64 / 65
58. 次の目的地を、ドラファルトへ
綺麗に整えられた寝台で、清められたリリアーナがぐっすりと眠る姿を見ながら椅子に腰かけていると、実の兄が酒を持って目の前に腰を下ろした。
「兄上、オレは許せませんよ」
「どうとでも言え」
「っ、何故!助けたのですか!」
「先も言っただろう。お前が必要だからだ。それに、俺がいなくなったら正式な後継者はお前だけだしな」
「······オレは皇帝なんかには相応しくないし。そんなのに興味はない。お二人の御子を支えるのが、オレの仕事だ!」
「そうか。ではやはりお前は死なせられぬ」
顔を俯けていたロキは、優しい声でそう言い放ったヴィクトールを見た。
やはりこんなの間違っている。自分を助けるためだとしても、皇后にあんな真似を······。と先ほどまでの情景を思い出し、恥ずかしくなって赤面した顔を隠すように再び俯いた。
「劣情は抱くなよ。いくらお前でも彼女は渡せない」
「······ッ!わかっています!それにオレにはそんな気など!「ほう? そんなに勃起させておいてよく言う、」
ロキはヴィクトールに指摘され、慌てて脚を組んで股間を隠した。そして、ごほんっと大きな咳払いをすると、酒を呑み干して、ヴィクトールを見つめ口を開く。
「······兄上。それで、彼女は治癒魔法の使い手なのですか?」
「ああ、詳しくは言えないが。そうだな。
ただ発動条件がある。察してくれ」
大方、唾液などの粘液交渉による治癒なのだろう。けれど、瀕死の状態であった自分をここまで完全回復させたのだから。と考え、そして一つの答えに結び付く。
「もしかして、女神と同じ、大聖女なのですか?オレ、瀕死状態だったはずなんだよ······それが······」
「······。大聖女、かどうかは分からないが、同じ最高位の治癒魔法の使い手ではある、な」
その言葉に、ロキは息を呑んだ。
それは、この世界の均衡が崩れるほどに強力で、誰もが望む力ではないか、と。
ヴィクトールがそれを知らずに彼女を娶ったとしても、他の国の王族達が彼女を横取りして捕らえ、国の発展に利用する可能性だってある。
王族だけではない。神殿だって喉から手がでるほどに欲しい筈。
最強の闇魔法の使い手で魔眼持ちの皇帝が、大治癒という最高位の光魔法を行使する妻を得たのだ。
「無敵すぎるだろ······それ、」
「彼女には、誓約魔法を施してある。万に一も誰かに触れられることはない。あぁ、それと悪いが。お前の記憶も、少し隠させてもらうぞ?
いくらお前でも、リリアーナとの口づけを記憶させておくことはできないからな」
ロキは治癒行為の記憶を闇魔法で曖昧にするのだという事を察した。そしてそれに同意して、頷く。
ヴィクトールは彼の瞳に手を翳すと【記憶隠蔽】を行使した。
闇魔法で記憶を消去する事は不可能だが、靄がかかったかのように隠蔽する事は可能だ。ただ、記憶自体は脳に存在するので、思い出そうとすればきっとその情報の乖離に魘される事にはなるだろうが。
「さて、話題を変えよう。お前を殺ったのは、あの竜人か?」
ヴィクトールの怒りを孕んだ声に、ロキは背筋を伸ばして返答する。
「はい。あれは、確かにあの金髪の竜人でした。
名をヴォル、と」
「竜王の三男の側近の一人か。確かに奴は強そうだったな」
「あいつは、オレと同じ匂いがしました。むしろ淡々と殺す事しか考えていない感情の欠落した戦士のようで気味が悪かったです」
「そうか。近日行われる予定の竜王の長男ロンファの即位式に呼ばれた。その同行者にはお前も含めよう。売られた喧嘩だ。盛大に買ってやろう」
漆黒の闇を纏わせながら、にやりと笑ったヴィクトールを見て、ロキは身体を震わせる。
ドラファルトにはまだヴィクトールの妻が治癒魔法の使い手である事は知られてはいないだろう。
絶対に敵には回したくない相手だな、とロキは隣で不敵に笑う兄を見た。
「明日にはリチャードと魔道具研究所に知らせを出そう。最優先で対竜人族用の魔道具の開発を行う。
それを持って、ドラファルトに行くか。護衛の人選は······そうだな。ロキ、ジョシュア、シャルロッテくらいにしておこう。
あまり大勢連れて行っても怪しまれるからな」
「はい、それが良いかと思います。次は必ず仕留めて見せます」
「ロンファも、あの第三王子バロンに虎視眈々と命を狙われていると嘆いていたな。お前も次は無理するなよ。次は見殺しにするぞ」
「はっ、」
ロキは深く頷いて跪く。
「この度はご迷惑おかけし、申し訳ございませんでした」
ロキは寝台で眠るリリアーナを見て、じゅくりと鋭利な刃物で心臓を抉られるような痛みを感じ、理由も分からぬまま胸元を抑えて部屋を退出した。
彼にはリリアーナが治癒魔法の使い手という情報は残っている。しかし、ヴィクトールの記憶隠蔽魔法により、どのように治癒を施してもらったかは既に分からなくなっているのだ。
ヴィクトールは部屋から立ち去った弟を見ながら溜息をついてから立ち上がる。
「バロンそしてヴォルとやら。俺の弟に手を出した非礼、絶対に許すつもりはない。待っていろ、」
そして、寝台で眠る最愛の妻の額に口付けを落としてから、彼女を抱きしめ眠りについた。
翌日、皇国皇城ではドラファルトに向けた緊急の対策会議が行われ、其々が各自の役割の下、違った形で出国のための準備を整える事となった。
それから約一月後、ヴィクトールはリリアーナと護衛三人を連れて、ロンファの即位式出席という名目でドラファルトへの旅路についたのである。
─────── 第二章・完 ───────
あなたにおすすめの小説
ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。
言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。
喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。
12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。
====
●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。
前作では、二人との出会い~同居を描いています。
順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。
※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。
復讐のための五つの方法
炭田おと
恋愛
皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。
それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。
グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。
72話で完結です。
あっ、追放されちゃった…。
satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。
母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。
ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。
そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。
精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。
好きな人が嬢を身請けするのが辛くて逃げたら捕まりました~黒服の私は執着騎士に囲われる~
こじまき
恋愛
騎士が集う高級酒場「夜香楼」で女性黒服として働くソフィアは、客である寡黙な騎士ゼインに恋していた。けれど彼が指名するのはいつも人気花嬢イサナで、身請けも近いと予想されていた。
ソフィアは、叶わない想いにと嫉妬に耐えきれず、衝動的に店を去る。
もう二度と会うことはないはずだったのに、身請けした嬢と幸せに暮らしているはずの彼が追ってきて――
「お前への愛は焼き印のように刻まれていて、もう消えない」
――失恋したと思い込んで逃げた黒服が、執着系騎士様に捕まって囲われる話。
※小説家になろうにも投稿しています
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中
桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。
やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。
「助けなんていらないわよ?」
は?
しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。
「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。
彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。