67 / 129
第六話⑧
「君もコーヒーを飲んで、サンドウィッチを食べなさい」
カップの持ち手をつまむようにして持っている。変わっていないなと思いながら、一成は「いただきます」と断って、右手でカップを持ち、一口飲んだ。ドリップコーヒーは久しぶりだったが、美味しそうな匂いをそのまま味として凝縮したような良い風味が口の中に広がった。
「美味しいです」
ちょっとだけ目を見張った。
榮はやんわりと笑う。
「最近の中では悪くはない味だ」
そう皮肉気に言って、口元にカップを運ぶ。
一成も間を持たせようとコーヒーを飲む。車に乗っていた時も沈黙が落ちる度に胃が痛かったが、少なくともここでは飲んで食べるという行動ができる。
――どうするんだ、俺は。
榮は瞼を伏せ、無言でコーヒーを飲んでいる。その所作はやはり端整だ。本当に変わっていないなと見つめながら、どうして自分の目の前に現れたのかを改めて考えた。過去に関係があった相手の部屋へ入って、何も起きないと思うほど子供ではない。引きずられるようにして来てしまったが、だからこそ理由が知りたかった。
「深水先生」
そう口にすると、胸にチクリとした痛みが奔る。教師と生徒だったという現実が問答無用で突きつけられて気持ちがきつい。
「ここに住んでいるんですか?」
それを聞いてどうするのかと自分でも思ったが、榮は自分から話を振るタイプではないので、会話をさせるには自分が口火を切らなければならない。
「そうだが」
榮は軽く目をあげる。
「面白いことを聞くな、一成」
「長く住んでいるようには見えなかったので」
住み始めたばかりなのかもしれないと考えた。
「ひと月前に、知人から借りた。その理由も知りたいか」
榮は一成の意図を読んだように、知的な目元に謎めいた笑みを含ませる。
一成は身体を強張らせた。だが表情が変わらないように奥歯を噛み締める。
「以前の家は……どうしたのかと思いまして」
「慣れた家が良かったのか」
涼しげでいて惑わすような声。
一成の頬がじわりと熱くなった。喉が鳴る。ああ……あの時と同じだ。気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりとソーサーにカップを置いた。
「知人からお借りしたのは、仕事のためですか」
話を続ける。
「そうだ」
榮はコーヒーを飲みながら相槌を打つ。
「これから取り掛かる物語には必要なものがある。そのためだ」
推理作家である榮はその内容を思い浮かべたかのように、物憂げな表情を見せる。
「以前の家は遠い。それでも良かったが、今あの家には住人がいる。一緒に住むとなるとお互いに邪魔だろう」
何かしらの遠慮を感じさせる。
身内の方が住んでいるのかと一成は一瞬思った。あの当時、榮は一人で住んでいた。家族関係はわからないが、榮が気遣いを見せるのは誰であれ珍しいと思った。自分の前ではいつも辛辣な皮肉家だったから。
カップの持ち手をつまむようにして持っている。変わっていないなと思いながら、一成は「いただきます」と断って、右手でカップを持ち、一口飲んだ。ドリップコーヒーは久しぶりだったが、美味しそうな匂いをそのまま味として凝縮したような良い風味が口の中に広がった。
「美味しいです」
ちょっとだけ目を見張った。
榮はやんわりと笑う。
「最近の中では悪くはない味だ」
そう皮肉気に言って、口元にカップを運ぶ。
一成も間を持たせようとコーヒーを飲む。車に乗っていた時も沈黙が落ちる度に胃が痛かったが、少なくともここでは飲んで食べるという行動ができる。
――どうするんだ、俺は。
榮は瞼を伏せ、無言でコーヒーを飲んでいる。その所作はやはり端整だ。本当に変わっていないなと見つめながら、どうして自分の目の前に現れたのかを改めて考えた。過去に関係があった相手の部屋へ入って、何も起きないと思うほど子供ではない。引きずられるようにして来てしまったが、だからこそ理由が知りたかった。
「深水先生」
そう口にすると、胸にチクリとした痛みが奔る。教師と生徒だったという現実が問答無用で突きつけられて気持ちがきつい。
「ここに住んでいるんですか?」
それを聞いてどうするのかと自分でも思ったが、榮は自分から話を振るタイプではないので、会話をさせるには自分が口火を切らなければならない。
「そうだが」
榮は軽く目をあげる。
「面白いことを聞くな、一成」
「長く住んでいるようには見えなかったので」
住み始めたばかりなのかもしれないと考えた。
「ひと月前に、知人から借りた。その理由も知りたいか」
榮は一成の意図を読んだように、知的な目元に謎めいた笑みを含ませる。
一成は身体を強張らせた。だが表情が変わらないように奥歯を噛み締める。
「以前の家は……どうしたのかと思いまして」
「慣れた家が良かったのか」
涼しげでいて惑わすような声。
一成の頬がじわりと熱くなった。喉が鳴る。ああ……あの時と同じだ。気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりとソーサーにカップを置いた。
「知人からお借りしたのは、仕事のためですか」
話を続ける。
「そうだ」
榮はコーヒーを飲みながら相槌を打つ。
「これから取り掛かる物語には必要なものがある。そのためだ」
推理作家である榮はその内容を思い浮かべたかのように、物憂げな表情を見せる。
「以前の家は遠い。それでも良かったが、今あの家には住人がいる。一緒に住むとなるとお互いに邪魔だろう」
何かしらの遠慮を感じさせる。
身内の方が住んでいるのかと一成は一瞬思った。あの当時、榮は一人で住んでいた。家族関係はわからないが、榮が気遣いを見せるのは誰であれ珍しいと思った。自分の前ではいつも辛辣な皮肉家だったから。
あなたにおすすめの小説
BL 男達の性事情
蔵屋
BL
漁師の仕事は、海や川で魚介類を獲ることである。
漁獲だけでなく、養殖業に携わる漁師もいる。
漁師の仕事は多岐にわたる。
例えば漁船の操縦や漁具の準備や漁獲物の処理等。
陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
鬼上司と秘密の同居
なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳
幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ…
そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた…
いったい?…どうして?…こうなった?
「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」
スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか…
性描写には※を付けております。