【完結】君と恋を

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君と恋を~誠也とカイの話~

誠也×カイ その後 1※

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「っ、うみさ、…… 、」

 耳のすぐそばで誠也の熱い吐息と声が零れ、唇が耳朶を掠めていくその僅かな刺激にさえふるりと身を震わせた海は、チカチカと瞬くストロボを脳内で感じたまま、シーツを強く掴んだ。

 ギシギシと軋み激しさを増すベッドのスプリング音と、吐息。

 自分が今どんな表情をしているのかさえも分からぬまま、海はシーツに顔を埋め、ただ揺さぶられるだけ。
 反る背筋に誠也の腹があたり、固い腹筋の感触とぎゅっと上から拳を握り込んでくる己のより大きな掌に、当たり前だが同じ男に抱かれているという事を思い知ってしまう。
 そしてそれが誠也という事がただただ嬉しく、甘く胸を締め付けられるまた、海は快楽が飽和し霞みきった思考であえかに息を溢していた。

 まるで獣のように腰を振られ、シーツに沈み微かに腰を浮かすだけしか出来ぬ海が、後ろから覆い被さり手を握る誠也の腕にすりすりと顔を擦り寄せ、

「っ、ふっ、……っ、」

 と押し殺しきれなかった声を漏らしながら、すがるよう涙を散らす。
 そうすればぎゅっと一際強く手を上から握られ、海も掴んでいたシーツをぎゅっと強く握った。


 背筋に快楽の電流がびりびりと絶えず流れ続け、知らずぶるりと震える体。
 溺れる金魚のようにはくはくと口を開け、開いた隙間からぽたりぽたりと枕カバーに唾液が落ちるのも気になんて出来ない海が、とぐろを巻き燻っている鮮烈な快感に白んだ景色を見る。

 チカチカ。チカチカ。

 頭のなかで光る閃光はもう前後左右を曖昧にするほどの痺れになり、またしても耳元で聞こえた誠也の己を呼ぶ甘く掠れた声にビクンッと身を震わせ、海はか細い悲鳴を溢しながら触れてもいない自身からどぷっと精液を吐き出し、シーツを汚した。

 その解放された熱がビリビリと昇り詰める気持ち良さに海が全身を戦慄かせていれば、誠也も限界を迎えたのか、深く深く、まるで突き破らんとするような鋭さで奥を抉り先端を咥え込ませ、海の奥の奥でコンドーム越しに精液を吐き出した。


 ──部屋には、荒い二人分の息遣いが響いている。

 その濃密な空気が充満した部屋のなか、コンドーム越しでも分かるドクドクとした熱にひくりと身を震わせた海が感じ入った表情のまま、またしてもすりすりと誠也の腕に鼻先を擦り寄せる。
 そうすれば覆い被さった体勢のまま、誠也が海を後ろからきつく抱き締め、首筋にキスを落としてきた。


「ん、……せい、や」

 少しだけ鼻にかかった甘い声で誠也の名を呼ぶ海が、うなじを辿る誠也の唇の感触にうっすらと笑みを浮かべ、擽ったそうに身を捩っては誠也を見る。
 くしゃくしゃになった髪の毛が可愛らしく形の良い額を露にさせ、普段より幾分か幼く見える海のその姿に、誠也はすっかり萎えた自身をずるりと引き抜きながら、剥き出しの海のおでこにちゅっと口付けをした。


 それから、さっと身を起こしコンドームの口を慣れた手付きで結んではゴミ箱に放り投げ、ベッド横の小棚の上に置いてあるウエットテイッシュで汚れを拭ってゆく誠也。
 そうして後処理を終えた誠也がベッドの縁に腰掛けたままやわやわと髪の毛を撫ぜてくるので、海は気だるさと心地よさに微睡みながら、指の感触にまたしても笑みを浮かべた。

 そのまま引き締まった腰に腕を回そうとしたが、自分が未だ何も纏っていない事を思い出した海は、そっと毛布を手繰り寄せては自身の体が見えないようにする。
 そんな細やかな仕草に照れているのかと思ったのか、誠也がふにゃふにゃとした笑みを浮かべつつウエットテイッシュを取り、

「体拭くね、うみさん」

 なんて優しく海に問いかけたが、自分で拭けるっての。と海は笑って、誠也の手からウエットテイッシュを取り、腹やシーツに付いている自身の精液を処理した。


 そうして、毛布からぬるりと腕だけを出し、ぽいっと丸まったウエットテイッシュをゴミ箱に投げ捨てたあと、床に放られたままだった上着をごそごそ毛布の中で着始めた海だったが、それをじっと見てくる誠也の視線に気付き、ん? と首を傾げた。

「なに」
「……いや、なんでもないです」

 誠也にしては珍しく、歯切れの悪い言い方をしては視線を逸らしていて。
 それに海は、なんか機嫌悪くなったか? とまたしても首を傾げつつ、これで良しと言わんばかりに誠也に向かって、ん。と手を伸ばした。

 ハグしろ。と言わんばかりのその仕草に、不思議な顔をしていた誠也が途端に吹き出し、可愛い、うみさん。なんて言いながら布団の中に潜り込み、ぎゅっと海を抱き締める。
 指先に灯る誠也の素肌はすっかり冷えさらさらとしていて、健康的で美しいその背を海は思い切り抱き締めては、にんまりと満足げに笑みを浮かべた。




 ───誠也と海が結婚してから、約半年。

『もう一度言います。うみさん、僕と結婚してください』

 そう真剣な顔で誠也が言ったのは、二人が交際を始めてから一ヶ月が経った頃、連れていかれた見るからに高そうなホテルのスイートルームの、一室でだった。


 百本の薔薇を差し出したあと床に跪いた誠也が真っ白な小さい箱をパカリと開き、突然こんな所へと連れてこられ目を白黒とさせている海をお構いなしに、じっと見つめる。
 その誠也の瞳に、言葉に、海はヒュッと息を飲み、それからそのキラキラと輝く指輪を見つめたあと、震える指で指輪を取った。

『……一生側に居てください』

 海が指輪を手にした瞬間、ふわりと微笑んだ誠也がらしくもなくどこか大人びたような穏やかな声でそう囁くものだから、海はやはり年甲斐もなくぼろぼろと泣きながら必死に頷き、誠也に抱きついた。
 そんな海に誠也は、うみさんってやっぱり泣き虫だよね。だなんて笑いながら、自分と変わらない身長の、それでも随分と自分よりも華奢な海の体を、きつくきつく抱きすくめた。

 そして、その日の夜。
 二人はキラキラと輝く指輪を薬指に嵌め、初めてのセックスをした。
 海は生まれて初めてで、誠也も男性との経験なんてなく、お互い慣れていないせいでスマートさの欠片ひとつもなく快楽よりも苦しみの方が多かったが、それでも、燃えるような、慈しむようなセックスだった。


 そうして幸せな一夜を過ごしたあと、翌々日には気が付けば誠也の実家へと連れていかれ、そして、婚約者。だなんて両親に紹介をされた海。
 全く予想していなかった誠也のご両親との対面や、婚約者だなんて紹介されるとも思っていなかった海を他所に(あの大掛かりなプロポーズも、ぽろっと以前話をした昔の夢を叶えてくれる為に形だけでもとしてくれたものだと思っていた)、両親は誠也から聞いていたのか海を快く迎えてくれ、あれよあれよという間にもてなされ、海は初めて触れる温かな家族団欒の雰囲気に、やはりその日の夜、ぽろりと涙を落としたのだった。

 それから程なくしお互い住んでいた部屋を引き払い、新しく二人で暮らす為の新居を決め、そして誠也の強い希望もあって少しだけまだ戸惑いつつも養子縁組制度を使い、海は誠也の名字である、“一條海”として生きていく事を決めた。


 ──そんな夢のような幸せな日々を過ごしている海は、こうして体を繋げる事も嫌いではなくむしろ好きで。始めは痛さの方が勝っていたが、今では快楽しかない。と誠也からもたらされる感覚全てに喜び震えるようになっている体に、腰に走る鈍痛も幸せの痛みだな。なんて温い事を考えながらふにゃりとだらしなく笑みを浮かべていたが、その海のシャツ越しの背を撫ぜる誠也がなんとも言い難い表情を浮かべていた事を、海は知らなかった。




 
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