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SS集
yes/no(誠也×カイ)
しおりを挟む「ただいまぁ、うみさん!」
ほろ酔いになりながら、店からそのまま帰宅した誠也が声高々に玄関の扉を開ける。
そして、出迎えにと玄関横の壁に寄りかかっている海を捉えては、にへらと笑った。
「お帰り」
そんな誠也のだらしない笑みに、腕を組みながら少しだけ笑った海が、飯出来てるから着替えてこい。と靴を脱いでいる誠也に一言声を掛けすぐにリビングの奥へと消えていこうとする。
だがそれを、その広くも華奢な背中を見つめた誠也は一度腕を伸ばして抱き寄せ、
「うん。えへへ、いつもありがとね、うみさん」
だなんてナンバーワンホストらしからぬ腑抜けた表情で笑い、海の耳の後ろへとすりすり鼻を寄せ、ちゅっ。とうなじにキスを落とした。
「……いきなり抱きついてくんな、酔っぱらい」
上機嫌な誠也からの突然のバックハグとキスに盛大に身を震わせた海だったが、それから首を誠也の方に向け、誠也の頭をくしゃりと撫でてから、「おら、早く寝室行けや」と足をげしっと蹴っては笑ったのだった。
──誠也と海が結婚してから、約一年。
家に帰ったら毎日うみさんが居るなんて幸せすぎる。と一年経った今でもニヤニヤと弛む口元のまま、照れ隠しに蹴られた足を擦りつつ寝室へと向かった誠也がだらしない顔のまま、部屋着に着替えようとした、その時。
結婚一年記念おめでとう。だなんて盛大ににやけた顔で石やんと瑛からこの間貰った、【yes/no枕】が目に入った誠也は、しかし表情をぴしりと固まらせた。
お祝いだと、海を交えての飲み会が開催された時。酔っぱらい、やけにニヤニヤとした表情で渡されたそれを、お前らうぜぇな。だなんて言いながらもちゃんと自宅へと持ち帰っていた海を、やっぱり変なとこ律儀で可愛いなぁ。なんて誠也が目を細め見ていたのが、約一ヶ月前。
しかしその枕がひっそりと寝室のベッドの隅に置いてあるのを見ているとその時の瑛達の顔を思い出してしまって、なんだか癪に障り誠也がその【yes】の面を裏返しにしたのが、昨日。
だが今ちらりと目の端を掠めたその枕の面が【yes】に戻っている事に気付いてしまって、誠也は一人ウォークインクローゼットの前でしばし立ち尽くしてしまった。
……え、まって、俺昨日確かに裏返したよね? もしかしてうみさんが変えた?
そう心のなかで呟き、その姿を想像しにやけてしまう口元を掌で抑えつつ、いやいや、たまたまかもしれないし。だなんて浮かんだ疑念を誠也は頭の隅に追いやった。
そして着替えを済ませ、それから平静を装って海が作ってくれた夕飯を食べ、交互に風呂に入り(海は恥ずかしいのか、なかなか一緒に入ってくれないのである)、二人で仲良く歯を磨いては、さぁ寝よう。とベッドに潜り込んだ、その時。
「……うみさん」
だなんて甘く名を呼び、するりと後ろから抱きしめシャンプーの匂いのするうなじに顔を埋めれば、んっと短く喘いだ海。
そのまますりすりと鼻を首筋に当てながら耳朶を甘噛みし、そろりと服のなかに手を差し込んでは自分のよりも随分と薄い腹を撫で、誠也が胸元へと手を滑らせていく。
そうすればこちらに背を向けている海の体がぎゅっと強張りふるりと震えたが、それでも抵抗する事なくされるがまま愛撫に身を委ねてくれ、そんないつまで経っても生娘のように耳まで真っ赤にしながらも受け入れてくれる海に、誠也は堪らなくなって起き上がった。
「……可愛い。ほんと、可愛い」
歯の浮くような台詞をぽろりと吐き出しながら覆い被されば、ごろんと上を向いた海が頬を赤く染め、お前のスイッチ意味分かんねぇ。だなんて小さく口を尖らせる。
しかし誠也は、その反り返った唇にちゅっとキスを落として、いや分かるでしょ。だなんて破顔した。
そのまま何度も何度も顔にキスの雨を降らせば、するりと伸びてきた海の腕が首に絡まり、「せいや……」と普段からは想像もつかないような、自分にだけ見せてくれる甘くふわふわになった顔で見つめてくる海と、その横にそっと置かれた【yes】の枕を見ては、ああほんとに可愛い。なんて身悶えつつ、据え膳食わぬは男の恥だと言わんばかりに、誠也は海の体に手を這わせたのだった。
***
そうして、誠也が海のいじらしさを知ってから、数日後。
しかし誠也は寝室でくったりと寝込んでいた。
突如謎の風邪が店で猛威を振るい、営業停止寸前に追い込まれる、なか。
珍しく誠也も熱を出し、うんうんとベッドの中で唸っていれば、キッチンでお粥を作ってくれている海がひょっこりと扉から顔を出した。
「大丈夫かよ」
だなんて眉間に皺を寄せつつ、心配げな表情をする海。
それに誠也は安心させるようにこっと微笑み、カスカスになった声で大丈夫だよと返した。
けれどもそんな微笑みも、マスクをしていれば無意味で。
以前誠也が、『うみさんに似合うと思って』だなんて買ってきた猫の可愛らしいスリッパをやはり律儀に履きながら(買ってきた際は、なんだよこれ。と眉間に皺を寄せていたが、可愛いものが好きなのでなんだかんだひっそり気に入っていると誠也は思っている)ドスドスと近寄ってきた海がキシリとベッドを軋ませ、横に座る。
「まだあっちぃな……」
誠也の額に掌を当て熱を計りながら覗き込みそう溢した海の言葉に、でも大分マシになったから。と言いたかった台詞は、掌の気持ち良さに消えるだけで。
そしてうっとりと目を閉じそのひんやりとした気持ち良さに誠也が浸っていれば、もうすぐお粥出来るから。と一度頭を撫で、海は部屋を出ていってしまった。
その後ろ姿を眺めたあと、でもめちゃくちゃ寝たからやっぱ少しは楽になったな。と薄暗い寝室の中ごろんと寝返りをうった誠也だったが、いつの間にか【no】の面になっている枕の存在に気付き、誠也は目を瞬かせたあと、盛大にぶはっと笑ってしまった。
いつの間に変わってたんだろう。俺が泥のように眠ってた時かな。
だなんて未だ熱がこもりダルい体のまま、それでもくしゃりと顔を綻ばせ笑いつつ、ふと湧いた悪戯心で【yes】の面にその枕を変え、よし。と誠也が満足していた、その時。
タイミング良く、また寝室の扉が開いた。
「誠也、食えそうか?」
いつもの凛とした良く通る声を小声にしながら、慎重にミトンで小さな鍋を持ち部屋へと入ってくる海。
そしてまたしてもベッドに腰掛け、ベッド脇の小棚の上に作ってくれたお粥を一旦置いた海が心配げに誠也を見下ろしてくる。
その見つめてくる瞳がひっそりと、だが優しく愛に溢れている事に誠也はよいしょと起き上がり、その体を一度ギュッと抱き締めた。
「うん。作ってくれてありがと」
そう笑えば、そっと抱き締め返した海が一度誠也の肩口にぐりぐりと頭を押し付け、……おう。だなんて呟いた。
「ねぇ、食べさせて?」
「はぁ?」
「……だめ?」
「……わぁったから喋んな。声死にすぎだぞお前」
誠也の甘えた声に、観念したよう溜め息を吐きつつも、海がくしゃりと笑う。
それから、とりあえず離せよ。と腕をぺしぺしと叩くので、誠也も名残惜しみつつもそっと腕を離し、ベッドボードにもたれマスクをずらした。
少々気恥ずかしそうにお粥を掬い、けれど優しくふぅふぅと息を吹きかけたあと、ほら。と口元にレンゲを運んでくれる海。
それにやはり誠也は頬を弛ませだらしなく笑ったまま、口を開けた。
「……おら、これで最後の一口。ちゃんと食べれたな」
数十分後。
カチャカチャと食器の底にレンゲが当たる音と共に、目の前に差し出された最後の一口。
それをありがとうと言いながら頬張れば、短く返事をした海が、じゃあ次は薬な。なんて言いながら一旦食器を下げるためと薬を取りに行くために立ち上がり、部屋を出ていく。
その後ろ姿をまたしても眺め、それから数分もしない内にコップと薬を持ってきてくれた海。
それに、なんかもうめちゃくちゃ愛されてるなぁ俺。だなんて誠也は甲斐甲斐しく世話をしてくれる海の姿に愛しさが募り、目尻を下げた。
ほら。と渡された薬。それをお礼と共に受け取ったあと一気に流し込む誠也。
だがしかしコップを小棚に置いたと同時に海の腕を引けば、は? だなんて目を丸くした海が抵抗する間もなく体勢を崩し、ベッドへと沈んだ。
ギシッ。と激しく軋む、スプリング音。
「っ、おわっ、」
だなんて焦りの声をあげる海に、しかし馬乗りになった誠也が、するりと頬を撫でる。
「なっ、んっ」
何すんだ。と言いかけた言葉は小さな喘ぎに変わり、頬を撫でただけなのにすっかり敏感になっちゃったなぁ。なんてくつくつと笑いつつ、
「ねぇ、もう大分良くなったしさ、……いい?」
と誠也が見下ろせば、一瞬ぱちぱちと瞬きをしたあと、馬鹿か。だなんて伸びてきた両の掌に少しだけ強めに頬を挟まれてしまった。
「……なに言ってんだばか。まだ全然治ってねぇだろうが。大人しく寝ろや」
そう辛辣な台詞を放ちながら、むにむにと頬を引っ張ってくる海。
それに、ああやっぱり意図して枕変えてるんだ。なんて誠也はへにゃりと笑っては、……可愛すぎるなぁ。と本気で襲えるほどの体力がない事を悔しく思いつつ、上に倒れ込んだ。
「うみさん、ほんとなんでそんなかわいいの……」
「あ? なにがだよ」
何がだ。と本当に分かっていないような声で言う海が、それでもどこか嬉しそうに笑いながら、誠也の髪の毛をくしゃくしゃと撫でてくる。
「おい、寝れるならもっかい寝た方がいいぞ」
「……ん」
「ちょ、離れろって」
「……明日、うなぎ食べたい」
「……は? なんだよ急に、」
「うなぎ食べて精力付けて、完全復活する……」
「っ、ぶはっ、おーおーいいじゃん。じゃあ明日の夜はうなぎにしてやるよ」
「うん。……それで元気になったらうみさんの事抱き潰すから。覚悟してね」
「っ!? な、なに、ば、なに言ってんのお前!?」
突然の宣言に一気に言葉を詰まらせ、顔を赤くする海。
そんな海をぎゅうぎゅうと抱き締め、異論は聞かない。これ決定事項だから。だなんて誠也は心のなかで呟き、薬が効いてきたのか眠くなりうとうとと目を閉じれば、「……ほんと何言ってんだか」だなんて海の呆れ照れた声が聞こえたが、意識を手放すその最後の最後まで海が優しく頭を撫でてくれる感触がしていた。
──後日、すっかり元気になったと笑う誠也が宣言通り海を抱き潰し、抵抗なくされるがまま喘ぐ海のその頭上ではやはり【yes】の面になったままの枕が誇らしげに鎮座しており、そしてその枕が【no】になるのは決まって、誠也が体調を崩した時だけだったという。
【 言葉にはしないが最大の愛情表現を。だなんてひっそりと枕を触る彼は、今日も気付かれているとは一ミリも思わず、幸せそうに微笑んでいる 】
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