俺妊娠したかもしれないから始まる話

もうの

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前編

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『俺、妊娠したかもしんない』

 そう聞いた俺が馬鹿だった。


「つよし~!」

 聞きなれた、甘ったるい声が遠くから聞こえてくる。俺はその声を無視して歩き始めた。

「もー剛、何で無視するの!」
「離せや、この変態」

 今は朝の8時30分。9時までに学校へ行かなければならないのだ。こんな変態に付き合う時間はない。
 なのにソイツは後ろから抱きついてくる。歩きにくいったらしょうがない。

「俺達幼なじみでしょ?それに恋人同士じゃないか」
「チッ」

 そう、俺こと武田剛は、こいつ…清水真一となぜかそんな仲になっている。
 真一は覚えてないほど小さい頃からの幼なじみだ。隣の家に住んでおり、俺達の部屋は向かい合わせになっている。だから、どこぞの漫画よろしく俺達は部屋を行き来して遊んでいた。

 関係が変わったのはいつのことだったか。
 確か中学の頃だったはずだ。その日はゲームで遊ぶために真一の部屋を訪れた。しかし、入ったとたんベッドに押し倒されてしまった。
 その時のアイツの顔をよく覚えている。目は血走っており、はあはあと荒い息を繰り返し、その口はニイッと嫌な笑い方をしていた。どこからどう見ても変態だった。
 そっから抵抗する間もなくあれよあれよと脱がされ触られ突っ込まれ。俺は童貞より先に処女を散らしてしまった。
 そりゃあ俺も怒ったさ。同意なんてなかったから。でもコイツが瞳を潤ませて好きなんだとか言うもんだから俺は絆されてしまった。
 昔からコイツの泣き顔に俺は弱い。そこに漬け込まれ、またあれよあれよと現在コイツの恋人という位置にいる。もうわけわかんねぇ。

 つか何で俺が下なんだ。真一の方がさらさらの黒髪を靡かせて、王子様だなんだと持て囃されているのに。
 逆に俺は美形でもなんでもない、むしろつり目でちょっと怖がられている普通の男子高校生だ。今も昔もサッカー部でゴールキーパーをしている。運動しやすいように髪型は短髪だし、筋肉だってそれなりある。こんな男を抱いて興奮するコイツがやっぱりおかしい。

 そして今、もっと謎な関係になっている。

「ね、俺達の子供どんな感じかなぁ?楽しみだね」
「だから!あれは違ったって言ってんだろ!!」

 だから腹をさするなそこには何もない!!
 しかし真一はさするのをやめない。俺は深い深いため息をついた。
 真一がこんなことを言う原因、それは俺にある。妊娠したかもしれないとコイツに相談してしまったからだ。

 ある日、俺は突然の吐き気に襲われた。それだけじゃなく、味の好みが変わったりお腹が膨らんだりする謎の症状が現れた。
 言ってしまえば、俺は多分、想像妊娠していたのだと思う。原因はきっと真一の執拗なセックスと言葉攻めの影響だ。
 インターネットで調べると、男でも想像妊娠することがあるらしい。最初は信じられなかったが、吐き気やお腹の膨らみなど症状が一致していることが分かり、やっと俺は想像妊娠していたということに気付いた。

 ただ、俺がコイツに妊娠したかもと言った事は本当に失敗した。
 そりゃ最初は身内に相談したさ。原因不明の症状を母ちゃんに相談したら妊娠したんじゃないのと笑って流された。けれど俺には心当たりがありすぎて冗談と流すことができず、それ以上母ちゃんに相談することができなかった。
 それで誰でもいいから相談相手をと思い真一に相談してしまったのだ。

 今となっては本当に失言だ。過去の俺の行動を悔やむが、言ってしまったことはどうしようもない。
 コイツは聞くなりそれを信じ、受け入れてしまった。それから俺がどれだけ想像妊娠だったと言っても聞く耳を持ちやしない。
 だからコイツが飽きるのを待っているのだが、全く飽きる様子は見られない。むしろ出産予定日を決めている。ふざけんな。

「十月十日…もうすぐだね」
「だから違うつってんだろ!!」

 もう俺に想像妊娠の症状は出ていない。だから何か生まれてくるかもなんて感覚は全くないのだけれど、日が経つごとに真一の目はギラついてきて。
 当日になると何されるのか、それが少しだけ怖かった。


「生徒会長!おはようございます!」
「ああ、おはよう」

 ぎゃあぎゃあ言い合っていたらいつの間にか学校に着いていたらしい。
 学校に着くなり、俺達は挨拶された。俺達じゃないな、真一にだ。コイツは変態だが、成績優秀なのでこの学校の生徒会長をしている。顔も良く優しいので人望だってあるらしい。変態だが。

「今日も朝からラブラブ登校かよー」
「そうだよ!いいでしょー?」
「茶化すんじゃねぇ!つかいい加減離れろ真一!!」

 そして俺達の関係は学校中にバレている。入学して一発目の自己紹介で真一がぶっかましたからだ。それから一気に噂は広まり、今では公認の仲になっている。真一の人身掌握術がすごいのか、それともこの学校の生徒達が寛容なのか。なんやかんや平和に過ごしているため、もう今は放っておいている。

 つか俺、いつも巻き込まれている気がするな。
 ため息をつきながら、靴箱の中へ靴を入れる。ちなみにクラスも真一と一緒だ。清水と武田だから出席番号も前後。これが11年続いている。ここまでくると俺は呪われているのかもしれない。
 また抱きつかれながらとぼとぼと歩いていると、突然声をかけられた。

「生徒会長!あのっ……今日のお昼にっ校舎裏まで来てくれませんか!?」

 そこにいたのは明るい色の髪の毛を一つくくりにした可愛らしい女の子。制服のリボンの色で一年生の後輩だと分かった。廊下の影では、友達だろう女子達がきゃあきゃあ騒いでいる。
 あー……これは、あれだな。
 俺はここにいてはいけないやつだ。だから、抱きついてくる真一を無理矢理ひっぺがして離れる。

「剛待ってよ!」

 待つわけないだろ。だってそれは告白するための約束を取りつけているんだから。
 とても可愛らしい少女だ。約束が取りつけられるか、ふるふると震えて言葉を待っている。それ以上見たくなくて、足早にその場を去った。

 彼女が望むのは真一の隣。その位置に、俺がいることが何故か申し訳なく思ってしまった。


「ごめんね、剛。俺用事あるから……」

 昼休み、真一は申し訳なさそうにしながら何処かへと向かった。多分、朝の女子の所だろう。
 昼はほぼ真一と食べるが、時たまに消える。その時は大体告白だ。別に女子みたく一緒に食べないと嫌だとは微塵も思ってないが、この時は少しモヤモヤとしてしまう。俺はこの感情に名前をつけられないでいた。

 校舎裏だから、この教室からも見えるかもしれない。
 覗くのは失礼かなと思ったが、やはり気になって教室の窓側に陣取り、その様子を観察する。しばらくすると、朝の女子と真一がやってきた。
 女の子が顔を真っ赤にして真一に何か言っている。それに、真一は答えて…そして。

「あ、泣いた……」

 遠くからでも分かるほど、彼女は肩を震わせ泣いていた。きっと、真一は彼女を振ったんだろう。
 その姿にツキリと心が痛くなる。別に自分が悪いわけではないのに、まるで針がチクチクと刺しているように痛む。

「どうしたよ、彼氏がどうなるか不安なのか?」
「そんなんじゃねーよ」

 なんともモヤモヤしたままその姿を見ていると、友人の原田から声をかけられた。
 原田は同じサッカー部で、一番仲良しな奴だ。チャラそうな見た目のわりに、さばさばとした性格が気に入っている。

「でも気になってんだろ。今から宣言してこいよ。俺の男だって」
「誰が言うかよ!んなこと!」

 ただ言いにくいこともバサッと言ってしまうから時々困る。多分コイツの中に配慮という文字はない。
 それに、俺が思っていた事はその反対のことだ。
 俺が感じた気持ちは――罪悪感。

「ただ、申し訳ないなって……」

 真一が告白される度、この場所は俺がいていい場所じゃないのではと思ってしまう。
 今は高校2年生の2学期。もうそろそろ将来のことも考えなければならない時期だ。
 いつまでも子供もままではいられない。青春時代の過ちは大人になる前に正さないと。
 そんな考えが、だんだんと俺の頭の中を占めていった。


*

 とうとう真一の中での出産日が今日に迫った。

 アイツはそれはそれは浮かれまくり、今日に至るまでずっとお腹を擦って「名前何にする?」とか聞いてきやがった。
 だから産めないつってんのに!

 今日の真一はずっと上機嫌だった。この帰りのHR中でも嬉しそうだ。右斜め前に座っている奴の顔がにやけて見える。今日、また俺はアイツとヤるんだろう。それを考えると思わずため息をついてしまった。
 いつまでこんな関係を続けるのだと、頭の中でもう一人の自分が問いかける。この不毛すぎる関係をいつまで。
 そろそろけじめをつけなければならない。そう思った時、先生に名前を呼ばれた。

「清水、武田。今日二者面談だから残っとけよ」

 うわ、今日だったのか。しまった、まだ進路を書いていない。
 机の奥でぐちゃぐちゃになっている進路調査書を取り出す。二者面談は今後の進路を話し合う為のものだ。
 俺は一応大学進学で考えているのだが、志望校を決めきれずにいる。
 その原因は真一だ。アイツは中学の時、俺と同じ学校に行きたいからという理由でこの高校に入学した。アイツの頭だったらもっと上のレベルを目指せたのに。
 今回もその二の舞になってしまうのでは、と思うと学校名を書けずにいる。
 俺のせいでアイツの可能性を消してしまうことなんて、もうしてほしくなかったから。

 HRが終わり、クラスメイトは帰ったり部活に向かったりと行動を始めた。俺はその場に残り、先生と共に進路指導室へと向かう真一を見送る。
 アイツは進路をどこにしているのか。聞きたかったけれど、聞くことはできなかった。


 しばらくして真一が戻ってきた。その顔はにこやかで、どんな事言ったのかさっぱり読めない。

「剛、今日も部活でしょ?」
「ああ、終わったら行く」
「じゃあ俺残っとくね。今日は生徒会ないからさ、途中まで一緒に帰ろう?」
「……分かったよ」

 軽く会話して、進路指導室へと向かう。
 ここで、進路をどうしたのか聞いておけばよかった。いや、それより前に進路のことについてちゃんと話し合っておけばよかった。
 そうしたら、ここまで大きなショックは受けなかったのに。


 進路指導室に戻ると先生は険しい顔をしていた。
 挨拶して先生の前の席に座る。すると、先生は開口一番に真一のことについて話し出した。

「清水のことなんだがな……」
「……どうしました?」
「お前と同じ学校に行くといって聞かないんだ」
「っ!」

 頭を殴られたような気分だった。また同じだ。中学と同じことを繰り返している。

「お前らの仲は知っているが…けれど、大学は高校の比ではないぐらい将来に関係してくる。清水はどこにでも行ける学力があるんだ。先生はな、目の前の大きな可能性を潰してほしくと思っている」
「……それは」
「きつい言い方するかもしれないが、武田が清水を縛っているような気がするんだ。きっと清水は武田の言うことしか聞かないだろう。だから武田、どうか清水を説得してくれないか?」

 先生が言ったことは俺がずっと思っていたことで。まるで俺がずっと悩んでいたことの答えを示されたようだった。
 この関係はもう終わらせないと。
 膝の上で拳を握り、俺は覚悟を決める。

 俺の進路のことなんて、相談出来なかった。


 教室に帰ると、真一が待っていた。いつもより嬉しそうに、ニコニコと笑っている。その笑顔に上手く笑い返すことができない。なるべく目を合わさず、教室から離れた。
 相変わらず、真一は勝手に喋り続けている。適当に相槌しながら、俺は深呼吸をして自分を落ち着かせた。

 部活棟と校門への分かれ道に差し掛かった時、俺は勇気を振り絞って、切り出した。

「なあ真一」
「ん、なあに?」
「別れよう」

 二人の時が止まる。
 真一はこれ以上ないほど目を見開いていた。

「……は?な、なんで、ねぇ?どういうこと?」
「別れたいんだ。……普通の友達に戻ろう」

 肩を掴んで、ガクガクと揺らされる。その目には涙が溜まっていた。その涙を見て、今のは嘘だと撤回しそうになる。
 でも、駄目だ。これは真一の為なんだ。
 だから、顔に触れようと伸びてきた手を振り払った。パァンと大きな音が鳴る。完全に拒否する仕草に、真一はもっと顔を歪めた。
 ああくそ、心が痛い。でも駄目だ、駄目だ。ここで絆されたりしたらいけない。もう終わらせるんだ。
 これ以上この場にいたくなくて、急いで部室へと向かう。追い付かれないように、全力で走った。

「俺っ……別れないから!!」

 遠くから聞こえる、叫び声。心が張り裂けそうに痛かった。


 部室に入り、崩れ落ちる。部室にはまだ原田がいた。原田はびっくりした顔で俺を見ている。
 なんだよお前、なんで部活に行ってないんだよ。

「おいおい、どうしたんだよ!?そんな泣きそうな顔しやがって!」
「……別れた」
「は?」
「真一と別れた」
「ええっ!?」

 それを聞いたとたん、原田は大げさなリアクションをとったあと、おろおろと焦った表情をしている。
 なんでお前がそんな驚く必要がある?

「お前それはやべぇよ!そんなことしたらどんなことになるかっ……!」
「アイツの変態度は俺が一番知ってる」
「いや、お前は気づいてない!生徒会長がお前を見る目マジやべーんだって!!取り消した方がいいって!な!?」
「別れるつってんだよ!!」

 なんで原田に諭されなきゃいけないんだ。それに、もう決めたんだ。別れることは取り消さない。真一の為には、これが一番いいんだ。
 原田は未だに説得してくる。それが鬱陶しかったので素早く着替え、部室から出た。

 回りを見渡しても、真一はいなかった。きっとおとなしく家に帰ったのだろう。
 いいんだ、これで。普通の友達に戻るんだから。
 俺はずきずき痛む心を抑えて、部活に打ち込んだ。
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