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「……なぁ、あのさ、俺ってこの髪似合ってる?」
そう雅が自身の前髪をいじりながらボソリと呟いたのは、春からマフィンをもらったその夜の事だった。
「……え、どうしたんですか、雅さん」
「似合ってますけど……」
だなんて、突然突拍子もない事を言い出した雅に、拓真と慎一が目を丸くし固まっている。
そんな何とも言えぬ空気の中、雅は二人が居るせいでかなり狭く感じる自室のワンルームの床に胡座を掻いて座りながら、もう一度自身の髪の毛をいじっていた。
来月のライブは三人とも出演するライブであり、一緒に数曲サプライズで歌おうという計画を立てている、今。
それなのでこうして集まって意見を酌み交わしていたのだが、しかし、心ここに在らず。といった様子で突然おかしな事を言い出した雅に、拓真と慎一は本当にどうしたのだと唖然とするばかりで。
だが雅はやはり小さく溜め息を吐いては、物思いに耽っている様子だった。
──昼間、春からもらったマフィンを席で大事に大事にちみちみと食べ、……ダンス……、春はダンサーなのか。あの細い体で……、ダンス……。死ぬほど見てぇ……。だなんて内心悶々としていた雅の耳に不意に届いた、会話。
それは雅の席に近い女性客二人に春がコーヒーを運んできた所から始まった、雑談だった。
「お待たせしました」
「ありがと~! あっ、ねぇ春君、再来週のバレンタインデーの日、出勤してる?」
「バレンタインデーですか? はい。出勤ですよ」
「ほんと!? じゃあバレンタインチョコ持ってくるね!」
「えぇ~、嬉しいです! でもお気持ちだけ貰っておきますね! 気にかけてくださってありがとうございます」
「あ、また上手いこと言ってはぐらかそうとしてる。春君って、恋人本当に居ないの?」
「はぐらかすってなんですか~。ほんとに居ないですよ」
だなんて聞こえてきた会話に、ぴくりと肩を跳ねさせ聞き耳を立てた雅は、恋人は居ない。という春の嘘か本当か分からぬ言葉に、それでも愚かに一縷の望みを抱いてしまうしかなく。
「え~、じゃあどんな人がタイプなの?」
「タイプ、ですか? ……好きになった人がタイプです」
「そんな答え要らないから! 例えばほら、小柄な子とか、良く笑う子とか、好みの髪型とか、あるじゃん!」
「……え、うーん……、……髪型は、その人に似合ってればどんな髪型でも素敵ですし、体格や体型や性別に拘った事はないですけど、……そうですね、笑った顔が、可愛い人が、……好きです」
そうぽつりと呟いた春の言葉に、固唾を飲んでいた雅が堪らずバッと顔を上げれば、何故か春は雅を見ていて。
バチッと絡み合った視線に、二人が同時に息を飲む。
その瞬間、一瞬にしてジャズの音が耳から消え、春しかフォーカスが合っていないような錯覚に陥った雅だったが、しかし女性客が春に話しかけハッとしたよう視線を逸らした春を見て、雅もまたハッとしたように顔を俯かせた。
それでもひたすらに頭の中で、“性別に拘った事はない”という春が放ったフレーズが絶えず響き続け、雅はこれまで男性と付き合った事も惹かれた事もなかったが、自分の笑った顔が可愛いとは微塵も思わないがもしかしてまじで可能性があるんじゃ……。と悶々としてしまい、その後結局、せっかく春がくれたマフィンの味すらも分からないほど、一人謎にソワソワと落ち着かない時間を過ごしてしまったのだった。
──そんな出来事があった為、雅は未だにぼんやりとしており、果ては似合う髪型なら何でも素敵だと思うと言った春の言葉にも反応するよう、果たして俺にこの髪型は似合っているのだろうか。なんてくだらない事を、よりによってこの二人に聞いてしまう始末だった。
「……ねぇ雅さん、まじで変な物でも食べました?」
「雅さんが自分の髪を気にしてる所、初めて見たんですけど……」
だなんて、二人ともが雅を遠回しに馬鹿にし、少しだけ引いた目で見ている。
しかし慎一の言う通り、雅は今まで自身の髪型や色など気にした事はなく。
長くなったら切る。というくらいしか自身の髪の毛に興味がないので、そもそも今のド派手なプラチナブロンドにしたのだってこの二人のせいであり、ラッパーは派手でなんぼでしょう。なんて言ってきては無理やり拓真行きつけの美容室へと連れて行かれ、勝手にプラチナブロンドにさせられたのだ。
それを今さら、似合ってるのかこれ。と気にしている雅に拓真は突然ニヤリと笑い、ずずいっと雅へと近寄った。
「まさか雅さん、恋でもしてるんですか?」
「おい拓真、雅さんに限ってそんな事あるわけ……、え、なんですかその顔。嘘でしょ雅さん」
恋をしているのかと詰め寄る拓真に失礼極まりない事を慎一が言い出したが、しかし雅の顔を見ては言葉を詰まらせていて。
その無礼さにぎろりと慎一を睨んだ雅だったが、その真っ白な頬も耳の先も赤く色づいており、怖さなど一ミリもなく。
そんな雅の赤面した様子をこれまた初めて見た二人は、今にも落としそうなほど目を見開きながら、雅に更に詰め寄った。
「えっ!? まじですか雅さん!!」
「恋してるんですか雅さん!! 雅さんにも人間らしい感情があったんですね!!」
「……おい慎一、お前さっきから失礼すぎないか」
「そんな事より雅さん!! どんな子なんですか!?」
「どこで知り合ったんです!? ライブ会場ですか!?」
「うるさいって、同時に喋んな」
「「だって気になりますから!!」」
「そんな所だけ同い年の絆見せてくんなよ馬鹿」
今にも押し潰す勢いで両サイドからどういう事だと詰め寄ってくる拓真と慎一に、狭い熱い近寄るな。と、抱っこを嫌がる猫のようにグイグイとはね除けた雅が、いーっと歯を剥き出しにする。
「お前らには絶対教えねぇ」
「あははっ! 好きな子が居るってとこは否定しないんですね雅さん!」
「わー、本当に? 信じられない……」
だなんて慎一が、この雅さんが恋……。と驚愕している様子に、やっぱり失礼すぎるぞお前。と雅は青筋を立てつつ、くわっと口を開いた。
「お前らに話すとぜっっったい一緒に行くって言うだろ! だから絶対教えないからな!」
「ひどい! 当たり前に雅さんの好きな子を見たいに決まってるのに!」
「いや待て拓真、一緒に行くって言う事は、どこかの店の子なんじゃないか? でも俺達が良く行くライブハウスで雅さんが変な行動してるのなんて見たことないし、だとしたら違う場所の可能性が高いよな?」
「じゃあスーパーの店員さんとか? でも雅さん最近スーパーも行かないし」
「おい! 推理しようとすんな!」
「あっ! 雅さんって最近めっちゃ良いコーヒーの匂い良くさせてるよね!?」
「確かに! 前までは缶コーヒーで良いとか言ってたのに、最近は上質な豆の香りさせてるな拓真!」
「っ!!」
「「図星ですね雅さん!!」」
雅が分かりやすく息を飲んだのに気付き、またしても同い年の絆を発揮しては嬉々とした表情で声を揃える拓真と慎一。
そんな悪魔めいた笑みを浮かべている二人を引きつった顔で交互に見ながら、「……絶対に連れて行かねぇからな!!」 と雅は冷や汗を掻きつつ渾身の声で叫んだのだった。
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