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第一章 王国、離縁篇
42. 皇国、伯爵邸客室
食後の紅茶が運ばれて、侍女達が出ていった所でリリアーナはヴィクトールと二人きりになった。
彼と密室に二人きりになるのは、馬車の中にいる移動中を除いては初めての事である。
その事実に気付いたリリアーナは沈黙に耐え兼ね、それを自ら破ることにした。
「·····あ、あの······「先程は気分を害しただろう」」
「えっ?いえ、私を思い、気を遣って下さり感謝こそすれど、気分を害したなどとは······」
ヴィクトールは紅茶を啜る手を止めてリリアーナを見つめた。黄金の美しい瞳に自分が映り、リリアーナは目を逸らす。
「そうか。俺は気分を害したんだがな、」
「っ。そう、なのですか······気が付かずに申し訳ございません」
「いや、そうか。その指輪が俺の殺気を感じないようにしているのか」
「?」
ヴィクトールの視線を感じ、リリアーナは彼から貰った婚約指輪を見た。
この指輪には色々と魔法付与が施されているらしいが、リリアーナにその詳細は分からない。
ただ、いまのヴィクトールの反応を見るかぎりでは、彼の殺気を感じなくする作用があるようだ。
「そうだ、リリアーナ。重要な事だから言っておくが。俺は本当に側室を取ろうとは今は考えていない。お前を妻にできる事を嬉しいと思っているんだ」
ヴィクトールは徐ろにリリアーナの髪を掬って耳にかけると、頬に手をあてて親指で頬を撫でた。
その一連の動きがあまりにも自然でリリアーナは全く気付かなかったのだ······───
───······彼の顔が自分の目の前に迫っていたなどとは。
そして、気付いた時にはヴィクトールの唇はリリアーナのものと重なっていた。
······口づけして、いるの?
そう思うと同時に部屋にノック音が響き渡る。
コンコンコンコンッ、
「へ~いかぁ~!」
ノック音に続くリチャードの緊張の感じられない声に、ヴィクトールはさっと唇を離して舌打ちをした。
「ちっ、リチャード······か。入れ、」
ヴィクトールが許可すれば、その扉が開いて、リチャード、ルーカスに続きレイアードが入ってくる。
その面々を見てリリアーナは素早く立ち上がった。
心臓がばくばくと音を立てて煩く鳴り響いている。顔もきっと真っ赤になっているだろう。ヴィクトールと口づけをしたなど、思い出すだけで顔から火が出そう。
でも、ヴィクトール様の匂い、とてもいい匂いだった。
·······って何を考えているの、リリアーナ!
百面相をしているリリアーナのところにレイアードがそっと近付き、耳元で話しかける。
「リリアーナ、大丈夫?もう皆座っているけど······?」
「っひゃあ!へ!?おっ、お兄様っ!は、ハイ!」
「陛下あ、僕たち、もしかしなくても入るタイミング間違えました~っ?」
にこにこと楽しそうに笑うリチャードを一瞥したヴィクトールは、不敵な笑みで微笑んだ。
「リチャード、明日からは剣術や武術、体術の鍛錬にもっと励むと良い。お前、苦手だったろう?」
口角をあげて無理矢理作ったようなその笑顔に、リチャードはびくりと身体を震わせる。
「ひっ、······。とりあえず陛下、そうやって無闇に殺気出すのやめてくださいよ。駄々漏れですって······」
「ふむ。だが、リリアーナは指輪が俺の殺気を感じないようにしているらしい。大丈夫だ」
「いや、リリアーナ様が大丈夫なのは分かりましたけど!他の人がみんなぶっ倒れますからっ!」
「それより用があったから来たんだろう?早く魔法展開でもしたらどうだ?」
「っ、陛下ぁ!僕に雑すぎっ!」
リチャードは不平不満を垂らしながらも、的確に魔法を展開していく。リリアーナは初めて目にする薄い桃色の魔法陣が幾つも部屋を囲んでいくのをじっと見つめた。
その時突然、頭の中にふと声が響き渡り、驚いて周りを見渡す。
そんなリリアーナの肩を落ち着かせるように擦りながら、レイアードは念話について彼女に伝えた。
「リリアーナ、大丈夫だよ、これは念話という魔法なんだ。皆も聞こえているから怖い事はないよ?」
「陛下、セドリック参上致しました」
「セドリック」
「はい。まず、リリアーナ様。初めまして、私は宰相ならび雑用補佐しておりますセドリックと申します。ご挨拶はまた皇城でさせて頂ければ幸いです。レイアード卿もようこそお越し下さいました。
さて、ヴィクトール様。ご気分害されたとのこと、当然かと思います。大変申し訳ありませんでした。以前処理しなかった古参の貴族から多少不平不満が上がっておりまして。ただ、三公爵、わたくし宰相、白騎士団、黒騎士団共に合意しておりますのでリリアーナ様が皇后となることは既に皇都では周知されています。ですが、その······申し上げにくいのですが·········」
ここでセドリックは少し口をどもらせた。淡々と事実を述べるいつもの彼からすると、かなり珍しい事である。そして、理由を察したヴィクトールは躊躇いもなく口を開いた。
「なんだ。父帝か?」
「······はい。前例がありますので······、皆今後は前皇帝が作った後宮を開放する準備をし、何人か皇妃をそこに入れるものと考えているようです」
「なるほど?まあ、そうか。たが、伯爵にも言った通り俺は現時点では側室については考えていない。後宮を準備するのは勝手だが、“皇妃候補実習”等という馬鹿げたものを開催するのはなしだ。わかるな?」
「はい。直ぐ様そのように周知させます。古参については······「古参たちをお前が御せぬのならばこう言え、俺の“瞳”が変わらぬうちに成果を出せ、と。まあ、あれらは俺が処分しそこねた在庫品だ。もう消費期限切れだろう、早々に処分しよう」
「はっ。お心のままに。その後宮ですが、今はリリアーナ様に使って頂くのはどうでしょうか?」
「そうだな、そうしよう。後宮に関する権限はリリアーナに与える。なにか準備する際には彼女に許可をとらせるように。あと、リリアーナの話し相手にはスチュワートの婚約者のシルフィア嬢を登城させるように手配してくれ。皇后のための教養などは、シゼッタ夫人が適任だろうな」
「はい、リリアーナ様の周りのサポートはお二方を招集致します。準備を万全に整えて、皆様のご帰還をお待ちしております」
「さて、リリアーナ。セドリックに挨拶もした。あとの詳細についてはまた皇城で話すといい」
ヴィクトールはリリアーナを立たせると足早に部屋を退出した。隣にある彼女の部屋の前まで送り届けると、部屋の扉の前で彼女の白銀の髪を撫でる。
そして、一言だけ言葉を発した。
「おやすみ、リリィ」
彼女が部屋の中に入り鍵をかけたことを確認してから、ヴィクトールは再び自分の部屋へと伯爵邸の廊下を歩く。長年の想い人と初めて口づけを交わした事への未だ収まらない胸の高鳴りを抑えるように、ゆっくりと。
それから、男達四人の集まるむさ苦しい部屋へと、扉を開けた。
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