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30. 邪竜の企み、ジョシュアの奮闘
ジョシュアは、中を覗き込み愕然とした。
そこには壁に手を翳すバロンと、壁から顔だけ突き出した巨大な禍々しい赤紫色の竜がいたのだ。
◆
「小僧ォ!それはお前の見るものではない。勘違いをするな、ワレは小僧に力を授けるだけ!早くこちらに来て魔力を注げ。壁からワレを解放せよ!!」
邪竜に怒鳴られて、バロンは言われた通りに壁に近づくと、手を付けた。
その瞬間、バロンの身体には嘗てない程に魔力が湧き上がる。怒り、憎しみ、悔しさ、負の感情が混ざり合って制御など到底出来ない程に。バキバキと音がして目の前の壁に亀裂が入り砕け散り、バロンの脳天を邪竜の声が貫いた。
「ふむ、良くやったぞ小僧!憎いであろう?!悔しいであろうッ?!!その気持ちを存分に糧にし、力を爆発させよ!」
バロンの中には全く知らない膨大な記憶が雪崩れ込み、負の感情に支配された。
苦しい、辛い、孤独で、寂しい。
それをボクから奪ったのは、全部、全部、ぜんぶ
────皇国皇帝、だ。
「ウァアアアアア!!」
バロンは制御ができなくなった。身体の内側から何か自分ではない他の”イブツ”が入り込んで、自分を支配しようとしている。
それに抗う事なんて、もう、できなかった。
「小僧、おぬし、最高の器だぞ!もう直に馴染むだろう、さすればワレの力存分に使うが良い!」
邪竜はバロンの口を使い、嬉々とした様子でそう叫ぶと口を噤んだ。
直後、彼は一変し、威圧的な声をだす。
「誰だ。こんな時に割り込んでくる無礼者。そんな敵意が剝き出しでは、見つけて下さいと言っているようなものではないか」
◆
やはり、竜の知覚は鋭すぎる·····。
ジョシュアは意を決して、正面から祠に踏み込んだ。
身に纏う黒い鎧は魔法攻撃でも直ぐには貫通しない、皇国の魔道具研究所が作った特注品だ。
大きな大剣を両手で持つと、腰を落としバロンに向けて構え、大声で叫ぶ。
「ここで食い止めさせて貰うッ!俺は皇国黒騎士団、団長!陛下には指一本触れさせねえ!」
ジョシュアのその大きな声に、バロンは振り返り、口を開いた。
「フッ、ハハハハ!!オモシロい人間はいつの世も健在よのォ!ワレに一人で勝とうなどと笑わせてくれるわ!」
バロンの口から発せられてはいるが、明らかにバロンのモノではない声が祠に響く。
ジョシュアはその変化を直ぐに感じ取って、理由を考えた。
バロンという人物の事は、皇国にいた時から観察していたから性格も少しは見知っている。けれど、今、この場にいるバロンは全くの別人だ。
話し方からしても、それは先ほどの邪竜の声に似ているし、まるで乗っ取られているような·····。
ジョシュアは先程まで邪竜が顔を出していた壁を見つめた。
バロンによって粉々に砕け散った壁は、床に散乱している。
そこまで考えて、ジョシュアは地を力強く蹴って大剣を振りかざした。
驚きに目を見張ったバロンが腕を盾にする形で飛び退くが、直ぐにジョシュアのスピードに追い付かれ、大剣がその腕に真っすぐに落とされる。
だが直後、ガゴォォォォンと鈍い音を立てて吹っ飛ばされたのは、ジョシュアだった。
「っく、·····なん·····だとッ?」
ジョシュアは吹っ飛ばされた勢いで壁に衝突する。
幸運な事に防具が身体を守ってくれたため衝撃による損傷はない。
ジョシュアは祭壇の前に茫然と立ち尽くすバロンを見据えた。彼は、追い打ちをかけてくるどころか、魂が抜け落ちたような表情で自分の腕を見つめ、ブツブツと何かを呟いている。
「腕が·····竜の腕になっている·····?ボクのこの腕が、あの攻撃を·····防いだ·····のか?ふ、ははっ·····だから、·····────·····だから、ワレに敵うわけはないと言ったであろう?愚かな人間よ·····ズタズタに引き裂いて腸をひきずりだしてやろうぞ!」
バロンの瞳の色が真っ赤に変色し、もう片腕も竜形態へと変化し出して、ジョシュアは再度大剣を構えた。
これは明らかに異常だ。バロンの話し方も、二つの人格が交じり合っているようだし、内側から生えてきた竜の腕も、バロンのものだとは到底思えないような禍々しい赤紫色をしている。
さらに、少しづつゆっくりとだが大きく成長しているらしいその腕を見て、ジョシュアは考えるより先に再び地を蹴った。
このまま奴が完全に竜形態をとる前に討伐、もしくは腕を斬るなどしなくては、ヴィクトールだけでなくリリアーナや他の面々にも被害が及ぶかもしれない·····!
「その前にィッ!!オラァァァッ」
ジョシュアは大剣を振りかざすと、振り下ろす前に軌道を変え、両腕を盾にしている彼の無防備な大腿を斬り付けた。
ザシュッ、と今度は肉を斬り付けた感覚があり、目の前でバロンが泣き叫ぶ。
「っうわあああ!ボクの脚がぁぁっ、痛いッ、イタイよぉおおお!」
深く斬り付けたと思ったのに、浅かったようだ。大腿の表面から血が滴り落ちているだけの状況に、ジョシュアは首を傾げる。
だが直後、斬り傷の内側から竜の鱗に覆われた下肢がメキメキと音を立てて現れたことで、それに納得した。
「そうか、内側から生えてきてるのか!やはり竜形態になる前に止めなきゃいけねーんだなッ?」
ジョシュアは大剣を握りしめるとその重さを使って身体を回転させる。
そして流れる様な動作で、横へ地面と平行になるように剣を振り払い、脇腹に刃先を入れた。
しかし、脚の痛みに泣き喚いていたバロンの意思に反して、彼の竜の腕が急に動く。
そして、ジョシュアをがっちりと掴んだ。
「ッ、·····うぐっ!」
ジョシュアは尋常ではない強さの力に掴まれ、痛みに歯を食いしばる。
「小僧ォ!!そんな切り傷程度で泣き叫ぶなどとはみっともない!その弱さ、邪魔だ!!·····ううっ、だって斬られたんだよおぉ、痛い痛い、イヤだよ、イヤだあああっ」
その時、目の前のバロンから、二人の声が聞こえてジョシュアの疑問は確信に変わった。
「·····そうか、一体化·····か。憑依、·····しようとして、いるんだな·····」
邪竜が壁から解放され、バロンと一体化しようとしている。
変だとは思ったのだ。竜人といっても、彼らの竜形態はもっと小型でこんな禍々しくはないと聞いていた。竜王となる者しか巨大な竜の形態をとれない、と聞いたこともあるのに。
『けど、もし、本当にコイツが封印されていた邪竜だとしたら、それは本当にマズいな·····であれば、ここは一旦バロン本体を攻撃して·····』
ジョシュアは戦略を立て直すと、掴まれた状態のまま、素手でバロンの顔面を殴る。それから、不意をつかれて少し緩んだその竜の手から逃れるように、バロンの腹を蹴りながら後ろに飛び退いた。
だが、邪竜はそれを簡単には見過ごさなかったらしい。
直ぐにもう片腕が振り上げられ、ジョシュアの身体を太い五本の爪が切り裂いていく。肉が分断され、血が噴き出すのが分かって、ジョシュアは顔を歪めた。
『心臓までは到達していないが·····これでは出血多量でまた以前のロキさんのようになるな』
ジョシュアは、首から下げたネックレスを躊躇なく引きちぎった。
刹那、彼の身体が黄金の光に包まれる。
そしてジョシュアは、皇帝ヴィクトールの元へ転移した。
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