ゴブリンニンジャ大活躍

チリノ

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ゴブリンと呼吸法

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 11

 「魚、魚はいらんかねえ、今日獲ったばかりの活きの良いばかりだよ。

 おいしい燻製のシャケに塩漬けニシンもあるよ」
  
 「こちら鋳掛屋、鍋釜の修理いたしやしょう、鋳掛屋、鋳掛屋でござい」

 街路は行き交う物売り達の掛け声に溢れていた。昼間の街は雑多な活気に満ちている。

 行商人同士で客の取り合いをし、取っ組み合いの喧嘩がはじまれば、こぞって見物人が集まってはやし立てた。

 それを遠巻きに眺めながら、

 ひさしの影に商品の野菜や果物をせっせと並べる八百屋の丁稚。

 横を向けば、どんなものでも値切ろうとする、裏店のかみさん達が雁首を並べている。

 野良犬が魚の切り身を咥えた野良猫を追い掛け回し、街は雑然としていた。

 マイヤーとリズは当面の食料の買出しを済ませると、一旦、廃寺院へと足を向けた。

 12

 あれからリズは、マイヤーに必死で弟子入りを志願した。

 そんなマイヤーは別にかまわねえぞと二つ返事で了承した。

 マイヤーからすれば、リズの申し出はむしろ、渡りに船だった。

 酒飲みの話相手ができたからだ。

 一人酒も悪くはないが、やはり酒を飲み交わしながら喋れる相手も欲しい。

 ゴブリンだって時には、人並みに寂しさを感じてしまうのだ。

 「そんじゃあ、まずは行気と調気の胎息(呼吸法)を覚えろ。これが全ての基礎になるんだからな」

 そういうと、口を開き、舌先を上前歯の肉に押し当てるのをリズに見せてから、

 マイヤーが鼻から息を吸い、腹部をへこませ、

 ゆっくりと口から息を吐き、腹部を膨らませてみせる。

 マイヤーがリズにやってみせたのは、初歩の丹田呼吸法だ。

 そして、舌の先を上の前歯につけたのは、陰陽五行説の言う「火」の道を作るためである。

 「いいか、まずはこの呼吸法からやってみろ。慣れてきたら徐々に他のも教えてやるぜ」

 「わかりました」

 言われた通りにリズがマイヤーの真似をする。見よう見まねだが、中々上手い。

 「飲み込みがはええじゃねえか。その調子で頑張りな」

 褒められて嬉しかったのか、リズは「はいっ」と素直に返事をした。

 それから再び、目を閉じて呼吸へと集中する。
 
 『長き谷より幽き(くらき)郷(さと)へと(気)は郊(さと)や邑(まち)を巡る』

 これは道教の教典である『黄庭経(こうていぎょう)』に記された言葉だ。

 長き谷は鼻、幽き郷とは腎臓、郊は五臓、邑は六腑、そして、気とは空気の事を指す。

 そして下腹にある気海丹田(きかいたんでん)にこの気を導くのだ。
 
 かつての道教の道士達は、この気を導くことによって、病魔を追い出し、肉体を癒し、その身を養ったのである。

 それから二刻(四時間)近くの間、二人は黙々と呼吸法の訓練を行った。
 
 13

 「淫執鬼が倒されたか。それにしても淫執鬼を倒したというという、そのゴブリン、一体何者か」

 ウエストは再び、使い魔のカラスに尋ねた。

 「わかりません。しかし、不思議な魔術を使うゴブリンでした。それにこちらの気配にも気づいていた様子で」

 「となると、そのゴブリン、よほどの使い手と見えるな。あの淫執鬼自体は所詮、

 外法に飲み込まれただけの出来の悪い実験体でしかないが、それでもわしの作品を始末したその者、興味があるわ。

 カラスよ、そのゴブリンの動向を探っておけ」

 「わかりました」

 ウエストに命じられ、使い魔が室内から飛び出していく。

 「出来ればそのゴブリン、是非ともわしの実験体として欲しいところよ」

 妖気がこもる実験室の薄暗い闇の中で、ウエストは唇を歪ませて微笑んだ。それは、あまりにも冷ややかな笑みだった。

 壁に描かれた魔法陣を見やり、ウエストが人間のミイラで出来た椅子に腰を下ろす。

 実験室には無数の人骨が転がり、天井から伸びた鉤爪には、得体の知れぬモンスターの肉塊が吊るされていた。

 腐敗した血肉の臭気が、床から立ちのぼってくる。

 実験室の真下にある地下牢からは、実験体として監禁されている囚人達の呪詛と苦痛の呻き声が響き渡る。

 呪われろっ、呪われろっ、ウエストっ、ああ、苦しいっ、誰か助けてくれっ、

 痛いっ、痛いっ、地獄へ落ちろっ、ウエストっ!

 だが、ウエストは囚人達の怨嗟など、痛痒ほどにも感じる素振りを見せない。

 腐った黒色の肉片をこびりつかせた赤ん坊の髑髏を、処女の骨と皮で作り上げたテーブルの上から持ち上げ、

 ウエストは微笑みを浮かべながら、愛しそうに赤子の頭蓋を撫でた。

 14

 領主の娘──ロレインの警護は正直、喋ることが仕事のようなものだった。

 ロレインを退屈させぬように、次から次へとホラ話を面白おかしく話し続ける事。

 それが今のマイヤーの仕事だ。

 「とある酒場の前に十人ばかりの盲(めしい)が物乞いをしていると、男が偶然、酒場の前を通りかかりやした。

 で、この男がちょっとイタズラ心を起こしやしてね。

 盲のひとり、ひとりに他の仲間に金をたっぷり恵んだから好きなだけ酒を飲むといいと嘘をついたわけで。

 そりゃ、もう盲達は大喜びで我先にと酒場に駆け込んで大酒をかっ食らいはじめましてね。

 で、支払いの段になってから盲達が誰が金を受け取ったかと揉めはじめた」

 「へえ、それでどうなったの?」

 「どうなったもこうなったも、お前が金を受け取って隠したんだな、いや、お前こそ貰った金が惜しくて払いを渋ってるんだろうってな具合で、

  そのまま取っ組み合いの喧嘩になったわけですよ。おまけに相手は目が見えねえから、関係ない客にまで手を上げる始末だ。

  酒場は滅茶苦茶、最後は怒った客達と酒場の店主に川の中へ一人ずつ、ドボンと放り投げられていったそうで」

 その話にロレインがクスクスと楽しげに笑ってみせた。

 「面白いわねえ。他にも何かないの?」

 「それじゃあ、もう一つ、これはあっしがある男から聞いた話なんですがね……」

 と、始終こんな具合で、護衛の役目などそっちのけだった。

 普段は寝室に閉じこもっていて、こうしてマイヤーの話に耳を傾けるのが、ロレインの退屈しのぎになっていた。

 ごくたまに気晴らしに街へと出ることがあったが、それだけだ。

 欲しい宝石やドレス、香水等があれば、出入りの商人が持ってきてくれるので、わざわざ店にまで足を運ぶ必要もない。

 だから、ロレインの日課といえば、流行りのロマンティックな恋物語を読んだり、

 ダンスや作法の稽古事を習ったり、美容と健康のために下剤を飲んだり、浣腸をする事くらいだった。

 ロレインは昼に浣腸をし、夜になると下剤を服用していた。

 下剤と浣腸による美容法は、貴族の御息女やうら若き貴婦人の間で大変に流行っていた。

 かつて、フランスと言う国のロココと呼ばれた時代にも、貴族や王族などの身分の高い婦人達の間で、

 浣腸が大流行し、その絵画も多数制作されたという。マイヤーは思った。歴史は繰り返すのだと。

 ちなみにロレインは、ガーネットに月の細工模様を施した職人手作りの浣腸器を愛用しており、

 年老いた侍女に剥き出しの臀部を向けて、毎日、浣腸を施させている。

 使用するオマルは純銀製で、それにいつも用を足していた。

 マイヤーの目前でも、これらの行為は平然と行われた。ロレインはマイヤーの視線を気にしてはいなかった。

 浣腸は立派な医療行為でもあり、健康維持には欠かせないという考えがあったからだろう。

 そんなロレインは外見はスレンダーだが、結構な量をする。

 ただ、色合いは健康的で、臭気はそれほどきつくはない。

 マイヤーはそんなロレインに対し、痩せの大食いなのかねえという感想を抱いた。
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