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6章 パニックの終焉

●キレイニハオワレナイ

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「焔ちゃん!」
 わたしは、そばに転がっていた龍の玉のかけらを拾うと、龍へと投げる。
 龍の身体に当たったかけらは溶けるようにして、その鱗へと吸収されていく。
『おお。力が満ちるぞ』
 龍は天を仰ぐように顔を上にあげると、身体を打ち震わせる。
「今なら、わたし達に起こっているすべてのことを元に戻すことが出来る?」
 まほりがわたしにかけたおまじない、入れ替わってしまったわたしと幸太郎の身体、そして、『わたしたち』の消えた世界。
 それが、わたし達を取り巻く、異常事態だ。

『可能だ。だが娘よ、前にも言ったとおり、我の力にも限界がある』
 まほり達とかけら探しを始めるときに、龍は言っていたのだ。
 龍の力ですべてを戻すには、事が入り組みすぎていると。
「分かってるよ。だから、焔ちゃんの言っていた方法でいい」
 わたしは戸田さんとも相談をして、その方法でいいと決めた。
 例え、今のわたし達のとって、ちょっとだけ悲しい結果になったとしても構わないと。
「ちょっと待てよ、ミサキ。何だよその方法って」
 真っ直ぐな眼差しで幸太郎はわたしを見る。
 そんな表情を見ると、わたしの姿をしていても、紛いようもなく幸太郎だと分かる。
 伊達に長年幼なじみをしているわけじゃない。
 だから、本当のことを言えば、幸太郎が駄目だと言うのも分かっている。

「やってみれば、分かるよ。焔ちゃんお願い」
 わたしがそう言うと、龍は幸太郎の胸元を見る。
『本当に良いのか。お前の胸の焔は――――』
 わたしには、胸の焔を見ることは出来ないけれど、どんな焔が燃えているのかは、分かっている。
 だから、龍の言おうとしていることも分かるつもりだ。

「大丈夫だよ。きっと、全部消えちゃうわけじゃないから。というか、例え消えてても、全部引き寄せてみせるよ。それにね、焔ちゃんは見守っててくれるんでしょ?縁を司る神様なんだから」
『なるほど、気の多い娘だ。興味深い。良いだろう、お前の望むままに』
 龍がそう口にした途端に、空気の圧力がぐっと強くなり、琥珀色の気流が生まれる。
「勝手にまとめに入るなっつーの!俺は納得してねー!」
『お前の幼なじみは、望んでいるようだが』
「ミサキ、全部終わったら、話あるって言ってただろ」
「そーだよ、全部終わった後で」
「じゃあ、何でだよ」
 ぎゅっと眉根を寄せて、何でだよ、と顔でも伝えてくる。
 それこそ、10年前と変わらない表情だった。
 自然と笑みがこぼれてくる。

「え?」
 幸太郎はきょとんとした顔をする。
 わたしばかりきょとんとさせられていたから、たまにはこんなのもいいよね。
 気流が激しく逆巻き、琥珀色の壁の向こうへ世界を閉じていく。
「またね」
 誰にともなくそう声をかけると、いくつかの影が手を振るのが見えた。
 楽しい夏の日をありがとう。また、よろしくね。
 わたしが取ろうとしている方法が正解かどうかは分からない。
 龍には虚勢を張ったものの、正直、不安な要素はいっぱいある。
 主に、まほりとかまほりとかまほりがまた何かしてくれちゃわないか、ととても心配だ。
 でも、まあ……いっか。きっとどうにかなるはずだ。

「な、何なんだよこれ……!」
「え!?」
 心の中で、綺麗っぽいエピローグを作り上げていたわたしは、ハッと我に返る。
「何か気持ちわりーことになってるぞ……」
 幸太郎の身体、つまり本来のわたしの顔から腕から何から、見える場所すべてに、黒いドットが表れたのだ。
 わたしは自分の身体(幸太郎の身体)を見てみるけれど、こちらは何ともない。
 見ている間にも、ぽつぽつと五百円玉大くらいのドットがわたしの肌に生まれてくる。
「ま、まさか何か変な病気!?」
「と、とにかく、一旦龍のやつに止めてもらったほうがいいんじゃ……」
「そうだね、焔――――」
『娘よ、また会おうぞ』
 龍の声が遠くで聞こえ、琥珀色の気流はわたし達を包み込んだ。
「えええー!?」
 どうして、最後の最後までこう綺麗に決まらないの!?
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