運命の扉~レジェンド・オブ・グローリア~

蒼月さわ

文字の大きさ
3 / 3

運命の扉 2

しおりを挟む
「扉は道しるべの象徴さ。ひとつをひらけば、また扉があちこちで待っている。そのうちのひとつを選べば、また扉がある。それの繰り返しさ。海の彼方にある常若の国へ逝くまで、あたしたちは扉をひらきつづけなければならない」

 コンドリーサは自分と同じ娘の鮮やかな深紅の瞳を覗き込んだ。月の呪文を唱える唇が、静かに言葉を刻む。

「わかるだろう、アイーダ」

 ……わかるだろう。

 アイーダはびくんっと躰を震わせた。両腕をまわし、顔をあげて辺りを見る。居間は閉め切っているはずなのに、なまあたたかな風がかすかに頬を撫でていった。

 振り返ってごらん……

 その風をたどるように、アイーダはゆっくりと振り返った。玄関先の扉は、厚い大木でつくったアーチ状のものだ。錠をかけていたはずなのに、いつのまにか大きく内側へひらいていた。
 そこには、ひとりの若者が立っていた。日の光で染めあげたような髪をひとつに結い、腰には刀剣を下げ、灰色のマントを羽織っている。銀色に輝く細長い刀剣は王に仕える剣士の印、マントの色は「故郷を持たぬ者」、それを右肩で羽織り左肩をむき出しにするのは、妻を亡くした夫であることの証。
 光の加減で淡く濃く色の移ろう瞳が、まっすぐにアイーダを見つめている。
 ふいにアイーダはなにかを思い出しかけた。まるで突然火が燈って、そこが暗闇であるのがわかったかのように、唇が動いた。

「……失われし宮へ祈りを捧げよ、闇と光を大いなる大地へ還すのだ……そして……」

 若者はゆっくりと歩みだす。アイーダも踏み出しかけた。
 だが突然、何かを打ち破るような音がして、我に返った。その音がしたほうへ顔を向けると、コンドリーサが両手を持ちあげて、まっすぐに立っていた。
 今の音は母親が手を叩いたものだと、やや待ってから気がついたアイーダは、子ウサギのように飛びあがった。

「かあさま! いまそこに人が!……」

 再び振り返ったアイーダの目に映ったのは、人ひとりが通れる程度にひらいた扉だけだった。さきほどの若者が立っていた場所には、午後の日差しの柔らかな光が落ちている。

「あそこにいたのに……」

 コンドリーサはすべてを承知しているというかのように頷くと、音もなくその場を離れ、扉を強く閉めた。

「アイーダ、お座りよ」
「……かあさま、いま、声がして……」

 アイーダは青ざめた顔をして、スカートを強く握りしめながら、立ちすくんでいる。

「あれは、呪われた大地の……」

 コンドリーサは娘を優しく抱いた。

「大丈夫だよ、ちょいと悪戯されただけだからね」
「でも……風が……」
「安心おし、コンドリーサの家で勝手な真似などさせないよ」

 アイーダを座らせてから、自分も元の席に戻った。

「悪戯好きの妖精たちが、あと少しで月の満ちるお前をからかっていったのさ。もう魔力を使いたがっている利かん気のお前をね」

 顔を覗き込んで娘の鼻をポンと叩くと、からからと笑う。
 アイーダは朱色の頬をふくらませて、鼻を押さえた。幼い頃よくそうやってからかわれたのだ。

「とにかく、新月の儀式まで待つことだね」

 コンドリーサは笑顔のままで、さらりと口にする。

「お前はその翌日、村を去ることになるだろうから」

 突然の言葉に、アイーダは一瞬呼吸がとまったような表情をしたが、すぐさま息を吹き返して、ついでに吹きだした。

「なに言ってんのよ。あたしは村を出て行かないわよ。そんなつもり全然ないし」
「いいや、お前は出てゆくよ。これは自分の意思ではどうにもならないんだ。さっき話しただろう」

 確信めいた口ぶりで、断言する。

「それが、お前の運命の扉なのさ」
「――信じないわ!そんなの!」

 だがアイーダは、納得がいかないとばかりに立ちあがった。

「いきなりそんなこと言われて、はいわかりましたなんて頷くバカがいるわけないでしょう! 言っておくけど、あたしは月の魔女になっても、絶対にこの家から出ないからね!」

 母親から利かん気とからかわれた気性そのままに噛みつくと、憤然と席を立つ。

「ちょいとお待ちよ」
「なに!」

 アイーダは腰まである黒髪が乱れる勢いで、ぐわっと振り返る。

「また変なこと言うつもり!」

 だが母親が示したのは、まだ床に散らばっているかけらの数々だった。

「高かったんだけどねえ」

 ため息までつけた呟きに、アイーダは二階へ向かおうとした爪先を一回転させて、足音荒く戻ると、しゃがみこんで再び拾いはじめる。

「すっかり忘れていたわ」
「そうだろうよ」

 今度は母親が席を立った。

「さあて、疲れたから、ちょいと休むとするかねえ」

 背伸びをしながら、床下から生えている大木の幹に刻みをいれた階段を上がってゆく。
 アイーダはその優雅な後ろ背を恨めしげに見送りながら、ひたすら自分が割った壷のかけらを拾った。



 コンドリーサは二階にある寝室の扉を閉めると、肩で大きく息をついた。
 アーチ状の出窓は朝から開きっぱなしで、気持ちのよい風の訪いを受けている。西風の精たちが周辺の豊かな森の匂いを運び、濃厚な気配が部屋の隅々までいきわたっている。
 コンドリーサは窓辺に近づくと、外を眺めた。
 月の魔女の村は呪いの森にあって、幸いなる島グリーリアでは東と南の間にある。東の方角には始まりの都が、南の方角には次なる都が、西の方角には終わりの都があるが、その背後には島をまっぷたつにする大山脈があった。
 コンドリーサは出窓から見える大山脈のかすかな輪郭と、西の空を覆う薄黒い影を凝視した。
 大山脈の向こうは、閉ざされし地である。
 あの地に足を踏み入れた人間はひとりも戻らず、精霊たちも恐れて近寄らない。
 闇の翼に触れられた大地と、人々は囁きあう。
 コンドリーサは窓辺にもたれかかり、その暗い空を眺めながら、さきほどの娘の言葉を反芻した。

(あの子は導かれし者だ)
(呪われた大地が、あの子を呼んでいる)

 美しく整った深紅の唇が、臭い匂いを嗅いだように堅く結ばれた。

(あの時、何者かが力を使った)

 アイーダへ集中していた間隙をついて、輝かしき神が祝福したこの村で、妖精王が呪ったこの村で――村一番の魔女が住まうこの私の家で、いともたやすくあの子へ誰かが接触した。
 コンドリーサは険しい表情のまま、手すりに重心を傾け、眼下を見渡した。一面の緑。緑の牢獄。その中心に、小さな沼がある。昔、輝き人を裏切ってしまった村の男たちが流した後悔の涙だと伝えられる沼が。そこは月の満ちた少女たちが魔女になるための儀式の場だ。

(――これも運命かもしれない)

 風が挨拶するように、いちどに吹いていった。腰まである艶やかな黒髪が、気持ちよさげにはねあがる。
 アイーダへもまもなく風が吹くのだろう。
 コンドリーサは眩しげに青い空を見上げた。
 あの子の運命の扉をひらくのは、光なのだから――



 赤い月の魔女アイーダの物語りは、月の魔力をおびる新月の儀式からはじまる。
 魔女アウレリアから、たったひとつの大きな扉を持つ者と告げられたアイーダは、儀式の終り頃、ひとりの旅人と出会う。
 森にかけられた呪いを乗り越えて現れたその旅人は、次の日の朝、村を去った。
 新しく誕生した月の魔女とともに――
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

悪役女王アウラの休日 ~処刑した女王が名君だったかもなんて、もう遅い~

オレンジ方解石
ファンタジー
 恋人に裏切られ、嘘の噂を立てられ、契約も打ち切られた二十七歳の派遣社員、雨井桜子。  世界に絶望した彼女は、むかし読んだ少女漫画『聖なる乙女の祈りの伝説』の悪役女王アウラと魂が入れ替わる。  アウラは二年後に処刑されるキャラ。  桜子は処刑を回避して、今度こそ幸せになろうと奮闘するが、その時は迫りーーーー

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

二本のヤツデの求める物

あんど もあ
ファンタジー
夫の父の病が重篤と聞き、領地から王都の伯爵邸にやって来たナタリーと夫と娘のクリスティナ。クリスティナは屋敷の玄関の両脇に植えられた二本の大きなヤツデが気に入ったようだ。 新たな生活を始めようとするナタリーたちだが、次々と不幸が襲いかかり……。

処理中です...