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第一章 王国、離縁篇
41. 皇国、ベルリアーノ伯爵邸
リドゥレラ中立国を出た一行は、日が沈む前には皇国にあるベルリアーノ伯爵家の邸宅へと到着した。伯爵領は中立国と隣接しているため時間は殆どかからないのだ。
出迎えたのは現在この伯爵領を管理している、嫡男のマーロン・ベルリアーノと伯爵家の執事、それから侍女が数人だった。旅で疲れているだろうから、との配慮で早々に部屋へと通される。
そうして案内されたリリアーナの部屋の前で、ヴィクトールは立ち止まった。
「陛下、どうかされましたか?」
「これは故意にやっているのか?であれば止めてもらおう、」
「陛下、申し訳ございません。しかし私にはなんのことか······」
「そうか。では単刀直入に言おう。リリアーナは俺の婚約者だ。部屋を離す、特に階が違うというのはやめてもらおう。何かあった時に困る」
「陛下、恐れながら。我が伯爵家は安全です。それに階は女性と男性でわけているためでして······」
「安全かどうか、そして婚約者を何処に置くかは私が決める。貴殿ではない」
「ですがっ······「陛下、すぐに隣続きの御部屋をリリアーナ様にご準備致します!」
頑なに渋るマーロンの横から割って入ったのは、リドゥレラ中立国から丁度帰ってきたらしいベルリアーノ伯爵、本人だった。
そして皆、無事に部屋が整った所で、本日の晩餐のためにダイニングの席に腰掛ける。
「陛下、リリアーナ様、先程は倅が無礼を働きまして申し訳ございませんでした」
「もう良い、」
ヴィクトールはどうでも良さそうに鼻であしらい、皆に着席の合図をだす。
「陛下、リリアーナ様、よろしければ紹介させて下さい。こちら我が娘で十四歳、今年皇都でデビュタント予定のマリアです」
”マリア”と呼ばれた少女は立ち上がって、可憐なカーテシーをきめた。
「ベルリアーノ伯爵が長女、マリア・ベルリアーノと申します。以後お見知りおきくださいませ」
「あぁ、」
ヴィクトールが相槌だけを打ったので、リリアーナは慌てて言葉を発する。
「可憐で美しいお嬢さんで伯爵も鼻が高いでしょうね」
「はい、本当にいい娘に育ってくれました。外交にもよく目を向けておりますし、外国語も何ヶ国も話せるのです」
「そうか、分家といえど流石は外交に強い家系だな」
「はいっ、これも陛下、そしてこの国のためにございます!わたくし、デビュタントを迎えたら、すぐに皇城で行われる "皇妃候補実習" に参加させて頂きたいと思っているのです!」
この、マリアが目を輝かせて発した一言で、ダイニングの温度は急激に下がった。
カタン、と音を立ててヴィクトールが手に持っていた食器を皿に戻す。
「······いま、なんと、?」
「ヴィ、ヴィクトール様。娘が言っているのは─── 「お父様が言ってらしたのですわ!皇城の後宮に入るための皇妃の候補として行われる実習があると!」
マリアは父の言葉を遮って興奮気味に言葉を続けた。キラキラと目を輝かせているが、周りは違う。ヴィクトールの魔力が怒りに揺れるのを既にひしひしと感じ取っていた。
「それは、誰が、どのように発したのか」
「ヴィクトール様、お怒り御尤もだと思います。しかし皇城では、皇后が決まったと知らされた後に複数の皇妃(側室)を選定し離宮に住まわせる案が多数上がっているという話を聞きまして。私も年頃の娘を持つ一人の父として娘を応援し、たく········」
リリアーナは目の前で冷や汗を垂らしながら語彙が段々とか弱くなった伯爵に違和感を覚え、ちらりと隣にいるヴィクトールを見た。
横顔だからあまり分からないが瞳が少し赤い。彼の周りから黒い魔力が漏れ出しているし、雰囲気も怒っているようだ。ヴィクトールの隣に座るリチャードは遠い目をして真正面の壁の一点を見つめ、微動だにしない。
「ほう?直ぐにセドリックと会議をする必要がありそうだな。それと、この際だ。はっきりと言っておくが、私はつい先日かねてから望んでいた女性を婚約者にすることが叶った。リリアーナ、彼女を愛する事以外は今は考えられん」
リリアーナは急に自分の名前を呼ばれ、びくりと肩を震わせる。その序でにヴィクトールを再度盗み見ると先程までの闇や怒りはなく、ただ穏やかな黄金の瞳が彼女を射抜いていた。
「·······っ、陛下。陛下が皇后を遂に決められて、我々家臣一同本当に嬉しいのです。ですが、お世継ぎが生まれなかった場合········」
「伯爵、諄いぞ。私は皇后以外に側室を持つ気は今ない。世継ぎ、世継ぎとお前達は言うが」
そこで一度言葉を区切ったヴィクトールは少し口角を上げた。彼から漏れ出る闇が深くなり目の前に座っていたマリア嬢が恐怖から小刻みに震え始める。
「私が抱けなければ世継ぎも出来ないではないか」
ベルリアーノ伯爵は息を飲んだ。
それはヴィクトールが暗に"この女では抱けない。この女には欲情しない"と言っているに等しいからだ。
「へ、いか······「まあ、だが世継ぎは重要だ。リリアーナが皇后となり暫く経ったらお前達の言う"皇妃"については再考しよう。時を待て」
そしてヴィクトールはリリアーナの手を握って席を立つ。そして、彼女を見下ろして微笑んだ。
「リリアーナ、ここでは食事がゆっくり味わって取れないだろう?皆への挨拶は済んだ。我々はゆっくり部屋にて食事を頂くとしよう、」
ヴィクトールはリリアーナを連れて部屋へと戻り、そこで夕食を取った。
食事を取っている間、彼は何かを熟考しているようで終始無言であったが、色々と緊張していたリリアーナからすればその無言はとても心地よいものだった。
リリアーナは黙考するヴィクトールを見て思う。
やはり、彼は皇国でも皆が側室に上がりたいほどに人気がある皇帝なのだ。
外見も然る事乍ら、内面もこんなに素敵なのだから、頷ける。きっとうかうかしていたら、すぐに新しい人に気持ちを奪われてしまうに違いない。
皇后として彼と隣に立ち国を担っていく事は叶わなくとも、傍で支えていく側室というのはそこまで重圧もなく逆に人気があるのかもしれない。と、リリアーナは漠然と考えた。
この件については考えていなかったわけではないのだから、大丈夫。と自分を奮い立たせて、目の前に並ぶ食事に手をつける。
そうでもしないと、またすぐに深い思考の渦に飲まれてしまいそうだったから。
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