異世界に降り立った超人──アーヴィンの章

チリノ

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第四章

蘇った保安官その二

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「そうだ、尿斑のことを忘れていたなっ」
アーヴィンの言葉に失禁痕跡の事を思い出した年配の男性保安官は、思わず自分の膝をパシッと叩いた。

その場で首を吊って死んだ場合、その真下には尿溜りができる。

これは自殺者や被害者が首を絞められて、意識を失うことで外尿道括約筋が弛緩し、失禁するためだ。

早速ふたりの保安官が死体の吊るされていた位置の真下を調べる。
しかし、どこにも失禁の跡が見られなかった。

「無いわね。となると死体をこの場所まで移動させてから、吊ったってことになるわ」

「それに溢血点はどうなってるんだ?」
アーヴィンはふたりの保安官に声をかけた。
「溢血点?」
男がアーヴィンに聞き返す。

「ああ、首をくくって死んだ奴の身体が、地面につかずにぶら下がってるなら、
体重で頸動脈が閉じるから血の流れが止まるんだ。

逆に絞殺なんかだと頸動脈を圧迫する力が足りずに頭に流れた血が溢血点を作る」

そう言うとアーヴィンは手荷物を地面に下ろし、横たわる亡骸に近づいた。
その行動にふたりの保安官は制止する事することなく、黙って見ていた。
アーヴィンが遺体の瞼を捲くりあげる。

すると瞼の裏側には、針で刺したような小さな赤い点々がついていた。
「これが溢血点さ」
アーヴィンが示した。

「あんた、俺達の同業か、それとも都かどっかの捜査官かい?とても素人には見えないが」
「その真似事ならしていたことがあるがね。それで手伝ってる内に勝手に覚えたんだ」

「なるほどな。魔術師の召使いは習わぬ呪文を唱えるって奴か」
アーヴィンは男の言葉に頷いてみせた。
「まあ、そんなとこだね。それよりも誰か不審者を見た奴はいないのか?」

「死体をここまで運んだ奴のことか。そうだな、すぐに目撃者を探さんと」
そういうと保安官が手先に指示し、野次馬や近くの人間に不審者を見た者がいないか聞き込んで来いと命じる。

保安官に命じられた手先の何人かが、野次馬や通行人達に早速聞き込みを始めた。

「俺が通りかかった時に馬鹿でかい酒樽を運んでる男を見かけたよ。人が入るのには充分な大きさだった」

「犯人は樽か何かに死体を隠して、ここまで運んできて首吊りに見せかけたってことか。
だが、それだと目立ちすぎやしないか」

アーヴィンがモンキーパイプを咥えると、詰めたハーブに火をつけた。

「あるいは犯人はそれが狙いかもな。誰かに樽を運ぶ仕事をさせて、そこに人々の注意を向ける。
樽を目撃した人間が無意識でも印象に残っていれば、聞き込みを受けた時にそのことを思い出すかもしれない。
樽の話を目撃者が、すればするほど、徐々に不審者が酒樽を運ぶ男に見えてくる。
それで酒樽を運んでいた男達に目を向けさせている間に犯人は街から逃げるかもしれないな」

「なるほどね。一理あるわ。でも、それじゃあ、犯人はどうやって遺体を隠して運んだのかしら?」
女保安官が尋ねる。

アーヴィンはハーブを喫いながら
「案外犯人は死体なんか運ばずに、ここらの近場で殺してから首吊りに見せかけたのかもな」
と答えた。

「死体は重いからな。一般人なら道具も無しだと運ぶのに手間取るはずだ。それに隠すものが無ければ、ばれるだろうしな。
とは言っても、本当の所は俺にもわからんよ。全てはただの憶測だからな。
近くを探って何も見つからなければ、犯人は本当に樽か何かで死体をここまで運んできたのかもしれないしな。
それに少しでも目端の利く奴なら、失禁痕くらいは偽造するだろうし」

そういってアーヴィンが肩をすくめてみせる。
そんなアーヴィンのおどけたような仕草に女保安官がクスリと笑った。

「なあ、あんた、もし、フリーだっていうなら、どうだい。俺からこの街の保安官に推薦するぞ。今、欠員が出てるもんでね。
最初に簡単な試験を受けてもらわんといけないが、何、形式的なもんだ。それに合格すればすぐにでも見習いを飛び越えて、
正式な保安官になれるぞ。あんたなら良い保安官になれそうだ」

「そうだなあ、考えておくよ。さてと、俺はそろそろ戻らないといけないんでね。
それじゃあ、失礼するよ、保安官殿」

そう言ってからアーヴィンはその場を立ち去った。



それから間もなくして首吊り自殺に見せかけた殺しの犯人が捕まったという。
ちなみに犯人は酒樽に死体を隠して運んでいたそうだ。

そうなるとアーヴィンの予想は外れたことになるが、下手人逮捕の決め手になったのは、近場の捜索にあった。
首吊り現場の周りを調査し、何も出ては来なかったので、次は街中にある酒樽のほうに当たったのだ。

そうして調べていく内に縁側に人間の髪の毛や体液のついた酒樽が発見された。
そこからあっさりと下手人がお縄になったというわけだ。
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