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第一章 王国、離縁篇
20.舞踏会(離縁)まで4日 - アレクセイの憂鬱は、殿下には届かない -
王国の全土から貴族が集まる舞踏会まで四日と迫り、準備に終われて忙しいこの日。
レベロン王国執務室には、朝からアレクセイの怒号が響いた。
「これは、どういう事なんだ、いったい! クソッ! この忙しい時にっ!!!」
怒りに身を任せ、彼は悪態をつきながら先程、宰相の父から手にした手紙をバンッと机に叩きつける。
アレクセイの怒号を聞くのはこれで何度目か、とクリストファーは目を閉じた。
───────時は少し遡り、クリストファーがルリナと致してしまった日。
彼らの情事の跡が色濃く残る個室を出てきた次期宰相アレクセイは執務室で荒れていた。
あの、冷静沈着で有名な彼が、である。
王太子であるクリストファーに対して、悪態をつき不満を述べるなど、普通であれば不敬。だが、それよりも状況は最悪だった。
クリストファーは、再三に渡りアレクセイやファルスから注意を促されていたのにも関わらず、ルリナが使っていた騎士用の個室休憩室に入り密室で面会。
それだけに留まらず、彼女と交わい、子種を注ぎ込むという失態を犯したわけだ。
クリストファーがいくら心から愛していないとはいえ、彼には王太子妃がいる。今後、この国の貴族達に広まった場合は醜聞となるであろう事は容易に想像できた。
いや、もしかしたらもう既に遅いのかもしれないが······。
王太子妃は、婚姻成立後二日という早さで他の令嬢に王太子を寝取られた、と蔑視されるだろう。ルリナが王太子に寵愛され子を成す可能性もゼロではない今、形成逆転もありえるのだから。
だが、当事者であるクリストファーにとっては、これは何ら悪くない展開だった。リリアーナと離縁し、ルリナを正妃とすれば良い話だと、本気でそう思っていたからだ。ただ、その楽観的に思い描いていた理想は少し違ったらしい。
あの個室の事後、クリストファー専属護衛であるマルコはアレクセイの指示通り休憩室の部屋を隅々まで調査した。
そこで、机に置かれた白薔薇に媚薬が付けられていた可能性が高いことがわかったのだ。物的証拠こそ得られ無かったが、微量の香りを発する気化性の媚薬が塗られていたような形跡があった様だった。
自分が浮かれていたとはいえ、後先考えずに行為に及ぶという早計な判断をしてしまった理由は媚薬によるものだったわけだ。とクリストファーは納得する。
そしてもう一つ。
ルリナは処女ではなかった。ファルスや神殿の神官達が確認しているので間違いないのだろう。ただ、今回に限ってはルリナが王太子の子を成している可能性も高いことから、処女か否かは不問となっているようだった。
これについては今後判断するようだったが、クリストファー個人としては最終的には自分が権力で揉み消しても良いとまで思っていた。
そう、それほどまでにクリストファーはルリナに骨抜きにされていたのだ。
あの日、想いを通じ合わせてからというもの、クリストファーの心は常に彼女が占めていた。彼女の期待全てに全力で答えたいと決心するほどには。
そんな事があり、あの日以来、情報漏洩のためルリナは王城の何処かにて軟禁され、クリストファーは執務室と私室の往復を約一週間も繰り返している。
無論、ルリナには全く会えていない。
──────そして話は冒頭に戻る。
アレクセイが机に叩きつけた手紙をクリストファーは徐ろに手に取った。
「何事なんだよ、アレクセイ。らしくないぞ」
「ク、ソっ! くそぉ!」
「おい、アレク。落ち着けよ。なんだってそんなに······って、こ、これ······ルドアニア皇国の紋章か!?」
手紙に押された、皇国の国印を見てクリストファーは息を呑む。
「······あぁ。ルドアニア皇国のヴィクトール陛下が、今回の舞踏会に急遽出席されると」
ガシガシと髪を掻きむしり、頭を抱えるようにしてアレクセイは項垂れた。
「いまきたのか?! それは······あまりにも急だぞ? 」
「手紙に記載された日付は五日前だ。伝書鳩で送ってきたんだよ!」
「?それがなんだ?伝書鳩はどの国でも使うだろ」
「魔法が使えるのに! だ!」
「········? というと?」
「皇国皇帝、ヴィクトール陛下の魔力量はこの近隣諸国あわせても類をみない。正真正銘世界一だ。
皇国(あそこ)から、王国(こちら)に魔法で瞬時に送ることなんて大した事ではないんだよ。
······っ、なのにっ、鳥なんかで五日もかけて送ってきやがってっ! 到着するのは······明後日だ」
"明後日にはヴィクトール皇帝陛下一行が来国する"
というあまりに衝撃的な事実に、アレクセイは再び頭を抱える。
手紙には、ルドアニア皇国の皇帝陛下が直々に祝いたいとの旨が書かれていたが、それは単に表向きだろう。それだけでは終わらないこと、容易に想像ができる。
「これは下手したら、足元を掬われるかもしれない。むしろ、この状況を既に知っていて、掬いにきている可能性すらあるな」
この絶妙なタイミングでの訪問はどう考えても不自然だ。かといって、楽観的なクリストファーはあまり問題視はしないだろう。
「はあ······、」
今後の忙しさを思って零れた彼の大きな溜め息は執務室に響き渡り、そして儚く消えていった。
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