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1.プロローグ
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「リフィリーゼ! お前はもう帰ってくるな!」
「ごめんなさい、お父様! 許してください!」
夜も深まる中、馬車から押し出すように閉め出されたリフィリーゼは、必死に馬車に向かって声を上げる。はしたなさなんて気にせず、馬車のドアをガチャガチャと揺らすが、開く気配はない。街道のすぐそばには魔獣の住む薄暗い森があり、湿ったような香りを感じる。しかし、森の奥では、魔獣の双眼がリフィリーゼを見ているように見えた。
「ごめんなさい。もうしないわ!」
ドレス姿のまま追い出されたリフィリーゼは、ヒールの高い靴を履いていた。ドアを叩いているとぐらりと身体が揺れ、転んでしまったリフィリーゼ。ヒールは折れ、リフィリーゼは急いで起き上がる。倒れた隙に走り出した馬車を、足を動かして必死に追う。
「いた……」
走るたびにぬかるみに足を取られ、靴が順に脱げた。傷ひとつなかったリフィリーゼの足は、この数歩で傷がつき、捻った足は赤く腫れ上がってきた。経験したことのない痛みにリフィリーゼは座り込み、足を触った。
「……触ると痛いわ。どうしたら……」
止まる様子のない馬車は徐々に見えなくなり、リフィリーゼは途方に暮れた。
「……戻ってきてくれるかしら」
馬車の騒音がなくなった街道はとても静かだ。
そもそも、リフィリーゼは中位貴族の令嬢だ。ただし、リフィリーゼに令嬢としての才能はなかったようで、社交界の暗黙のルールや嘘が分からなかった。ついつい口に出してしまう他の人の矛盾。平等と謳われた大義名分を信じて、身分の高い人に対して苦言を呈したリフィリーゼ。いつも夜会の帰りに父に叱られ、次からは笑って立っているだけにすると約束し、矛盾に気がつくと、その約束を忘れて口に出してしまう。不興を買い続けたリフィリーゼは、ついに今日、王妃にも不敬を働いてしまったため、道に捨てられることになったのだ。友人なんていない。リフィリーゼが捨てられようと、誰もがいい気味だときっと笑うのだろう。
風の音が止んだ。月が雲に隠された。その不気味な様子にリフィリーゼは背中がざらりとした。思わず己の肩を抱きしめると、どこからか小枝がぱきりと割れるような音が聞こえた気がした。
「ぐるるるる」
その声が聞こえた時、リフィリーゼは思わず後ろを振り返った。振り返ったリフィリーゼの長い髪は宙を舞い、何かにバサリと切り落とされた。
魔獣の鋭すぎる牙は音もなく、リフィリーゼの髪を切り落としたのだった。
「っ!」
恐怖に声も上がらないリフィリーゼが息を呑んだ。魔獣の爪がリフィリーゼのドレスを破った。思わず身を捩ったため、致命傷にはならなかったが、リフィリーゼの背は魔獣の爪に切り裂かれ、鮮血が飛んだ。ゆっくりと地面に血が広がっていく。
「これは珍しい。貴族令嬢が落ちているなんて」
突然聞こえた声に、魔獣もリフィリーゼも動きが止まる。キョロキョロと視線を動かし、助けて、と掠れた声で助けを求めたリフィリーゼに、その声は問うた。
「ん? お前、貴族令嬢なのに魔法の適性が高いな」
魔法の特性……そんな言葉よりも適性が高いという言葉にリフィリーゼの胸が高まった。令嬢として何をやっても才のなかったリフィリーゼに、何かの才があるなんて。魔獣に睨まれた絶望的な状況なのに、リフィリーゼの頬は期待に赤く染まった。
「お前が選べ。私についてくるか、ここで魔獣に食われるか」
恐怖で枯れていた声を必死に絞り出して、リフィリーゼは答えた。
「わたくしを、わたくしを、連れていってください!」
その瞬間、魔獣は散った。鮮血が飛び散る中、真っ白な髪の美しい人が現れた。
「そのドレスは捨てていけ。これが魔法使いの見習い服だ。着るといい」
立ち上がると切り裂かれたドレスははらりと落ち、リフィリーゼは慌てて見習い服を羽織った。何か魔法をかけられたリフィリーゼは眠気に倒れ、宙に浮いた。
「魔獣の爪の傷か……厄介だな」
そう言った瞬間、二人の姿はその場から消え、リフィリーゼのドレスと鮮血だけがその場に残った。
「ごめんなさい、お父様! 許してください!」
夜も深まる中、馬車から押し出すように閉め出されたリフィリーゼは、必死に馬車に向かって声を上げる。はしたなさなんて気にせず、馬車のドアをガチャガチャと揺らすが、開く気配はない。街道のすぐそばには魔獣の住む薄暗い森があり、湿ったような香りを感じる。しかし、森の奥では、魔獣の双眼がリフィリーゼを見ているように見えた。
「ごめんなさい。もうしないわ!」
ドレス姿のまま追い出されたリフィリーゼは、ヒールの高い靴を履いていた。ドアを叩いているとぐらりと身体が揺れ、転んでしまったリフィリーゼ。ヒールは折れ、リフィリーゼは急いで起き上がる。倒れた隙に走り出した馬車を、足を動かして必死に追う。
「いた……」
走るたびにぬかるみに足を取られ、靴が順に脱げた。傷ひとつなかったリフィリーゼの足は、この数歩で傷がつき、捻った足は赤く腫れ上がってきた。経験したことのない痛みにリフィリーゼは座り込み、足を触った。
「……触ると痛いわ。どうしたら……」
止まる様子のない馬車は徐々に見えなくなり、リフィリーゼは途方に暮れた。
「……戻ってきてくれるかしら」
馬車の騒音がなくなった街道はとても静かだ。
そもそも、リフィリーゼは中位貴族の令嬢だ。ただし、リフィリーゼに令嬢としての才能はなかったようで、社交界の暗黙のルールや嘘が分からなかった。ついつい口に出してしまう他の人の矛盾。平等と謳われた大義名分を信じて、身分の高い人に対して苦言を呈したリフィリーゼ。いつも夜会の帰りに父に叱られ、次からは笑って立っているだけにすると約束し、矛盾に気がつくと、その約束を忘れて口に出してしまう。不興を買い続けたリフィリーゼは、ついに今日、王妃にも不敬を働いてしまったため、道に捨てられることになったのだ。友人なんていない。リフィリーゼが捨てられようと、誰もがいい気味だときっと笑うのだろう。
風の音が止んだ。月が雲に隠された。その不気味な様子にリフィリーゼは背中がざらりとした。思わず己の肩を抱きしめると、どこからか小枝がぱきりと割れるような音が聞こえた気がした。
「ぐるるるる」
その声が聞こえた時、リフィリーゼは思わず後ろを振り返った。振り返ったリフィリーゼの長い髪は宙を舞い、何かにバサリと切り落とされた。
魔獣の鋭すぎる牙は音もなく、リフィリーゼの髪を切り落としたのだった。
「っ!」
恐怖に声も上がらないリフィリーゼが息を呑んだ。魔獣の爪がリフィリーゼのドレスを破った。思わず身を捩ったため、致命傷にはならなかったが、リフィリーゼの背は魔獣の爪に切り裂かれ、鮮血が飛んだ。ゆっくりと地面に血が広がっていく。
「これは珍しい。貴族令嬢が落ちているなんて」
突然聞こえた声に、魔獣もリフィリーゼも動きが止まる。キョロキョロと視線を動かし、助けて、と掠れた声で助けを求めたリフィリーゼに、その声は問うた。
「ん? お前、貴族令嬢なのに魔法の適性が高いな」
魔法の特性……そんな言葉よりも適性が高いという言葉にリフィリーゼの胸が高まった。令嬢として何をやっても才のなかったリフィリーゼに、何かの才があるなんて。魔獣に睨まれた絶望的な状況なのに、リフィリーゼの頬は期待に赤く染まった。
「お前が選べ。私についてくるか、ここで魔獣に食われるか」
恐怖で枯れていた声を必死に絞り出して、リフィリーゼは答えた。
「わたくしを、わたくしを、連れていってください!」
その瞬間、魔獣は散った。鮮血が飛び散る中、真っ白な髪の美しい人が現れた。
「そのドレスは捨てていけ。これが魔法使いの見習い服だ。着るといい」
立ち上がると切り裂かれたドレスははらりと落ち、リフィリーゼは慌てて見習い服を羽織った。何か魔法をかけられたリフィリーゼは眠気に倒れ、宙に浮いた。
「魔獣の爪の傷か……厄介だな」
そう言った瞬間、二人の姿はその場から消え、リフィリーゼのドレスと鮮血だけがその場に残った。
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