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45. ロンファ滞在、3日目
翌日、ヴィクトールは執務室から庭園を見下ろしていた。
じっと一点を見つめ、何もしゃべる事のない彼をみてセドリックは堪らず声をかける。
「ヴィクトール様、如何致しましたか?」
「······」
彼の目線を辿れば、庭園で笑いあうリリアーナとロンファの姿が見えて、セドリックは昨日のヴィクトールの様子を思い出した。
昨日の晩餐に急遽飛び入り参加した後から、心此処にあらずといった様子だったのだ。晩餐の場で何かあったに違いない。セドリックはそう思って彼の横顔を盗み見た。
新竜王、ロンファが皇国に滞在して既に三日目になる。
他国の王をもてなすため、とはいえ完全にロンファに振り回されているリリアーナも可哀想だが······彼は本気で彼女を口説き落とそうとしている可能性が高い。
もし、本気でロンファがリリアーナを竜王妃にしたら······。
セドリックは沈黙を続けるヴィクトールに向かって口を開いた。
「ヴィクトール様······」
「······ッ!」
その瞬間、ヴィクトールが転移を発動させる。
目の前で突然掻き消えたヴィクトールの魔力残渣を感じながら、セドリックはちらと窓の外を見る。
そこには、本を抱え微笑み合いながら温室の中に入っていくロンファとリリーアーナが見えた。
「はあ······転移まで使って行く距離ですか?それに、そんな木の影に身を隠して······本当に貴方様は······」
◆
ヴィクトールは庭園の脇にある大きな木に背を凭れかかり、温室の中の様子を伺った。
別に身を隠しているわけではない。ただ、温室に用があった所を先に客が使っていたから入れないでいるだけだ。
そう自分に言い聞かせたヴィクトールは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
自分の国、自分の城、なのに、何故俺がこんな尾行するような真似をしなければならない!
先ほど執務室の窓から見えたのは、ロンファがこの温室にリリアーナを連れ込んだ所だった。
両手いっぱいに本を持ちながら、二人で笑い合って、とても楽しそうに······。
じゅくり、と痛む胸を抑えて、ヴィクトールは再び温室の中を盗み見る。
色とりどりの花に囲まれた、真っ白な長椅子に二人腰かけて、リリアーナは読書に耽っている。その隣で、ロンファはどうやら執務をしているのか、書類に目を通しながら所々何かを書き込んでいた。
時折、口元に笑みを浮かべながら隣に座る彼女を優しく見つめて。
『クソ······ロンファの奴、そんな厭らしい目で見やがって』
心の中がそんな言葉で覆い尽くされて、真っ黒く染まっていく。
これは嫉妬。彼女に関する記憶は何もないが、自分の魂が彼女を欲している、そんな感覚。 そんな事はもう自覚してしまったはずなのに、彼女に強く当たってしまった手前、何も出来ずにいる自分があまりにも不甲斐なくて。
記憶はないが、事実上は未だに自分の妻なのだから自分の好きなようにしていい筈だ。そう思う自分と、『”離縁”したい』『こんな神殿の淫乱な女は要らない』などと暴言を吐いてしまった事を後悔する自分が、鬩ぎ合っている。
「本当に······俺の妻、なのだよな?」
もし、周りが嘘をついているだけだったら?
夫と妻という繋がりさえも、元々無かったら、俺はロンファに彼女を奪われていくのを見ているだけなのか。
そもそも、何故こんなに彼女を奪われたくないと感じるようになった······?
◆
ロンファはふーっと息を吐き出すと、開いていた書簡を閉じた。くるくると巻かれていく紙はドラファルトでは馴染みのあるものだが、他国にはない。細い巻物用の紐でそれを結って机におく。
大きく伸びをして瞳を閉じて、隣に座るリリアーナの肩に頭を凭れかけると、彼女の細い身体がびくりと揺れた。
ふふっ、と心の中で笑みを漏らしその首筋から香る、彼女の匂いを堪能する。
ああ、獣人でよかった。脳まで溶かすこの匂い、至福だ。それに、実際、ここまで彼女に近づけるとは思わなかったな。と、ロンファは満足げに微笑む。
「······ろ、ロンファさま······?」
リリアーナが覗き込もうとするのが分かったが、ロンファは寝たふりをした。
少し慌てた様子のリリアーナはロンファの肩を揺すり、彼はその揺れに誘われるかのように頭を滑らせると、彼女の膝の上に着地させる。
「っひゃあ!ロンファ様······困ったわね······。······眠ってしまわれたのね」
辺りを見渡して助けを呼ぼうとしたリリアーナだったが、暫くして誰もいない事に諦め、読んでいた書物に目を落とした。
それもそうだ、ロンファはルイネに裏で手を回してここに人を寄せ付けない様にしている。
普段の皇国であれば皇后を一人他国の王と二人きりにさせるなどあり得ない事だが、皇帝がああなってしまった現在(いま)、リリアーナについている監視の目は少ない。
だから、此処にも監視の目がない事くらいロンファは把握していた。
その、皇帝ヴィクトール陛下本人を除き、だが。
ロンファは薄く目を開き、ヴィクトールがいるであろう場所を見た。
竜人は鼻も効くし、気配察知能力も高い。竜王になってからは神剣と契約した事もあり、それが比較にならないほど増していた。
だから、ヴィクトールの気配は既にかなり前から察知済みである。いつもであれば直ぐに怒りに飛んでくる彼が、ただ様子を伺っているだけなのが面白くて彼は思わず笑ってしまう。
「っふ、ハハハッ!」
「ロ、ロンファ様?お目覚めですか?困ります「ごめんね、重かったよね?疲れていたみたいだな。眠ってしまったのだけど、面白い夢を見たんだよ」
「······面白い夢、ですか?」
「うん、子供の頃からよく見る夢でね。世界最強と言われる獰猛なモンスターから宝を奪って逃げるんだけど、僕はいつも捕まって取り返されちゃうんだ。
けどね、今日の夢では、そのモンスターがその宝を取った僕の事をただじっと羨ましそうに見てるんだよ。その姿があまりにも可愛くてね!」
「えぇと······他人の宝を取る事は良くないと思いますが?」
「ふふっ、リリアちゃんは真面目だなあ。さて、そろそろ行こうか。そのモンスターも動き出しそうだ」
ロンファが立ち上がり、リリアーナもそれに続く。
微笑み合いながら城内に戻っていった二人を無言で見送って、ヴィクトールは、拳を握りしめ思い切り大木を殴った。
その日、セドリックの待つ執務室にヴィクトールが戻ってくることはなかった。
代わりに彼に知らされたのは、ヴィクトールが久しぶりに騎士団の訓練場を訪れ、魔力をぶっ放した為、訓練場の一部が破壊されたという報告だった。
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