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54. 皇帝の、影
リリアーナが第三王子バロンにより拉致・監禁された翌日、既にバロンは皇国から姿を消していた。この件については朝方に、バロンが護衛と共に中立国の魔法学園に帰っていったと影から報告を受けているので何の問題もない。
────── 問題はないのだが。
ヴィクトールは謁見の間にて竜王とロンファと顔を合わせていた。
そして目の前の竜王の言い放った言葉にヴィクトールは顔を顰める。
「いま、なんと?」
「番であれば、仕様がないと言ったのだ」
ヴィクトールが拳に力を入れたのを見て、リリアーナはそっと彼の手に触れた。
そして、リリアーナはその二人の間に割り込む事を決める。
「王であられるお二方の発言の間に割って入る無礼、お許し下さい。ですが、私は皇国皇帝陛下の妃、皇后でございます。故に、バロン様の番であるなど、あり得ません」
「姫、「皇后だ、」」
ヴィクトールの強い声に圧されて、竜王は言葉を選びなおすと言葉を続けた。
「皇后陛下。昨夜の息子の無礼、父親として謝罪はしよう。だが、獣人族にとって番は命と同じである。番は雄のみが認知するもので、雌は気づかぬもの。特に人族であられる貴女は分からないであろう。よって仕方のない事、なのだ」
『この気持ちの昂りは制御はできぬ』
力強く、真っ直ぐに自分を見つめ、そう言い切った竜王にリリアーナは息を呑んだ。
それでは、また同じような事になる可能性があるという事だ。不安が一気に押し寄せて、身体が小刻みに震える。
そして、それをいち早く察したヴィクトールは彼女の手を強く握りしめた。
「竜王よ、番の重要性は認知しているつもりではある。だが、それはそれ。リリアーナは既に私の妃で皇后だ。故に貴殿の息子の番であろうとなかろうと関係はない。
我が妻を奪い取ろうとするのであれば、それは皇国への宣戦布告と取ろう、」
自分の所為で戦争になってしまうかもしれないという恐怖でリリアーナは頭が真っ白になり俯く。
「承知した。一先ず、ロンファの即位式までは彼奴には何も手出しはさせぬと約束しよう。即位式、ドラファルトで会える事を楽しみにしているぞ、」
竜王は真っ赤なマントをはためかせながら立ち上がると、護衛を引き攣れて謁見の間を退出した。
竜王の見送りをセドリックに任せ、ヴィクトールはロンファに近寄ると声をかける。
「大丈夫か、あまり気負いすぎるな」
「ヴィクトール先輩······私は、」
「大丈夫だ。お前の所為ではない。それに番の重要性はこちらも分かっているつもりだ」
「本当にッ······不甲斐なくて。僕たちは、いつも番に振り回されるから······、」
「あれは厄介だな。薬は作っているのか?」
「いえ······俺が即位すれば、直ぐに。ヴィクトール先輩も······手助けをしてくれますか?」
ヴィクトールはロンファを見た。
ロンファは竜人族には稀にみる真面目で真っすぐな性格をしている。
学園時代から、番の認知をさせない薬や、発情期を抑える薬の開発をしたいと書物庫に入り浸っていたような奴だ。
出来れば助けにはなってやりたいが······とヴィクトールは玉座に腰かけるリリアーナを見た。
「それは、即位後に奴の動きを見ながら考えよう。彼奴はあきらめないだろうしな」
「先輩、本当にごめんなさい。僕がしっかり監視して、手綱はきちんと握っておくようにします······」
「ああ。お前も、死ぬなよ?」
ロンファは大丈夫です、と笑って手を振った。
リリアーナにも『ごめんなさい』と謝りながら退出する彼を見てヴィクトールは息を吐き出す。
何がどうなってあんな心の澄んだ優しい男が次期竜王になるのか。きっと国の重要機密に関わるのだろうが、解せぬ。
ヴィクトールが心の中でそう呟いた時、影から連絡が入った。
『陛下。第三王子バロンと護衛達は無事中立国のドラファルト邸へ到着しました。ただ、』
「ただ?」
『彼の側近が一人居りませんでした。昨夜も侍女に刃物を突き付けていたかと思います、金髪の、』
「あれか」
ヴィクトールは昨夜の個室での状況を思い出す。
怒りであまり明瞭な記憶ではないが······確か、金髪に金色の瞳をした竜人だった。
転移陣があの部屋に現れた瞬間から、既に距離とタイミングを完璧に計りながら戦闘態勢に入っていた奴だ。護衛というよりも、自分でいう所の“影”に近い存在で、それもかなり強いと見えた。
『あの側近だけが未だこの国に留まっているようです。どうやら、誓約魔法に気づいている様子。リリアーナ様に関する情報を聞き出そうと辺りを嗅ぎまわっています。解除方法を探っているのかと』
「ほう? 推測でも誓約魔法に辿り着いたのは褒めてやらねばならんな。だが、解除方法か」
ふっと笑ったヴィクトールは不敵な笑みを浮かべた。
この誓約魔法に解除方法など、どこにもない。あったら、神殿などとうに潰しているだろう。だから、誓約魔法に関しては特段隠しているわけでもないのだ。
解除方法があるとすれば、ただ一つだ。
─────自分を殺すか。リリアーナを殺すか、のどちらかしかない。
『奴は私が追います。ご許可を』
そう言った影の言葉にヴィクトールはピクリと一瞬眉を動かした。
影の纏め役である此奴は強い。此奴が自分が追うと言っているという事の理由は一つだ。相手の竜人の強さに気づいていて、仲間を連れずに自分一人で対処しようとしている。
「危険と判断したら撤退せよ。お前が死ぬことは絶対に許さん、」
『はっ、お心のままに』
念話が切れてヴィクトールは天井を見上げた。
そして、その雑念を振り払うように首を振るとリリアーナの元に歩み寄る。
「ヴィクトール様、私の所為で、皆様にご迷惑を······。申し訳ございません」
「皇后となった貴女が謝る事ではない。それに、迷惑をかけているのは向こうだ。人の妻を取るなどと、」
「やはり、ヴィクトール様はお優しいですね。私も、あんな方の所になど行きたくないです」
ヴィクトールは彼女をエスコートして謁見の間を退出した。
そして部屋をでた瞬間背筋がぞくぞくと粟立つのを感じる。久しぶりに嫌な予感がする。
あの日のような、胸騒ぎが。
ヴィクトールがその胸騒ぎの真相を知るのは、その日の夜更けの事だった。
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