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5. リリアーナの、着物
呉服店の戸を開けて、リリアーナは感嘆の声を漏らした。
「まあっ、美しいわ!ね、ロキ?」
「ああ、······うん」
この呉服店には、ドラファルトの次期竜王ロンファからの紹介で来た。
着物という衣装を作る、竜王宮御用達の有名な店だ。
次期竜王ロンファや王侯貴族達と親睦会をしているヴィクトール。彼の代わりに、呉服店訪問に付き合ってくれているのが、彼の影であり唯一血の繋がった弟のロキだ。
「お待ちしておりました。皇国の使者の方ですね。第一王子殿下から言伝は頂いております。ご夫婦での即位式の参加、と聞いておりますが?」
中年だが、年齢を感じさせない見た目の男性が、美しい所作で腰を折ってそう口にした。
ロンファによると、店主にもリリアーナの身分を明かしてはいないらしく、皇国の来賓という事で、店を貸し切りにしてくれていたのだ。
だから今日、ロキとリリアーナはお互いに名前で呼び合っている。さらに、リリアーナは獣化の香で白い狼姿になっているため、元々黒狼の半獣人であるロキとはきっと、本当の夫婦に見えるのだろう。
「妻に即位式用の着物と、他にも国に持って帰る様なものが欲しいんだ。見繕ってくれるか」
妻、といったロキを見てリリアーナは赤面する。
少し雰囲気は違うが、ヴィクトールに少し似た顔つきや話し方、そしてひょこりと跳ねる大きな耳がとても可愛い。いや、彼ももう良い年齢なのだし、言い直そう。······ひと回り小さなヴィクトールさまみたいで、とても、格好いい!
「ふふっ、ロキ、かっこいいわね?」
「っ、な、かっ······かっこ······!?っば、ばかにすんなっ、俺はこれでももう十八だからな。年上だっ!」
「ふふっ、はいはいっ」
店主はそんな二人の様子を見て、ふふっと笑みをこぼした。
「新婚さま、なのですか?初々しくていらっしゃる。それでは、とびきりの品も、御用意しなくてはいけませんね。
······それにしても皇国にも獣人の夫婦がいるなんて。驚きました」
「まあ、多くはないけどな」
嘘はいっていない。
ロキは店主に促されるがまま、奥の来客用の間に入っていく。
「お客様に明日の儀式用の着物と、あと新婚様だから。分かるね?」
「はいっ!畏まりました。奥様、ではこちらへ」
若い鼠獣人の女性店員に先導されて、リリアーナは慣れない着物に足を縺れさせながら、試着室にやってきた。
「奥様、こちらが明日の儀式用にロンファ様から依頼されていたものです。次期竜王が直々に色や形を選んでおられましたよ。とても仲がよろしいのですね?」
「え?」
儀式用の服を買える店と聞いて、ロンファの紹介でここを貸し切りにしたとは聞いていたが。彼が選んで、もう着物が出来ているなんて······。
聞いていなかった事実に困惑しているリリアーナの目の前で、店員がその着物を広げていく。
それをみてリリアーナは息を呑んだ。
ドラファルトの色を彷彿とさせるような深紅に、彼らの象徴ともいえる角と同じ金色の、豪華なものだったからだ。
「美しいです······、ですが······」
「折角頂いたのです。お召しになってはいかがですか?」
自分では着脱の難しい着物をささっと脱がされ、その儀式用のものを身に纏う。
その着付過程で、リリアーナは思わず声を出した。
「えっ?あの······下着は、ないのですか?」
「?宴や公の儀式で、雌······いえ女性、が下着を身に着ける事は禁止されていますよ?」
「へっ?」
リリアーナは愕然とした。それは全く聞かされていなかったからだ。
儀式や宴で下着が禁止とはいったいどういう決まりなのだろう······? と考えている間に着付けが終わり、店員は感嘆の声を漏らした。
「とてもお似合いでございます!!!」
“こちらへ!” と、前のめりな店員に手を引かれて試着室を出ると、丁度店主とロキが歩いてきた。
ロキはその姿を見て、口を開けたまま固まる。
深紅の着物は、彼女の肩を全て曝け出したデザインで、白い肌が露わになっている。大きく開いた胸元からは彼女の双丘がいまにも零れ落ちそうだが、それでいて、その頂の突起を見せないのはまさに芸術だ。
茫然と立ち尽くした彼を横目に、店主がわざとらしく大きな声をあげた。
「素晴らしい!流石ロンファ様が時間をかけて作られただけありますね。その赤も金も、貢物のように美しい。祝いの席にはぴったりの御色です。
そう思われませんか?旦那様?」
「あぁ、美しい。でも、かなり、ドラファルトの色じゃないか······?」
これは、良いのだろうか?とロキは考える。
あの、リリアーナに関しては独占欲を丸出しにする兄が、これを見たら怒りはしないだろうか?
それに、店主の言う通り ”貢物の様”······。とロキがその不敬な言葉に気付き、店主をギロリと睨めば、彼は困ったように笑った。
「旦那様はお気に召しませんでしたか?こんなに美しいのに。それに、この国で赤と金は縁起物ですので」
「なるほど。いや、確かに美しいけど」
ロキは着物のスリットを気にして落ち着かない様子のリリアーナを見た。
下着を身に着けていないうえに、少し動くと太腿に入っているスリットから肌が見えてしまうのだろう。
ロキは気まずくなり、目線を彼女から逸らす。
「さあ、さあ、次は普段着の試着を。ネズ、頼みますよ」
ネズと呼ばれた鼠獣人の店員が、リリアーナを試着室のある部屋に押し込んだのを見て、ロキはまた来客の間へと戻った。
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