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第一章 王国、離縁篇
24.舞踏会(離縁)まで3日 -リリアーナ、恋を自覚する-
“ふぁーっ”と朝から大きな欠伸をしたリリアーナを見て、ラナーはクスッと笑った。
「昨夜はよく眠れませんでしたか?」
「うん。そうね。少し考え事をしすぎたみたい、」
「あらあら。今日はせっかくのルドルフ様との最後のデートではないですか」
「ラナー、デートなんかじゃないわ!」
はぁ、ともう何度目かになる溜め息をつく。
まだ一日は始まったばかりだというのに。
そう。今日は城下町散策のできる最後の日であり、護衛をお願いしている冒険者“ルドルフ”と会うのもこれで最後となるのだ。明日からは王城で舞踏会の最終準備に入る予定となっている。
もうあと三日もすれば、運が良ければ平民となり国外追放になる。遂にここまで来たのだから後戻りはできない。
────────自由になりたい
確かに心の底からそう願っている。けれど、奪爵され平民となったら、貴族であるだろう彼とは釣り合いがとれず一緒にいる事はできないだろう。
特にこの世界は爵位と魔法の能力に厳しい様だし。
まあ、現時点の肩書である元公爵家ご令嬢の現王太子妃として彼に出会っていたとしても、一緒にいることはできないだろうが。
どちらにせよ、肩書は足枷ね。
そこまで考えてリリアーナはあまりの衝撃に目を見開いて動きを止めた。
────── 何故、私がそんなことを気にする必要があるのかしら?
何故、ルドルフ様と釣り合いがとれるか、なんて気にするの? 彼はただの護衛を引き受けてくれた冒険者だというのに。彼に好きと言われたわけでもなければ、恋人でもない。
グサリ、と鋭い痛みが胸に走り、苦しくて脱力しそうになる。
「っ·········」
彼が自分に雇われただけの臨時の護衛である、という事実が彼女自身を苦しめていた。
「·····はぁ、」
「大丈夫ですか? リリアーナ様。そんなに悲壮感を漂わせてはせっかくの美しさが台無しですよ。
あっ、そういえば。最近の王都の若い女性達の間では、親密な方にアクセサリーという装飾品を贈るのが流行っているようですよ? ロマンチックですよね。瞳や髪の色を宝石に選ぶんですって······」
「え? ちょっと。それは恋人同士、ではないの?」
「さあ? でも、良いのではないですか? お世話になったお礼として装飾品を渡すくらい」
「········ルドルフ様が、嫌ではないかしら?」
「それはルドルフ様に聞かれたら如何ですか?」
消え入るような、不安に塗れた声を出すリリアーナに近寄ったラナーはそっとその手を握りしめた。
彼女の不安が、少しでも無くなるように願って。
◆
「リリア嬢、今日はどこに?」
「····っ、そうね·····。レ······ル、ドルフさま?」
心ここにあらず、といった様子のリリアーナを見てルドルフ(に扮したヴィクトール)は頬を緩めた。
「ふっ」
「っ! (いま、笑ったの? あの、いつも表情の抜け落ちたようなルドルフ様が?)ご、ごめんなさ····「良い。好きな呼び方で呼んでくれ」
「れ······レイ、さま。今日はお礼がしたくて」
「礼は要らないと言ったはずだが?」
「いえ、そういうわけにはいきません。私が貴方に護衛をお願いしてしまったのですから。それで、もし、その、よろしければ······あ、アクセサリーと呼ばれる物がいま王都では流行っているようで、して、その······」
リリアーナは自分の顔が熱を持ち、真っ赤に染まっていくのを感じた。頭の中まで沸騰しそうになり急いで俯く。ちらっと隣に立つルドルフの表情を盗み見れば、彼は特に気にしていない様子だ。
「? 装身具のことか? (冒険者といったから、装備のお礼をしたいのだろうか)」
「·········まあ、そう、ですね」
あまりに焦れったく、話の噛み合っていない状況に痺れを切らしたラナーは、二人を店へと誘導する。
そうして到着した場所は都民街一番の評判を誇る最新の“アクセサリーショップ”だった。
木で統一された温かみのある店内には、綺麗に並べられた石や装飾品が、所狭しと並んでいる。
「ここ、か? (ちょっと待て。武器屋ではないのか?アクセサリー、とは?)なるほど?(全く分からん)」
「あ、その! 別に私の色を身に纏ってほしいとかレイ様とお揃いのアクセサリーがほしいとかそうゆうのではないので! お礼として! ですっ!」
店を見て何かを考え込んでいる彼をみて、リリアーナは途端に恥ずかしくなった。そして、恥ずかしさを隠すように息の続く限りの言葉を吐き出すと二人を置いて足早に店内へと足を踏み入れる。
そのため自分の後ろで、ラナーが彼にこの状況の詳細を説明していたとは、知る由もなかったのだ。
「うわぁ、凄い! とても素敵! ラナー、流石ね」
リリアーナは店内に並べられた指輪やネックレス、腕輪等、様々な種類や形の装飾品と、それに合わせるための多彩な石を見て声をあげた。
そこに先程までの鬱々とした表情は見られない。
やはり、年頃の女の子なのだ。良かった、とラナーが胸を撫で下ろした時だった。
「そうだわ! レイ様はどちらが良いでしょう? 指輪は、·····っ!」
リリアーナは振り返り彼の手を見て言葉を失う。
「リリアーナ様、大丈夫ですか?」
ラナーが異変に気付き、近くまで来て耳打ちをして漸くリリアーナは我に返った。
「·····っ、」
「どうした?」
その声に顔をあげれば、少し心配そうに自分を覗き込んでいたルドルフと目があう。
「い、いえ! 私ったら、ぼーっとして」
「体調が悪いのか? 顔色が悪いぞ、」
むしろ、今までどうして気付かなかったのだろう。······彼の薬指に指輪が嵌っていることに。
リリアーナは頭から冷水を浴びせられたように、思考がクリアになっていくのを感じた。
「いえ、大丈夫です。(結婚している? それとも婚約かしら? ひとまず·····)指輪は駄目そうですね。剣を握る方は指輪を付けていては邪魔だ、と聞いたことがあります。」
「······? あ、あぁ。まあ、そうだな。」
彼は自分の両手を見て頷く。
その両手の薬指につけている二つの指輪は剣を握るのに邪魔にはならないのだろうか。
考えれば考えるほど胸が締め付けられるように苦しくなって、リリアーナは唇を噛み締めた。そうでもしないと涙がでそうだったから。
そして、この感情の名前を見つけた。
──────── “恋” 。
その瞬間、彼女は彼への恋を自覚したのだ。
「で、では、ネックレスでは如何でしょうか?」
立ったまま思考が停止しているリリアーナを見兼ねて、そう提案したラナーに彼は首を縦に振った。
「そうだな。ではリリア嬢、ネックレスを頂いても良いだろうか。色は、俺が選んでも良いか?」
「·······っ、はい······」
「では店主。この白銀のチェーンに、石はこの薄紫の色を頂こう。それと、金を使って耳飾りを。そこに黒曜石を埋めてくれるか」
買う物が決まってからのルドルフは決断が早く、店主と何やら二人でじっくりと話し合っていた。
どうやら、女性物の耳飾りを別途購入しているようだ。
ほんの少し店内を見て回れば、店員の一人が出来上がったネックレスをリリアーナに持ってきた。
美しく仕上がったそれを受け取って店の外で彼を待つ。
ラナーは店から出るなりすぐに彼女に駆け寄った。
「リリアーナ様、大丈夫ですか?」
「······ラナー。きっと彼にはお相手がいらっしゃるのだわ。きっとこんなアクセサリー。迷惑よ····」
リリアーナはぎゅっと紙袋を握りしめ、涙が流れないように耐える。
「迷惑など······これは命を救ってくださった方へのお礼です。それに、ルドルフ様はきっと嫌がったり等していないと思いますよ」
そんなラナーの助言は意気消沈した彼女の耳に入ったのか否か。それは誰にも分からない。
ただ、この日見た彼の薬指に光る指輪は、初めての恋を自覚したばかりのリリアーナにはあまりに強い衝撃と深い絶望を与えたのだった。
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