! じゃあまた明後日な!」
そう捲し立て、急いでソファの下に置いていた鞄を引っ掴み、裕がリビングを出る。
ドタドタと迷惑な足音を響かせてしまいながらも、何やってんの俺。恥ずかしい。なんて、裕は後悔の嵐に身を落としていた。
いやそりゃそうだよな。いくら恋人になったとはいえ、そんな一緒に居たい訳じゃないもんな。ただ一緒にご飯でも食べようってくらいのノリだったんだよなきっと。それなのに俺は……、うわー! まじではずい!
なんて、己の浮かれ具合に全身を羞恥で真っ赤に染めた裕が、この場から消え去りたい一心で慌ただしく玄関で靴を履いていれば、
「裕、待って!」
と叫び後ろからやって来た蓮に腕を取られ、阻止されてしまった。
5
あなたにおすすめの小説
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦
雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、
隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。
しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです…
オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が
なかたのでした。
本当の花嫁じゃない。
だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、
だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という
お話です。よろしくお願いします<(_ _)>
【完結 一気読み推奨】片想いの相手が「そろそろ恋愛したい」と言ったので、用済みの俺はニートになることにしました。
はぴねこ
BL
高校生の頃、片想いの親友に告白した。
彼はノンケだったから玉砕して友人関係も終わるものだと思っていた。
もしかすると気持ち悪いと軽蔑される覚悟までしていたのに、彼は「今は恋愛をしている時間がないんだ」と自分の夢を語ってくれた。
彼は会社を興した祖父のことをとても尊敬していて、自分も起業したいと熱く語ってくれた。
そして、俺の手を握って「できれば親友のお前には俺の右腕になってほしい」と言われた。
同性愛者の俺のことを気持ち悪いと遠ざけることもせずに、親友のままでいてくれた彼に俺は感謝して、同じ大学に進学して、大学の頃に彼と一緒にゲームを作成する会社を起業した。
あれから二十年間、本当に二人三脚で駆け抜けてきた。
そして、昨年売り出したVRMMOが世界的に大ヒットし、ゲーム大賞を取ったことを祝うパーティーで親友が語った言葉に俺の覚悟も決まった。
「俺もそろそろ恋愛したい」
親友のその言葉に、俺は、長年の片想いを終わらせる覚悟をした。
不憫な拗らせアラフォーが”愛”へと踏み出すお話です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
あの日、北京の街角で
ゆまは なお
BL
5年前、一度だけ体を交わした彼が、通訳として出張に同行するーーー。
元留学生×駐在員。年下攻め。再会もの。
北京に留学していた上野孝弘は駐在員の高橋祐樹と街中で出会い、突然のアクシデントにより、その場で通訳を頼まれる。その後も友人としてつき合いが続くうちに、孝弘は祐樹に惹かれていくが、半年間の研修で来ていた祐樹の帰国予定が近づいてくる。
孝弘の告白は断られ、祐樹は逃げるように連絡を絶ってしまう。
その5年後、祐樹は中国出張に同行するコーディネーターとして孝弘と再会する。
3週間の出張に同行すると聞き、気持ちが波立つ祐樹に、大人になった孝弘が迫ってきて……?
2016年に発表した作品の改訂版。他サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる