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43. 婚儀と、罪と
婚儀の当日、リリアーナは朝からメイドの手により支度を整えられ、真っ白な婚礼衣装に身を包んだ。
大きく開いた胸元から締まったウエスト、そこからふんわりと広がるドレスの裾。前は短めになっており、リリアーナの美しい脚が膝上まで露出している斬新なデザインのドレスだ。
露出の多い皇国でもあまり見かけないようなドレスだが、それすらも美しく着こなす彼女は誰もが息をのむ、正に“妖精姫”であった。
「本当に美しいな、」
「ヴィクトール様の皇族服も、素敵です······」
「さあ、御二方、始めましょうか? 本日は神殿長マーカス・ダルグランテが見届け人となり、皇国皇帝陛下と皇后陛下の婚儀を執り行う!」
王国の王太子クリストファー、アレクセイ、獣人の国ドラファルトの王族達が見守るなか、神殿の女神像の前でリリアーナとヴィクトールの婚儀が執り行われた。
神殿長の号令で始まったその婚儀は、二人が女神に誓いを立てた事で完了した。
皇国では、婚儀は夫婦となる二人が皇国の婚礼衣装に身を包み女神『サーシャ』の前で永遠の愛に誓いを立てるだけの簡単なものなのだ。
「本日、二人は女神サーシャの元に愛の誓いを立て、これを以て正式に夫婦となったこととする!」
規模としてはかなりの大きさとなったが、儀式は恙なく終わり、無事、正式に皇后となったリリアーナは来賓のもてなしをする予定のヴィクトールと一旦離れ、皇城に戻った。
社交としての主目的であった、昨晩の『晩餐会』と婚儀を終え、招待されていた貴族達も各々挨拶を終えて自分の領地へと帰っていく。
そして皇城内の自室で祝いの品を開けながらゆったりとして過ごしたリリアーナは気分転換のため庭園散策へと部屋を出た。
久しぶりのラナーとの散策に話も弾み日もすっかり暮れ始めた頃、リリアーナは後宮に忘れ物をしていた事に気づき声を出す。
「大変! 私忘れ物をしていたわ! 後宮に寄っても良いかしら?」
「はい、ですが、今後宮は閉められていて勝手に入る事ができないのです······」
「では、私だけすぐに行って取ってくるわ! 此処で少し待ってくれる?」
彼女は独断で足早に後宮の扉を開け、中へと踏み込んだ。皇后となったリリアーナに入れない場所は殆ど存在しない。咎められる事はないだろう。
久しぶりに踏み入れた後宮は静まり返り、主人を失って寂しさを滲み出している。苦しい事や嫌な事も多かったけれど約二ヵ月の月日を此処で過ごしたと思えば、少しは愛着も湧くものだ。
リリアーナは宛がわれていた部屋に入り引き出しを開けた。
「良かった、あったわ」
レイアードから預かっていた母の形見のネックレスを大事にしまっておいたのだ。
父も亡くなった今、母のネックレスを失うわけにはいかない。残っていてよかった、とほっと胸を撫でおろす。
それを付けて足早に後宮から出ると、宮の前に一人の少女が立っていた。
夕暮れであっても目立つその黄色のドレスに身を包み、いつも通り髪を二つに結って可愛らしく可憐に微笑んだ彼女を見てリリアーナは顔を引き攣らせる。
「・・・マリア嬢、」
「あら、リリアーナ様、御機嫌よう。こんな所で会うとは、奇遇ですね?あれ、おひとりですか?」
そして周りを見渡してラナーがいない事に気づき、リリアーナは声を荒げた。
「貴女!ラナーに何をしたの?!」
「えっ? 怖い、リリアーナ様ったらそんなメイド一人くらいいなくなっただけで「 自分が何をしているか分かっているの?! メイド一人くらい、なんて、そんな言い方······、」」
「死んではないんじゃないですか? 今直ぐに迎えにいけば、ね?」
「······何が目的なの? 私よね? 何故ラナーに······」
「リリアーナ様ってば、こうでもしないと頼みを聞いてくれないではないですかあ、」
悲しいですっ、と言いながら泣き真似をして見せて、直ぐに彼女は表情を邪なものに変えて笑った。
「ふふっ、ヴィクトール陛下に言っても無駄ですよ? だって彼、今娼館でお愉しみなのでしょう?」
「なん、ですって······?」
「あら、やはり知らなかったので? まあっ!新婚なのに隠し事をされているのですね。どうせ今頃、他の女を抱いているのです。今夜くらいは私に陛下を譲って頂けません?」
リリアーナは混乱した。ヴィクトールからは”来賓の接待”としか聞かされていなかったのだから当然だろう。
───ヴィクトール様が娼館に行って、他の女性を抱いている?
その言葉が頭の中で繰り返され、彼女の心を搔き乱していく。最近は少し落ち着いていた彼女の心の安寧が、再び真っ黒に染められるのに時間はかからなかった。
「貴女の望みは、ヴィクトール陛下と一夜を共にする事なのですか?」
「まあ、最初はそこから始めようかと。既成事実があれば側室に上がりやすいですよね? お力添えお願いできます?」
「ラナーは解放してくれるのでしょうね?」
「あのメイドの居場所は教えます。代わりに、私を貴女の部屋に入れてください。そうしないと夜這い、できないんです。警備が厳重で嫌になっちゃう」
「······分かりました、」
リリアーナは拳を握りしめて覚悟を決めると、マリアを連れて皇城の自室へと戻った。
マリアを見た護衛のルーカスが慌てて止めるも、リリアーナは心の中を悟られない様に笑顔で微笑む。
「ルカ、ごめんなさいね、彼女は私が誘ったの。お話をしたくて、二人で晩餐を頂きたいので食事を頼めるかしら?」
「······はっ······お心のままに······」
マリアを部屋に招き入れて、席に座りメイド達が晩餐の準備が終わるのを待って全員を退出させる。
そして二人きりになったタイミングでリリアーナは立ち上がる。
「マリア嬢、早くしてくれるかしら? ラナーはどこにいるの?」
「っ、もう、せっかちだなあ。急かさないで下さいよ。これ、握れば転移できるみたいですよ?」
マリアは徐に赤い石を取り出すとそれをリリアーナに手渡す。リリアーナはその石を手のひらに置き、じっと見つめた。
──魔力を入れて発動するもの、なのだろうか?
魔力はあるとは言われているが、使用したことがない。どうしようか。と考えていると、急に石から魔法陣が展開されてリリアーナを包み込む。
そして、魔法陣と共にリリアーナはかき消えた。
「ほんと、ドラファルトの竜人って怖い事するよね。ま、いっか?」
リリアーナが居なくなった部屋でマリアは一人、その部屋の扉に鍵をかけて呟いた。
マリアが意気揚々と鼻歌を歌いながら、その豪華な晩餐に手を付け始めた時。既にヴィクトールの影とルーカスにより全ての情報が集められ、ヴィクトールに伝えられようとしていた。
マリアはその罪の重さにまだ気付いてはいなかったのである。
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