天の龍 地の女神

常盤 舞子

文字の大きさ
60 / 60

第59話 ディーンの意思

しおりを挟む
 「なぜなの、ディーン・・・。」
 女神は夫に黄金の短剣を向けていた。髪を振り乱し目は血走っている。
 神々の王、ディーンは気まずそうにそっと目をふせる。

 「答えて、ディーン!」
 女神は夫に一歩近づく。短剣を持つ手は怒りにわなないている。
 「・・・君を愛しているからだ。」
 「私を愛してる!?」
 女神は短剣を夫に向けたまま鼻で笑った。
 「だから、バアルから私の記憶を奪ったと?あなたの望み通りよ。バアルは私を忘れ魔界の女を娶り、私は愛を失った。私たちはまんまとあなたにしてやられたというわけね!」

 女神はバアルの自分に向けられた瞳を思い出した。かつては優しく自分を見つめていた瞳が、別人のように冷たく無関心なものとなっていた。愛を語った唇が再び自分の名前を呼ぶことはなく、自分を抱いた逞しい二つの腕は別の女を抱く。理由がわからず、悩み苦しみ自責する日々。
 全ては目の前に立つこの男が原因だったのだ。
 女神は黄金の短剣を持ち直し、目をつぶると自分の胸に突きつけた。
 「よせ、アイリーン!!」
 ディーンが止めに走り寄ったが、アイリーンは素早く短剣を胸に突き刺した。
 鮮血が衣服に滲み出る。心臓をひと突き。女神は絶命した。

 「アイリーン・・・」
 ディーンはアイリーンの亡骸を胸に抱き絶望に打ちひしがれた。
 なぜこうなった。自分はただ美しいアイリーンを手に入れたかっただけなのに。
 アイリーンと相思相愛のバアルに忘却の水を飲ませ、アイリーンのことを忘れさせた。バアルに忘れられ悲しみに茫然としていたアイリーンを口説き我がものにした。
 聖戦でディーンに敗北し、魔界に追いやられたバアルより神々の王たる自分の妃になる方が彼女にとって幸福ではないのか。
 強引だったかもしれないが、二人の間には子をなし、アイリーンは幸せそうに笑っていたではないか。 

 しかし、アイリーンはディーンの企みを許さず自刃してしまった。
 彼女の魂は魔界へ降りていく。バアルの元へ。

 「聖戦では私が勝ったかもしれないが、勝者はお前だ、バアル」
 ディーンは魔界へ赴き、バアルに忘却の水を吐き出させると、最愛の女神を死なせた己を恥じて姿を隠した。
 神の代わりに地上を治めるよう地上代行者である神族リーネ族に自らの力を封じ込めた3種の神器を託し、アイリーンとの間に産まれた我が子の庇護も命じた。
 最高神であるディーンが地上から消えた最初の混乱を治め、リーネ族はディーンの地上代行者としてよく任務をまっとうした。

 忘却の水を吐き出したバアルもアイリーンを思い出し混乱した。自分は愛する人に何をした?
 忘却の水を飲まされていたとはいえ、アイリーンを忘れ別の女を妻にし、アイリーンを苦しめた。
 後悔と懺悔。愛する人を死に追いやったのは自分も同然なのだ。

 糾弾すべきディーンはいない。
 行き場のない怒りにやるせない気持ちであったが、バアルはアイリーンの魂が魔界の少女に生まれ変わったことを知った。
 狂喜してバアルは少女を自分の妻に迎えた。
 少女は無理やり家族や婚約者である幼なじみから引き離され、魔界の王宮に連れて来られた。
 
「家に帰してください!」
 少女の懇願は聞き届けられない。バアルはこれまでの忘却期間を埋めあわせるかのように少女を夜毎愛した。
 バアルの寵愛がなぜなのかわけがわからず、少女はバアルを恨む。
 少女はアイリーンの記憶を持ち合わせいなかったのだ。
 忘却の罪には忘却を。復讐の女神が微笑む。

 バアルと共に魔界を統治していた糟糠の妃はこの事態に激怒した。
 新たなる悲劇の幕開けであった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

処理中です...