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6章 パニックの終焉
●龍を追って
しおりを挟む「魔法9日目(友引)」
龍の後を追い、たどり着いたのは、湖の一隅に橋を渡して建てられた古めかしい神社だった。
それは本当に小さな神社で、入口の鳥居からすぐにお堂がのぞけるくらいの広さしかなかった。
少し覗いてみれば、お堂の前で火恩寺君と男性が話している様子が伺える。
そして、入口には焔生神社と掘られた立石がある。
『ほぉ。随分と懐かしい場所だ』
龍がその立石の上で呟く。
「ここも焔生神社?山麓にあるのも焔生神社だったよね?」
『ここはかつて焔生神社の本宮があった場所だ。我が以前目覚めたときに、山麓の今の本宮に居を移したのだ。さて、娘よ、火恩寺の者に事情を聞くのだ』
「はいはいりょーかい……」
体よく扱われている気もするが、端からわたしもそのつもりだったので、
「タツヒコ、取り込み中のとこ悪いけど、用があるんだ」と声をかける。
火恩寺君と男性が一斉にこちらを見て、身構える。
そのスピードたるや、まるでもののふのようだった。
「そ、そんな身構えなくても……」
わたしの姿を見ると、火恩寺君は不審の色を深める一方で、男性は緊張を解いて肩をくつろがせる。
そして、
「タツヒコ、ピアスを取りなさい」
と静かな調子で男性は火恩寺君にそう言った。
「伯父貴、けど……」
「大丈夫ですよ。お前が恐れているものではないでしょう」
男性に促され、火恩寺君は言われるままに左耳の金属のピアスを外し、手の中に握る。
その様子を見て、火恩寺君って、ピアスなんてしていたっけ?と不思議に思う。
そんなにじろじろと見た事がないから確かではないけれど、わたしの記憶の中の火恩寺君は髪や服装こそ派手だけれど、装飾品を身に付けている印象はない。
この火恩寺君はわたしの知る火恩寺君とは違う、ということなのだろうか。
ピアスを外した火恩寺君は恐る恐るわたしの方へと視線を向けてくる。
いつものような逸らしたくなるくらいの眼力はそこにはなくて、心もとなげな眼差しで、こちらを見る。
けれど、次の瞬間に火恩寺君が目を見開くと、眼差しは力を持った。
「お前は誰だ?」
わたしをじっと見据えそう問いかけてくる。
誰、という問いは今のわたしにとって一番困るものだ。
見た目を問われているのか、中身を問われているのかによって、まったく違う答えになるからだ。
けれど、火恩寺君の様子からして、問われているのは後者に違いない。
「わたしは……」
何て言えばいいのかな?
本当のことを話しても平気なのかな?
わたしが躊躇っていることに気づいたのか、
「お嬢さん、本当のことをおっしゃってくださって結構ですよ」
男性は柔らかい調子でそう言い添える。
「お嬢さん……?わたしのことが分かるんですか?」
「ええ。見えるのですよ。青年の姿にあなたの本来の姿が重なって見えるのです。それに――――」
そして、いつのまにかわたしの肩の上にやってきているすずめへと視線を移す。
「焔生の龍がいるということは、我々にも関係あることでしょうから」
「龍!?」
火恩寺君が弾かれるようにして、男性の方を見る。
男性は頷きながらも、少々厳しい口調で言った。
「仄かな気配ですが、そのすずめが焔生の龍で間違いないでしょう。それが分からないとは、そんなもので押さえ込んでいて感覚が鈍っているんですよ」
まるで火恩寺君を戒めるみたいに。
「……」
そして、わたしに向き直り、男性は言う。
「さて、教えてください、あなたは誰ですか?」
改めて問われ、わたしは本当のことを口にした。
今のわたしを取り巻く事情を話し終わると、男性は納得したようで、
「タツヒコ、龍の玉のかけらをお嬢さんに渡してさしあげなさい」
と火恩寺君に促す。
けれど火恩寺君は、顔に不満を浮かべる。
「そいつが言ってることの証拠がどこにある?第一に、俺は本田美咲なんて女知らねぇ」
「……」
分かってはいたつもりだけれど、知らない、とハッキリ言われてしまうと、その事実は胸に突き刺さる。
最近まで自分こそ火恩寺君のことを覚えていなかったくせに、こんなことを思うのはお門違いかもしれないけれど。
「知らなくても、お前には見えているはずですよ。目の前の少年の本当の姿が。それに、すずめの姿もおぼろげながらに龍の姿を取り始めているはずです」
「……」
火恩寺君は小さく舌打ちをして、しぶしぶとポケットから二つの欠片を取り出すと、わたしに手渡してくれる。
「ありがとう」
わたしがお礼を言うと、火恩寺君はふいと顔を逸らして、
「昨日変なことを言ってやがったのは、これが原因か……」
小さく呟く。
そして、手の中で遊ばせていたピアスを再びつけようとして、
「いい機会です。しばらく外して過ごしなさい」
男性に止められる。
「伯父貴、さすがにそれは出来ねぇ相談だ」
「出来ない相談は端からしませんよ。さあピアスを渡しなさい」
「……」
嫌々というのが傍目にも分かる、ものすごく緩慢な動作で、火恩寺君はピアスを手渡す。
火恩寺君は、伯父さんに頭があがらないみたいだ。
そんな火恩寺君の様子が何だか可愛くて、頬が緩んできてしまう。
けれど、
「笑うなてめぇ」
と低い声で一蹴される。
「ご、ごめんなさいぃ!」
可愛く見えても、凄みは健在のようだ。
そんなやり取りをしていると、男性はわたしの肩の上に視線を向ける。
「そろそろ、龍が痺れを切らしてしまいますね。本題に入りましょう」
そういえば、さっきから物言いたげに、ちゅんちゅんと鳴いている。
「残りの龍の玉の場所が分からない言うことでしたが、我々には目星はついているのです」
『では、話すがいい』
龍は待ちかねたように、そう口を開く。
だったら、鳴いてないで最初から話せば良かったのに……。
すずめが突然話し始めても、火恩寺君も伯父さんも一切驚いた様子を見せない。
そのまま、話を続ける。
「残りの龍の玉のかけらは、穂波和史という青年が持っているようです」
「穂波君が?」
「ええ。ただ、かけらが彼自身と共鳴しているようで、その気配は紛れてしまっています」
「じゃあ、どうして穂波君が持っているって分かったんですか?」
「それは――――」
と言いながら、男性は火恩寺君の方を見る。
「タツヒコが、今朝、あなた方の宿舎の方向で、力の気配を感じたらしいのです」
今朝と言えば、わたしとまほりで戸田さんをおびき出す作戦を実行していたときだ。
「龍の様子がおかしいので、タツヒコに合宿所周辺を調べるようわたしが言っておいたのです」
そういえば、昨日、龍の様子がおかしいと火恩寺君は言っていた。
「龍の力には独特のムードって奴がある。それがムワっと湧いてきたのを感じたんで、飛んできた。そしたら、お前らが騒いでんのが見えたってわけだ」
「ああ、あの面倒くさいやりとりね……」
松代君に迫られ、穂波君に決闘を申し込まれた非常に面倒な出来事だ。
わたしは戸田さんのところへ急いだので、その後のことは知らないけれど。
「あの後お前と松代の野郎がいなくなっても気配が残っていたんで、穂波さんが持っていると睨んだ」
穂波さん……。
この火恩寺君も穂波君と奇妙な主従関係を結んでいるのだろうか。
「けど、穂波君が持っているって分かったなら、その場で返してもらえば良かったのに……」
わたしがそう口にすると、火恩寺君がカッと目を見開く。
「俺が穂波さんにものを頼むだと……?」
「そ、そんな怖い顔しないで!」
とわたしが言うそばから、すずめがちゅんちゅんとやかましく鳴き始める。
「あーもう分かったから!」
「タツヒコ、女性に凄むものではありませんよ。龍、あなたも少しは辛抱したらどうです」
男性がそう穏やかな調子で諌めてくれる。
そして、男性はわたしに向き直り、
「時に、ミサキさん。あなたは、穂波青年と親しいのですか?」
そう尋ねてくる。
「元々はクラスメイトだし、この頃は色々あって、親しくしていた、って言えると思います。でも、この世界の穂波君は、わたしのことを知らないと思うし、親しいとは言えないですね……」
「そうですか。けれど、彼を恐れているわけではないようですね」
「恐れている?どういう意味ですか?」
男性は火恩寺君に視線を送る。
火恩寺君は気まずそうに顔を背けるのみだ。
何だろう?
「これから、穂波青年にかけらを渡してくれるよう頼みに行くのでしょう?」
「多分そうなりますけど……」
そうしないと、龍の力も戻らないし、ひいては幸太郎を取り戻すことが出来ない。
「では、タツヒコも連れて行ってください」
「わたしは構いませ――――」
「俺は構う」
と火恩寺君が主張するものの、
「では、行ってらっしゃい。わたしは本宮に戻ります」
とにべもなく男性は言い放ち、踵を返してしまう。
『我も行く。ひとたびねぐらへと帰り、二つのかけらの分の力だけでも力を取り戻してこよう』
そう言って、すずめも飛んでいく。
残されたのは、すごい形相で立ち尽くす火恩寺君とその視線を受けるしかない無力なわたし。
「と、とりあえず、穂波君を探しに行こうか?」
「……」
無言。
「あの……嫌なら無理しなくても良いんじゃないかな?」
恐ろしい形相の火恩寺君と一緒だと、わたしの精神衛生上よろしくない。
「これも修行か……」
とぽつりと呟いたかと思うと、
「行くぞ」
俵を担ぐようにしてわたしを肩の上に抱えあげる。
「え、ちょ、ちょっと!?」
それから、例によって例のごとく、一足飛びで近くの木の上に上ると、そこから、ぴょんと湖の上に降り立った。
そして、片足が沈む前にもう片方の足を前に出す、なんていうマンガみたいなことをしながら湖を横切る。
ああ、せめて、行くか行かないかの意思表示くらいは言葉でして欲しかった……。
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