3 / 25
3.シューデン王国王子目線
しおりを挟む「取り逃した、だと!?」
自国を守ろうと、周囲五カ国語を操り、恐るべき外交手腕を発揮する者が、女性で、尚且つ王子の婚約者という身分だと知った時から、私にとってミリュー王国は侵略しがいのある土地ではなくなった。
「シューデン王国には、我が国から最優先で水を輸出いたします。料金は、我が国を属国とするよりも割安で周辺諸国との軋轢も生まれません。なお、周辺諸国に同様の交渉を行なっており、了承を得ています」
そんな衝撃的な文面から始まる手紙を受け取り、手を回していた作戦を慌てて引っ込めたのは記憶に新しい。彼女は、ミリュー王国を破滅させようとしている我が国の行動に確実に気づいていたのだろう。
実際、それ以降の交渉で彼女が上げる提案はすべて魅力的なものだった。
彼女が、ほしい。
そう思い始めたのは、いつ頃からだったか。きっと、周辺五カ国を交えた国交の親交を祝うパーティーの場だ。
美しく、凛としている……しかし、可憐で愛らしく、手折ってしまいたくなる花のような彼女。
隣にいる王子の暗殺計画を考えたことは、何度もある。彼女を手に入れられるのなら、と彼女の望まない戦争を仕掛けようと父上に嘆願したこともある。
きっと周辺諸国も彼女の魅力と手腕にやられてしまったのだろう。
先代の頃から計画をあたためていたはずのボレアース王国だって、手を引いた。
そんな彼女から手紙が来なくなり、彼女が王子の婚約者でなくなったと知った。チャンスだ。そう思い、ミリュー王国侵攻を父上に奏上すると、父上も“彼女がいないのならば”と同意してくれた。
そうして、我が国は隣国ミリュー王国の一部を手に入れたのだった。しかし、そこに彼女はいなかった。独立した領地として、自領の守りを強化し、フェイジョア女公爵として、配偶者と共に並び立っていたのだった。
「ツリアーヌ・フェイジョア公爵」
「まぁ、ごきげんよう? シューデン王国第一王子ミカルド様」
私の彼女を渇望する視線に気付いたのであろう。横に男が現れた。
「あら、あなた。ちょうどよかったわ。ミカルド様、ご紹介いたします。わたくしの夫、ヤリアントですわ」
「ヤリアント・フェイジョアと申します」
そうにこやかに挨拶するあいつは、表情なんて読めなかった。しかし、横にいる彼女を大切にしている様子は、態度にありありと現れていた。
「そうですわ! 我が公爵領をミリュー王国として独立させ、混乱に陥って難民となっているミリュー人を受け入れたいと考えておりまして。あと、」
表情をパッと明るくした彼女は、私に政治交渉を始めた。彼女の願いならなんだって叶えてあげたい、私のそんな気持ちを感じ取っているのか無茶な難題を次々とふっかけてくる。
「……父上には、私からうまく頼んでおこう」
「ありがとうございます! ミカルド様!」
満面の笑みで私の手を握る彼女と、嫉妬を浮かべた彼女の配偶者。そんな配偶者の姿に優越感を覚え、私は帰国した。父上に叱られることを覚悟の上で。
自国を守ろうと、周囲五カ国語を操り、恐るべき外交手腕を発揮する者が、女性で、尚且つ王子の婚約者という身分だと知った時から、私にとってミリュー王国は侵略しがいのある土地ではなくなった。
「シューデン王国には、我が国から最優先で水を輸出いたします。料金は、我が国を属国とするよりも割安で周辺諸国との軋轢も生まれません。なお、周辺諸国に同様の交渉を行なっており、了承を得ています」
そんな衝撃的な文面から始まる手紙を受け取り、手を回していた作戦を慌てて引っ込めたのは記憶に新しい。彼女は、ミリュー王国を破滅させようとしている我が国の行動に確実に気づいていたのだろう。
実際、それ以降の交渉で彼女が上げる提案はすべて魅力的なものだった。
彼女が、ほしい。
そう思い始めたのは、いつ頃からだったか。きっと、周辺五カ国を交えた国交の親交を祝うパーティーの場だ。
美しく、凛としている……しかし、可憐で愛らしく、手折ってしまいたくなる花のような彼女。
隣にいる王子の暗殺計画を考えたことは、何度もある。彼女を手に入れられるのなら、と彼女の望まない戦争を仕掛けようと父上に嘆願したこともある。
きっと周辺諸国も彼女の魅力と手腕にやられてしまったのだろう。
先代の頃から計画をあたためていたはずのボレアース王国だって、手を引いた。
そんな彼女から手紙が来なくなり、彼女が王子の婚約者でなくなったと知った。チャンスだ。そう思い、ミリュー王国侵攻を父上に奏上すると、父上も“彼女がいないのならば”と同意してくれた。
そうして、我が国は隣国ミリュー王国の一部を手に入れたのだった。しかし、そこに彼女はいなかった。独立した領地として、自領の守りを強化し、フェイジョア女公爵として、配偶者と共に並び立っていたのだった。
「ツリアーヌ・フェイジョア公爵」
「まぁ、ごきげんよう? シューデン王国第一王子ミカルド様」
私の彼女を渇望する視線に気付いたのであろう。横に男が現れた。
「あら、あなた。ちょうどよかったわ。ミカルド様、ご紹介いたします。わたくしの夫、ヤリアントですわ」
「ヤリアント・フェイジョアと申します」
そうにこやかに挨拶するあいつは、表情なんて読めなかった。しかし、横にいる彼女を大切にしている様子は、態度にありありと現れていた。
「そうですわ! 我が公爵領をミリュー王国として独立させ、混乱に陥って難民となっているミリュー人を受け入れたいと考えておりまして。あと、」
表情をパッと明るくした彼女は、私に政治交渉を始めた。彼女の願いならなんだって叶えてあげたい、私のそんな気持ちを感じ取っているのか無茶な難題を次々とふっかけてくる。
「……父上には、私からうまく頼んでおこう」
「ありがとうございます! ミカルド様!」
満面の笑みで私の手を握る彼女と、嫉妬を浮かべた彼女の配偶者。そんな配偶者の姿に優越感を覚え、私は帰国した。父上に叱られることを覚悟の上で。
2,762
お気に入りに追加
2,082
あなたにおすすめの小説

【完結】婚約者に忘れられていた私
稲垣桜
恋愛
「やっぱり帰ってきてた」
「そのようだね。あれが問題の彼女?アシュリーの方が綺麗なのにな」
私は夜会の会場で、間違うことなく自身の婚約者が、栗毛の令嬢を愛しそうな瞳で見つめながら腰を抱き寄せて、それはそれは親しそうに見つめ合ってダンスをする姿を視線の先にとらえていた。
エスコートを申し出てくれた令息は私の横に立って、そんな冗談を口にしながら二人に視線を向けていた。
ここはベイモント侯爵家の夜会の会場。
私はとある方から国境の騎士団に所属している婚約者が『もう二か月前に帰ってきてる』という話を聞いて、ちょっとは驚いたけど「やっぱりか」と思った。
あれだけ出し続けた手紙の返事がないんだもん。そう思っても仕方ないよでしょ?
まあ、帰ってきているのはいいけど、女も一緒?
誰?
あれ?
せめて婚約者の私に『もうすぐ戻れる』とか、『もう帰ってきた』の一言ぐらいあってもいいんじゃない?
もうあなたなんてポイよポイッ。
※ゆる~い設定です。
※ご都合主義です。そんなものかと思ってください。
※視点が一話一話変わる場面もあります。

【完結】公爵令嬢は、婚約破棄をあっさり受け入れる
櫻井みこと
恋愛
突然、婚約破棄を言い渡された。
彼は社交辞令を真に受けて、自分が愛されていて、そのために私が必死に努力をしているのだと勘違いしていたらしい。
だから泣いて縋ると思っていたらしいですが、それはあり得ません。
私が王妃になるのは確定。その相手がたまたま、あなただった。それだけです。
またまた軽率に短編。
一話…マリエ視点
二話…婚約者視点
三話…子爵令嬢視点
四話…第二王子視点
五話…マリエ視点
六話…兄視点
※全六話で完結しました。馬鹿すぎる王子にご注意ください。
スピンオフ始めました。
「追放された聖女が隣国の腹黒公爵を頼ったら、国がなくなってしまいました」連載中!

婚約者は義妹の方が大切なので、ふたりが結婚できるようにしてあげようと思います。
櫻井みこと
恋愛
侯爵家令嬢アデラの幼い頃からの婚約者であるレナードは、いつしか義妹ばかり優先するようになっていた。まだ家族になったばかりなのだから、時間が必要なのだろう。アデラはそう思って、婚約者同士のお茶会に義妹が乱入してきても、デートの約束を一方的にキャンセルされても、静かに見守っていた。
けれどある日、アデラはふたりの会話を聞いてしまう。それはアデラを蔑ろにし、ふたりで愛し合っているかのような内容の、酷いものだった。
そんなに義妹が好きなら、彼女と結婚すればいい。
そう思ったアデラは、彼らを後押しするために動き出した。
※以前掲載した短編の、長編版です。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?
つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。
彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。
次の婚約者は恋人であるアリス。
アリスはキャサリンの義妹。
愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。
同じ高位貴族。
少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。
八番目の教育係も辞めていく。
王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。
だが、エドワードは知らなかった事がある。
彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。
他サイトにも公開中。

王妃さまは断罪劇に異議を唱える
土岐ゆうば(金湯叶)
恋愛
パーティー会場の中心で王太子クロードが婚約者のセリーヌに婚約破棄を突きつける。彼の側には愛らしい娘のアンナがいた。
そんな茶番劇のような場面を見て、王妃クラウディアは待ったをかける。
彼女が反対するのは、セリーヌとの婚約破棄ではなく、アンナとの再婚約だったーー。
王族の結婚とは。
王妃と国王の思いや、国王の愛妾や婚外子など。
王宮をとりまく複雑な関係が繰り広げられる。
ある者にとってはゲームの世界、ある者にとっては現実のお話。

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが
ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。
定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない
そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

私の誕生日パーティーを台無しにしてくれて、ありがとう。喜んで婚約破棄されますから、どうぞ勝手に破滅して
珠宮さくら
恋愛
公爵令嬢のペルマは、10年近くも、王子妃となるべく教育を受けつつ、聖女としての勉強も欠かさなかった。両立できる者は、少ない。ペルマには、やり続ける選択肢しか両親に与えられず、辞退することも許されなかった。
特別な誕生日のパーティーで婚約破棄されたということが、両親にとって恥でしかない娘として勘当されることになり、叔母夫婦の養女となることになることで、一変する。
大事な節目のパーティーを台無しにされ、それを引き換えにペルマは、ようやく自由を手にすることになる。
※全3話。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。
つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。
彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。
なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか?
それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。
恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。
その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。
更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。
婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。
生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。
婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。
後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。
「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる