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第一章 王国、離縁篇
10.護衛騎士マルコの、災難な1日
バタバタと廊下を走る音が聞こえたかと思えば、先程リリアーナを護衛しにいったはずのマルコが勢いよく執務室のドアをあけて入ってくる。
廊下を駆ける音からも明らかに緊急の要件であることが分かったためクリストファーもアレクセイも彼に注意をしなかったのだ。
彼の騎士服は汗で濡れ肌に張り付いており、急いで此処まで走ってきたのだろう事は一目瞭然だった。
アレクセイは彼のただならぬ様子に、嫌な予感がして背筋を伸ばした。
そしてその嫌な予感は的中する事になる······
「リリアーナ様とルリナ嬢が遭遇!揉め事となりルリナ嬢が負傷しました!!間に合わず誠に申し訳ありませんっ!!!!」
マルコはクリストファーとアレクセイの前まで走り寄り、綺麗に直立すると頭を思い切り下げながら、そう言葉を発した。
「ルリナが!!?」
「!!!」
クリストファーは早くも動揺から手に持っていた筆を落とし、顔面蒼白で愕然としている。
反対にアレクセイは落ち着いた様子で静かに立ち上がると、状況確認をし始めた。
「マルコ、詳しく話してくれないか?」
「っ、ルリナの容態は?! いま何処にいるんだ!」
やっと事態の把握をし終わったらしいクリストファーの脳が、今度は警笛を鳴らしているようだ。ガタンッと音を立てて椅子から立ち上がりマルコに詰め寄る。
「クリス! 落ち着け! まずはマルコに状況説明を! 「煩いぞ、アレクセイ! マルコも忘れるな! お前が誰に仕えてるのかを!」
胸倉を掴まれ、揺さぶられたマルコは魂の抜けきったような顔で一瞬アレクセイを見たが、直ぐにクリストファーに目線を移した。
「··········ルリナ嬢は、側を通りかかった騎士団の奴らに頼んで至急医務室に運んでもらいました。今頃は、医務室で医師による診察と手当をしているかと思います·····」
マルコの言うことを最後まで聞かずに、クリストファーは掴んでいた手で彼を押し退けると執務室を飛び出していった。
アレクセイは重い溜息をつく。王太子であるクリストファーがこうなってしまっては駄目なのに。
彼は仕方なく宰相見習いとしての仮面を必死で被った。そしてその使命感で口調を変える。
自分がしっかりしなくては。クリストファーを補佐していくために。王国のためにも、と自分を奮い立たせる。
「······はぁ。本当に困ったものですね」
「いや、俺がもう少し早く着いていれば、」
『本当に申し訳なかった』とマルコは続けて頭を下げた。
「いえ、マルコの所為ではないですよ。とりあえず、一度状況の詳細を説明してもらえます?」
マルコは、駆けつけた時に目にした事から順にゆっくりとアレクセイに状況を説明する。
説明している間アレクセイは手を顎に当てて、何かを考え込んでいた。
「マルコが駆けつけた時には二人は取っ組み合いをしていて、その直後にルリナ嬢は腕を負傷したようだ、と?
そして負傷した彼女を近くにいた騎士たちに頼み医務室に連れて行かせ······リリアーナ様を部屋まで送ってから、直ぐに此処まで戻ってきてくれた。という事ですよね?
無駄のない動き、流石です。有り難うございます」
「いや、間に合わなかったのは事実だし······」
「それはもう仕方のないことですよ。ちなみに、この件、第一発見者の貴方からみてどのように見えました?」
「え? ど、どのように、って?」
「最初に現場に駆けつけた貴方から見て、本当に、リリアーナ様がルリナ嬢を斬りつけたと思いました?」
「······え?」
「いや、私の推察ではね、リリアーナ様が彼女に嵌められたんじゃないか、と考えているんです」
その瞬間マルコは息を呑んだ。
そしてつい先程みた惨状を思い返し、記憶を辿るようにポツリポツリと言葉を紡ぐ。
「でも、まあ、確かに·······。
俺が駆けつけた時、俺からはルリナ嬢の顔だけが見えたんだ。リリアーナ様は後ろ姿しか見えなかった。
それで、リリアーナ様はまるで操り人形みたいに片手を軸に、ゆらゆらと身体だけ揺れていたように見えた。 騎士として見るならば、あんな態勢では相手を斬りつけられないだろう、とは思うな。
それに、最初にルリナ嬢と一瞬目が合った、気がした······かも?」
彼の言葉を黙って聞いていたアレクセイは静かに頷いた。
「そうですか·····。ではきっとマルコが駆けつけたのがルリナ嬢には見えていて分かっていたのですね。
だからルリナ嬢がリリアーナ様の手か腕をわざと掴んで、二人で揉めているように見せてから、自分で斬りつけた······そんなところでしょうね?
これは彼女の、自作自演なのだろうと思います」
アレクセイは再び長椅子に腰掛けると蟀谷を抑える。
「そうだ。マルコ、この件は他言無用で頼みますよ?
あぁ、それと······、リリアーナ様、"離縁"とか仰っていたりしました?」
その質問に、マルコは先程まで一緒にいたリリアーナを思い出した。
「いや、そんな事は言ってなかった。でも、いや、待てよ········。
ルリナ嬢が医務室に連れて行かれた後、『王太子妃を辞して責任を取らなくては』とかなんとかって言っていたような········?」
「なるほど、それは少し不味いですね。ちなみにその時、周辺に人は?」
「それは······王城の中心にある庭園だったし、ルリナ嬢が負傷して助けを求めた時だから······人が集まってきて·······」
アレクセイはマルコが答える間、終始苦虫を噛み潰したような表情をしていた。
マルコにははっきりとした理由は分からなかったが、人が多くいたという所に何か不味い理由があったのだろうと漠然と予想をたてる。
「本当に、リリアーナ様はこんな状況をも使おうとしてくるのですね。全く、気が抜けません。
これでクリストファー殿下が何も仕出かさなければいいのですが······。
まあ、そうはいかないでしょうね、」
一先ず、リリアーナのお見舞いという名の機嫌伺いと、医務室の医師ファルスからルリナの負傷の程度を聴取、その後にルリナの見舞いをしよう。
アレクセイは頭の中でこれからの計画を立てながら席を立って、マルコに視線を向けた。
「ほら、マルコ、貴方も一緒に来てください?一先ず最初はリリアーナ様のご機嫌取りに行きますよ」
マルコはこの時、瞬時に今日の残業を覚悟した。
何故こんな大変な事に自分が巻き込まれる羽目になってしまったのだろうか。
どんなに嘆いても、この時のマルコにはどうしようも出来なかっただろう。
これから起こるさらなる災難の事など、まだ誰も知らなかったのだから。
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