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第一章 王国、離縁篇
43. 馬車の中の、二人の煩悩
伯爵領を出る、その景色をリリアーナはただ呆然と眺めていた。
昨夜の晩餐の席での内容は気にしないはずだった。
記憶を失っていても、彼は、一国の王なのだから、世継ぎは最も重要な課題だと言う事くらいは理解できる。
男女が愛し合って、出来るというその世継ぎを多く得るには、ヴィクトールの相手になる女性が多い方が良いことは確実である。
しかし、思い出すのは伯爵の言っていた皇妃実習とやらの件。
マリア嬢のヴィクトールをみる熱の籠った瞳、そしてリリアーナを皇后とすることに反対している者がいる事や、既に側室を迎い入れるための準備が進んでいるという事実。
そして、先程伯爵家から馬車に乗り込む際にマリア嬢がヴィクトールを呼び止めていたのを見た。
何か会話を交わして、彼女が微笑んでいて、その綻ぶような笑顔が脳裏に焼き付いて離れない。
彼女は確実に彼の事を慕っているようだったし、本当に側室候補が集う実習とやらが開かれれば彼女は来るのだろう。外交にも長けて魔法も使える彼女は少なくとも自分よりはヴィクトールの役に立つだろうし。
でも······、とリリアーナは昨夜の事を思い出す。
自分は昨夜ヴィクトールと口付けを交わした。
そう、ほんの一瞬、だったが。
あの一瞬の口付けで子を成したらどうしようか。
でも出来なかったら?側室を娶られるかも。
グルグルと思考の渦に飲み込まれ、最悪な展開を考えてしまう自分に嫌気がさして、ため息をつく。
「はぁ······」
ヴィクトールが目の前に居ることもさえも忘れていた事に気付き、彼女は慌てて口を塞いだ。
最近はラナーも忙しく、相談する事ができていなかったからかもしれないが、そんなものはただの言い訳にすぎない。
「大丈夫か? 皇都には昼までには着くと思うが」
「す、すみません。少し疲れただけで···っ、え?」
ヴィクトールが不意に席を立ち、リリアーナの隣に腰掛けた。ルドアニア皇国の王族用の馬車なので二人で座るにも余裕があるが、それにしても、近い。
「慣れない旅をさせてしまったからだろう。少し目を瞑って休むといい、」
ヴィクトールはリリアーナの頭をコトンと自分の肩に乗せるように倒して、手を回して肩を擦った。
「······っあ、ありがとう、ございます、」
自分の顔は確実に真っ赤だろう。男性への免疫がないリリアーナからすれば当然の結果なのだが、ヴィクトールが隣にいるので顔を見られなくて助かった、とリリアーナはホッと胸を撫で下ろす。
(でもやっぱりヴィクトール様の、良い匂い······。服の香りというよりも、彼自身の······)
そしてリリアーナはその温かい体温と優しい匂いに包まれて夢の中へ引きずり込まれていった。
「んっ······、」
ヴィクトールは咳ばらいをする。別に咳がしたかったわけではない。リリアーナが寝ていることを確認したかっただけだ。
そして彼女の首筋にそっと中指と薬指をあてる。
「呼吸、脈、魔力全て落ち着いているな。しかしこれは、目に毒······だな」
彼女の白銀の髪が自分の漆黒の王族服に散らばっている、まっ白な透き通るような肌にぷっくりとした唇、紫色の瞳は瞼によって閉ざされ長くふさふさな睫毛が見えた。
そして視線を下に逸らせば、ドレスの合間から見える谷間が······───
───······とそこまで考えてヴィクトールは手で口元を覆い、窓の外に視線をうつす。
おかしい、そんなことまで考える必要はないな。
学生時代の盛んだった頃とは違う、もう二十五にもなっているというのに。馬鹿か、俺は。
窓の外、景色を見ながら体内の魔力制御に全力を注ぐ。
だが、そんな己の指示とは反対に思考は再び欲望の渦に飲み込まれていった。
ああ、王国には感謝しないといけない。
彼女を手離してくれたお陰で、俺の手元にやってきたのだ。やっと手に入れた俺の初恋。
しかし、皇国のしきたりである『慣らし五夜』が邪魔だ。俺以外の男が彼女に先に触れるなど、考えるだけで怒りから闇に支配されそうになる程に。
だが、それが終わった暁には皇城で大切に匿って俺以外を見れないようにしてもいい。
彼女が俺の傍から離れることのないように。
他の女に等、興味はないのだから全てを彼女に捧げて、彼女の全てを貰えばよいのだ。
とりあえず実験でもするか。
ヴィクトールは徐ろに懐から王国で入手した恋焦草を取り出す。
魔法で液化した二酸化炭素を作り出し、恋焦草をそこに漬けていく。その後、温度と圧力を制御し、抽出できたものを舌で舐めて確認した。
「これは、やはりな。淫乱効果のない、精神を安定させ鎮静させる効果、か。」
ヴィクトールはそこに自分の魔力を少量混ぜる。
これであれば彼女の身体にも負担はないだろう。
そうして出来上がった魔力液を、リリアーナに口移しで流し入れる。
「これで一先ずは少量ずつ慣らしていって、初夜で副作用がないようにするのが良いな、」
闇や光などの特殊な魔法を使う者の魔力は独特で相手に負担になる事が多い。特に、ヴィクトールの魔力は強大である。リリアーナが初夜の際に負担になることは容易に想像がついた。魔力が色濃い体液を大量に摂取すれば、尚更。
そのため、ヴィクトールは少しずつリリアーナに自分の魔力に慣れさせる事にした。
だが、普通に摂取させては魔法の使えない彼女が魔力に充てられて具合が悪くなる可能性が高い。
そこでヴィクトールが考えたのは媚薬だった。
研究機関か確認したという媚薬の鎮痛・鎮静効果。それに目を付け、自ら恋焦草から淫乱効果のない、精神を安定させる成分のみを抽出し、自分の魔力と合成してリリアーナに摂取させたのだ。
「さあ、リリアーナ、俺の魔力を早く覚えろ」
そう、初夜のあと具合が悪くなられては困るのだ。
長い年月待っていたのだから、彼女には婚儀、蜜月と共に過ごしてもらわないといけない。
「、んっ、っ······」
ヴィクトールは流し入れた魔力液を彼女が全て飲み干したのを確認し、その美しい白銀の髪を撫でた。
早く自分だけの物になれば良い······、そう思いながら。
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