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2章 蒔かれたよ、変の種
●ホウキも犬も飛ぶ
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集会が終わり、
――――さ、さ、さ。
晴れ渡った夏空の下、規則的な箒の音が響く。
音の出どころは、わたしの手元からとそして少し離れたところの二箇所からだ。
わたしは今、掃除の間最中で、屋上のコンクリートの上を箒がけしている。
幸い風もなく、掃いた埃が風に飛ばされることもない。
わたしは向こう側からこちら側へと、箒を掃き進めている穂波君を見る。
ホナミとホンダ、で出席番号が前後で、掃除の班が一緒だというのは、認識していたけれど、まさかこのタイミングで2人きりになるとは思わなかった。
他のメンバーは、踊り場や階段の掃除にまわっていたり、勝手に判断して掃除を終わらせてしまっていたりするようで、わたしたちだけ取り残されてしまったのだ。
わたしは穂波くんを完全に意識してしまい、居心地が悪い。
集会前の穂波君と女子生徒のことを、たまたま、いや結構意図的に見てしまったことが原因だと思う。
見たことについてさらっと聞いていいのか、それとも見なかったことにしておけばいいのか。
デリケートな問題かもしれないし、やっぱりスルーするのが良いのかな。
いや、案外穂波君あれでいて、なんやかんやと突っ込みを欲するタイプかもしれない。
といらない考えが次々に湧いてくるせいだ。
そして脳内の会議の末、
「保留にしよう」という結論が出た。
わたしの得意技、ことなかれ!
「何を保留にするの?」
気がつくと穂波君がすぐ傍で、顔を覗き込んできていた。
「ぎゃああ!」
突然のことに、思わず箒を投げ飛ばしてしまう。
箒は綺麗な弧を描いて、地上へと落ちていった。
「あ」
『うあああ!柄が、柄の部分が……!』
「……誰かに当たったね」
穂波君は苦笑いを浮かべる。
「ああ、何てことを……」
「突然声をかけたからだね、ごめん。一通り掃き終わったから、そろそろちり取りで取ろうと言おうとしたんだけど」
「う、ううん、ぼんやりしていたわたしが悪かったの」
脳内で騒がしく会議をしていたわたしが、不注意だった。
「ちょっと、謝りがてら箒取ってくるね。ちり取りお願いしてもいいかな?」
「うん、構わないけど――」
と言いかけてわたしの顔を見る。
というか、もうちょっと上の方を見ている?
「さっきので埃が飛んだんだね、前髪についてる。取ってもいい?」
「うん、お願い」
穂波君は丁寧なしぐさでわたしの前髪に触れて、埃を取ってくれる。
けれど、それが終わってもまだ名残惜しそうにして、わたしの髪に触れている。
「あ、あのー穂波君?」
昨日もそうだったけれど、わたしの髪の毛に何か用事があるのだろうか。
「艶、硬さ、量、すべてにおいて理想的だ、ああっ!」
昨日のように陶酔した顔をしながら、わたしの髪を2本指で調べている。
調べる分には別に問題ないけれど、いちいちそのたびに、ああっ!とかなんてっ!とか叫ばれる感嘆詞に、若干の身の危険を感じるのですが……。
「どんなものを食べたら、こんなに素晴らしくなるんだろう。いや、これは天性のものなのか」
そんなこんなで一分くらい放置してみたけれど、やむ様子はなかったので、
「いやーあの、穂波君、聞こえてる?」
一応声をかけてみる。
このままじゃ、箒を取りにいけない。
「え?」
我に返ったようにして、わたしの顔を見る。
それから、自分の手を見て、触れているわたしの髪を見る。
「あ!ご、ごめん、本田さん」
穂波君は慌てて手を放すと、
「ああ、どうしてこう節操がないんだ。目にするとやっぱり堪えられない……」
今度は自分の頭を抱え、しゃがみこんでしまう。
めまぐるしく様子を変える穂波君に、どう対応していいのか分からない。
見ると、穂波君は顔を両手で覆ってうずくまってしまい、体全体に陰を落としている。
この状態、どうしろっていうんだろう。
わたしの髪を触って落ち込んじゃったってことは、触ったことを悪く思っているということなのかな。
「あ、あのね。髪を触るくらいなら、わたし別に気にしてないし……そんなに落ち込まなくても」
肩を軽く叩きつつ、そう言ってみる。
「本当に?」
穂波君は顔を上げ、目が合うと前みたいに逸らすことなくわたしの目を見つめてくる。
その瞳の力に負け、
「本当、だよ」
と答えたとたん、きゅぴーん、とどっかで見たことのある光り方で穂波君の目が光った。
一瞬にして、後悔する。
今の嘘嘘!やっぱりちょっと気にするよ、と言い直したい気持ちが湧いたけれど、
「本田さんは優しい人だね」
と最高の笑顔で言われてしまうと、訂正出来なくなってしまう。なにこれ、アメとムチ?
穂波君はすくっと立ち上がる。
「本田さん。SHRの後、少しだけ時間くれないかな」
「え、どうして?」
「さっきのことも含めてちゃんと話しておきたくて。このままだと俺、単なる変な奴だし」
「ま、まあね……」
ごめん、穂波君。もう十分変な奴だと思ってしまったよ。
「でも、本田さんが良い人で良かった」
穂波君はなぜか頬を少しだけ赤く染めてそう言う。
穂波君のその感情の流れはまったく理解できなかったけれど、
「それは良かった……ははは」
と話の流れのまま愛想笑いをしてしまう。
ああ……どうしてこう流されやすいんだろう。
そのとき、
『おわあっ!犬が逃げたぞ!』
『お前、そっちいけ!俺はこっちにまわる!』
にわかに、下の階でどたばたと何人もの人間が動き回る音がしだす。
「……」
「何だか下のほうが騒がしいね」
ああ、聞こえなかったことにしたい……。
『うわああ!窓から飛んでったぞ!』
『まじか!』
ああ……。
「ほ、本田さん?どうしたの、急に顔がすごいことになっているけど……」
「穂波君、ちり取りお願い!わたし箒とってくる」
ついでに幸太郎を締めてくる。
「うん、分かった。じゃあまたあとで」
という穂波君の返事を背に聞いて、わたしは走りだした。
――――さ、さ、さ。
晴れ渡った夏空の下、規則的な箒の音が響く。
音の出どころは、わたしの手元からとそして少し離れたところの二箇所からだ。
わたしは今、掃除の間最中で、屋上のコンクリートの上を箒がけしている。
幸い風もなく、掃いた埃が風に飛ばされることもない。
わたしは向こう側からこちら側へと、箒を掃き進めている穂波君を見る。
ホナミとホンダ、で出席番号が前後で、掃除の班が一緒だというのは、認識していたけれど、まさかこのタイミングで2人きりになるとは思わなかった。
他のメンバーは、踊り場や階段の掃除にまわっていたり、勝手に判断して掃除を終わらせてしまっていたりするようで、わたしたちだけ取り残されてしまったのだ。
わたしは穂波くんを完全に意識してしまい、居心地が悪い。
集会前の穂波君と女子生徒のことを、たまたま、いや結構意図的に見てしまったことが原因だと思う。
見たことについてさらっと聞いていいのか、それとも見なかったことにしておけばいいのか。
デリケートな問題かもしれないし、やっぱりスルーするのが良いのかな。
いや、案外穂波君あれでいて、なんやかんやと突っ込みを欲するタイプかもしれない。
といらない考えが次々に湧いてくるせいだ。
そして脳内の会議の末、
「保留にしよう」という結論が出た。
わたしの得意技、ことなかれ!
「何を保留にするの?」
気がつくと穂波君がすぐ傍で、顔を覗き込んできていた。
「ぎゃああ!」
突然のことに、思わず箒を投げ飛ばしてしまう。
箒は綺麗な弧を描いて、地上へと落ちていった。
「あ」
『うあああ!柄が、柄の部分が……!』
「……誰かに当たったね」
穂波君は苦笑いを浮かべる。
「ああ、何てことを……」
「突然声をかけたからだね、ごめん。一通り掃き終わったから、そろそろちり取りで取ろうと言おうとしたんだけど」
「う、ううん、ぼんやりしていたわたしが悪かったの」
脳内で騒がしく会議をしていたわたしが、不注意だった。
「ちょっと、謝りがてら箒取ってくるね。ちり取りお願いしてもいいかな?」
「うん、構わないけど――」
と言いかけてわたしの顔を見る。
というか、もうちょっと上の方を見ている?
「さっきので埃が飛んだんだね、前髪についてる。取ってもいい?」
「うん、お願い」
穂波君は丁寧なしぐさでわたしの前髪に触れて、埃を取ってくれる。
けれど、それが終わってもまだ名残惜しそうにして、わたしの髪に触れている。
「あ、あのー穂波君?」
昨日もそうだったけれど、わたしの髪の毛に何か用事があるのだろうか。
「艶、硬さ、量、すべてにおいて理想的だ、ああっ!」
昨日のように陶酔した顔をしながら、わたしの髪を2本指で調べている。
調べる分には別に問題ないけれど、いちいちそのたびに、ああっ!とかなんてっ!とか叫ばれる感嘆詞に、若干の身の危険を感じるのですが……。
「どんなものを食べたら、こんなに素晴らしくなるんだろう。いや、これは天性のものなのか」
そんなこんなで一分くらい放置してみたけれど、やむ様子はなかったので、
「いやーあの、穂波君、聞こえてる?」
一応声をかけてみる。
このままじゃ、箒を取りにいけない。
「え?」
我に返ったようにして、わたしの顔を見る。
それから、自分の手を見て、触れているわたしの髪を見る。
「あ!ご、ごめん、本田さん」
穂波君は慌てて手を放すと、
「ああ、どうしてこう節操がないんだ。目にするとやっぱり堪えられない……」
今度は自分の頭を抱え、しゃがみこんでしまう。
めまぐるしく様子を変える穂波君に、どう対応していいのか分からない。
見ると、穂波君は顔を両手で覆ってうずくまってしまい、体全体に陰を落としている。
この状態、どうしろっていうんだろう。
わたしの髪を触って落ち込んじゃったってことは、触ったことを悪く思っているということなのかな。
「あ、あのね。髪を触るくらいなら、わたし別に気にしてないし……そんなに落ち込まなくても」
肩を軽く叩きつつ、そう言ってみる。
「本当に?」
穂波君は顔を上げ、目が合うと前みたいに逸らすことなくわたしの目を見つめてくる。
その瞳の力に負け、
「本当、だよ」
と答えたとたん、きゅぴーん、とどっかで見たことのある光り方で穂波君の目が光った。
一瞬にして、後悔する。
今の嘘嘘!やっぱりちょっと気にするよ、と言い直したい気持ちが湧いたけれど、
「本田さんは優しい人だね」
と最高の笑顔で言われてしまうと、訂正出来なくなってしまう。なにこれ、アメとムチ?
穂波君はすくっと立ち上がる。
「本田さん。SHRの後、少しだけ時間くれないかな」
「え、どうして?」
「さっきのことも含めてちゃんと話しておきたくて。このままだと俺、単なる変な奴だし」
「ま、まあね……」
ごめん、穂波君。もう十分変な奴だと思ってしまったよ。
「でも、本田さんが良い人で良かった」
穂波君はなぜか頬を少しだけ赤く染めてそう言う。
穂波君のその感情の流れはまったく理解できなかったけれど、
「それは良かった……ははは」
と話の流れのまま愛想笑いをしてしまう。
ああ……どうしてこう流されやすいんだろう。
そのとき、
『おわあっ!犬が逃げたぞ!』
『お前、そっちいけ!俺はこっちにまわる!』
にわかに、下の階でどたばたと何人もの人間が動き回る音がしだす。
「……」
「何だか下のほうが騒がしいね」
ああ、聞こえなかったことにしたい……。
『うわああ!窓から飛んでったぞ!』
『まじか!』
ああ……。
「ほ、本田さん?どうしたの、急に顔がすごいことになっているけど……」
「穂波君、ちり取りお願い!わたし箒とってくる」
ついでに幸太郎を締めてくる。
「うん、分かった。じゃあまたあとで」
という穂波君の返事を背に聞いて、わたしは走りだした。
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