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第一章 王国、離縁篇
29. 舞踏会(離縁)まで2日 - 皇帝陛下は、公爵を尋ねる -
「陛下、完璧ってますねー」
「・・・」
変幻魔法の効力はもう無い。今いるのは漆黒の髪に黄金の瞳を持ったヴィクトールと、ピンク色のふわふわした髪に同じ色の瞳のリチャードだ。
軽口をたたくリチャードに完全無視を決めこんで、ヴィクトールは念話のために片耳をおさえた。
「一応誓約書関連の作成は終わっておりますので、話が纏まり次第申し付けください」
「助かったぞ、セドリック。ではまた後程」
「はっ。ご武運をお祈りしております。」
セドリックとの念話を切るヴィクトールの目の前には公爵家の頑丈な門が佇んでいた。
隣にはリチャードが花束を片手に鼻歌を歌いながら駆け寄ってくる。
「リチャード、」
「はーい!防御、感知、探知の無効化ってとこかなぁ?うん、レイアード君のとこの魔力は見慣れてるから大丈夫ですっ♪」
リチャードは手を前に翳しながら進み、それを追う形でヴィクトールが続く。
「······だが、こうも誰も気付かないものか?
一応、王国きってのシャルロン公爵家だぞ」
「気配消しすぎてるんですかね?魔道具と違って完全には消えていない筈なんですけど·······気配遮断ちょっと甘くしますねっ。あとは、よっと♪ はーい、これで全部無効化完了しましたっ、行きましょっ」
ヴィクトールはリチャードをちらっと見る。
全く疲れている気配はないが、屋敷全体に覆われていた魔力結界を無効化しているのだから、かなりの集中力と魔力を使った筈だ。
流石白騎士団の団長、というべきか。
「だ、誰だ!!」
「不審者侵入っ!」
公爵家を覆っていた結界が無効化した途端、公爵家の護衛達が数人血相を変えて走ってくる。そして、ヴィクトールとリチャードの前で足を止めて叫んだ。
「「「制圧しますっ!」」」
その時、護衛達の後ろからゆっくりとした足取りで出てきた銀髪の青年が、声をはりあげる。
「その必要はない! というかもとよりお前らでは叶う相手ではないよ」
「レ、レイアード様! お下がりください。我々で対処できます! 手前にいる、なよなよした男は魔力量が多そうですが、後ろの細見の男は弱そうです。
問題ありません!」
「······いや、むしろ。後ろのが本物なんだけどね」
「 ────······おやおや、これはこれは。本日、来客の予定はなかったのですが。思わぬ方が来られたの、ルドアニア皇国皇帝、ヴィクトール陛下」
レイアードの後ろから同じ銀髪の初老の男性がゆっくりと現れ、そう口にした瞬間、臨戦態勢に入っていた護衛達は息をのんだ。
「まあまあ、こんな外で立ち話もなんです。陛下のことだ、きっと周りには見えない様にうまく配慮して下さっているのかもしれないが。ひとまず邸の中にお入りください。」
こうしてヴィクトールとリチャードはシャルロン公爵家の中にある客間へと通された。
侍女や侍従が急な来客にあたふたする事なくしっかり動いているのは、流石は由緒正しき公爵家だ。
目の前に紅茶が用意され、ヴィクトール、リチャード、レイアード、公爵の四人のみになったところで、公爵が口を開く。
「······して、ヴィクトール陛下。こんな夜分に何用でしょうか。急に来訪されたので驚きました」
「あぁ、すまない。一先ず、リチャード、」
「はっ。こちら、本日公爵夫人の命日とお伺いしましたので」
リチャードが礼儀正しい完璧な所作で、用意してあった花束を差し出す。
するとシャルロン公爵はそれを自ら受け取った。
「お心遣い有り難う存じます。妻も喜びましょう」
「それは良かった。それで、本題だが。今日、急遽来訪したのは公爵、貴殿に頼みがあったからだ」
「······なるほど。頼み、ですか。しかし私はレベロン王国の身、ルドアニア皇国皇帝陛下の頼みを叶えられるかは、お約束できませんが」
「あぁ、問題なかろう。約束はせずとも良い。
────貴殿の娘、リリアーナ嬢を娶りたいのだ」
「はあァッ?! 「んん"っ。陛下、畏れながら。陛下もご存じではありましょうが、リリアーナはもう既に、我が公爵家の長女ではなく、レベロン王国王太子妃であります」
リリアーナの名前がでた途端殺気立つレイアードを公爵は目で粛し、遮るようにそう続けた。
「知っている。いや、むしろ、今はまだレベロン王国の王太子妃。というべきではないのか?」
「··········ほう、」
「2日後に行われる王家主催の舞踏会。我々も参加する予定なのだが、彼女がいま立たされている境遇を知らないわけではあるまい?」
ギロッと鋭く光った黄金の瞳を真っすぐに見つめ、公爵は少し間をおいて首を縦に振る。
「ふむ。たしかに知ってはおります。」
「っ、父上!!」
「レーボック子爵の娘が王太子妃の座を狙っていて、もう既に王太子と既成事実を作ったことも。その王太子が離縁を望んでいることも。それに、最近リリアーナ嬢は、在らぬ罪を着せられていると聞く。このタイミングでの舞踏会となると彼女の断罪以外あり得ないだろう?」
レイアードは苦虫を噛み潰したような顔をして下を向いている。その横に座る公爵は、まだ余裕そうに静かに紅茶を啜った。
そしてヴィクトールは優雅に脚を組み替えた後、さらに言葉を続ける。
「 ────······まあ、リリアーナ嬢自身が奪爵を望んでいるらしいがな。はたしてそれだけでこの国の王家は納得するのだろうか?」
「公爵家ごと潰す、ですかな······」
「まあ、シャルロン公爵家は騎士団と魔法師団の管理を一任されているのだろう。
頭の良い奴らならば、国から排除するような愚策はしないだろうが、な。今回は関わっている者が問題のようだ。あり得ないとは言い切れん、」
「で、貴方様は離縁された後のリリアーナを娶りたい、と? 傷物ですが、ご理解は頂けるのですか?」
「あぁ、彼女は優秀だ。それに彼女に傷はない」
「だが、娘は記憶を無くしています。陛下へのメリットは何もないはずですが」
それでも渋る公爵にヴィクトールは畳み掛けるように皇国への利点を提示した。
「では、これはどうだろうか。我が国への利点は、シャルロン公爵の軍を束ねる統率力だ。今回の国王の采配で公爵がレベロン王国の公爵のままでいるのなら、私とリリアーナの婚姻後、北の公爵領での我が国の騎士団との合同軍事演習を望む」
「ふむ。北の過酷な環境での訓練を取り入れたい、という事ですな?」
公爵は紅茶の入った陶器をじっと見つめ考え込んでいる。そんな公爵にあと一押だと感じたヴィクトールは王手をかけた。
「そして、もし公爵家が王国から廃されるのであれば、ルドアニア皇国に来い。侯爵位に加えてルドアニア皇国の持つ騎士団全ての指揮権もやろう。」
「ッ!! な、なんだって·······?!」
レイアードはあまりに衝撃的な言葉に固まる。
要するに、ルドアニア皇国の最強の軍を統括し指揮する権利が与えられるという事なのだから。
公爵は顔を上げると大きく頷く。そして立ち上がってヴィクトールの前まで歩いてくると頭を下げた。
「承知致しました。リリアーナを、私の娘を、よろしくお願い致します。あれでも一応、私と亡き妻の可愛い娘でして」
「あぁ、生涯かけて大事にすると誓おう」
彼は、公爵である前に一人の父親。娘も息子も、路頭に迷わせたくはなかったのが本音だったのである。
このあと、ヴィクトールはセドリックが作成した誓約書を魔法陣を通して受け取ると、それを以て公爵と誓約を交わした。
斯うしてヴィクトールのシャルロン公爵を陥落するという重要な任務は成功したのであった。
そして公爵邸を出る直前、ヴィクトールは自身の抱える重大な問題に気付いた。
“婚約指輪を用意していない、という大問題に”
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